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だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【本の紹介】 機械との競争

今回は、本、『機械との競争』の紹介です。

      

この本を簡単に説明すると、テクノロジーの進化によって、経済がどのように変化していくのかについて書かれている本です。
タイトルからも分かる通り、産業革命以降、機械と人間とは仕事を奪い合う状態にある状態なのですが、ITが進歩し、更に競争が激化したように思われる現状で、具体的にどのような変化が起こったのかを、詳しい数値を出しながら説明してくれています。
著者がアメリカ人の為、語られる経済の状態は基本的にアメリカの事ですが、日本人の我々が呼んでも共感できる内容となっています。

私達の社会を見渡せば、確かに、ITの進歩により、実際に多くの職が奪われています。
Amazonの登場で、実店舗の本屋はドンドンと減少していますし、本の電子化やゲームのダウンロード飯場によって、ブックオフ等の中古販売店も苦境に立たされている。
本屋に限らず、価格コムのように参入の簡単なサービスによって、実店舗を持つリスクなんてものも出てきています。
ネットをみれば、『後10年で消える職業』なんてニュースは定期的に出てきますし、今まで人を介して行ってきていた職業が、物凄いスピードで置き換わっています。

資本主義社会では、お金を稼がなければ生きていく為に必要な物資を手に入れることは出来ませんが、お金を手に入れる為には、働かなければなりません。
働く為には仕事が必要なのですが、その仕事が機械やテクノロジーによって奪われている状態。
この本では、この様な現状は、経済的な悪影響はないのかといった単純な疑問から始まります。

疑問を解決する為に、先ずは発表されている経済指標を観るところから始まります。
アメリカでは、2008年にリーマン・ショックという経済的ショックがありましたが、経済指標的には、アメリカ経済はショックを乗り切り、企業業績も過去最高を叩き出す企業が多くなってきました。

これは、日本でも同じですよね。
バブル期を超える決算を発表している企業は多数ありますし、株価も順調に上昇してきています。
2017年4月時点で、景気回復期間も戦後3位の52週間の継続と、日本は不況から立ち直っているとも考えられる経済指標がドンドン出てきています。
私には、全く実感はありませんが。

この『実感がない』と考えているのは私だけではなく、アメリカでもそうらしいです。
では実際には何が起こっているのかといえば、二極化です。

この本では、1983年から2009年までに創造された富の100%以上が、所得上位20%以上の方に流れ込んでいるといると示しています。
サラッと読み飛ばしてしまいそうですが、結構、ショッキングな内容です。なんせ、100%以上なんですから。
これは、26年間に創造された新たな富の全ての金が上位20%に流れただけではまだ足りず、下位80%の人の富が減り、減った分が更に上位20%に流れ込んだ事を意味します。
つまり、指数的には経済が成長しているにも関わらず、下位80%の富は減少し、上位20%の人間が吸い尽くしているということ。

大部分の人間にとっては景気回復は実感できず、むしろ自分達の生活は苦しくなっているのだが、全体としてみてみると、景気は回復しているから、何の問題もないという矛盾。
これは、所得のようなフラクタル構造のものに平均値を導入してしまったことによる間違いですね。
例えば、年収が200万円の人が100人集まると、平均値は当然200万円になります。
ここから一人抜けて、代わりに年収が2億の人が入ってきた場合、この100人の平均年収は倍近くに跳ね上がります。
残り99人の年収が100万円に減少しても、年収2億の人の所得が3億に増えれば、平均値は維持されることになります。
平均値というのは、たった一人の規格外によって、いとも簡単に意味をなくしてしまいます。

この本では、グラフなどを利用して現状を浮き彫りにしているのですが、それらのデータが指し示しているのは、二極化です。

では、二極化は具体的にどのように起こっているのかを、この本では3つのケースで考えています。

1.スキルの高い労働者対スキルの低い労働者
2.スーパースター対普通の人
3.CEOと労働者

最初の、高いスキルを持つものと持たない者との勝負ですが、こちらは高いスキルを持つものが勝ちます。
スキルを持たない人間の仕事の大半は単純労働の為、テクノロジーの進化によって、機械に仕事を奪われることになります。
その反面で高いスキルを持つ職人の仕事は、機械に置き換える事が難しい為、結果として人を使うほうが効率的になります。

次の、スーパースターと普通の人の場合は、スーパースターの圧勝となります。
一応、説明しておくと、スーパースターというのは芸能人だけではありません。それぞれの業界のトップで活躍している人や業種を含みます。
歌手などのケースで考えると、テクノロジーが無い頃の歌手は、ライブ中心で、観客の数は劇場の大きさが限度になっていました。
通信手段がないので、どれだけ有能な歌手であったとしても、噂が広がるのは隣町ぐらいが限度でしょうし、知名度もそこまで上昇しません。
しかしテクノロジーの進化によって、情報は瞬時に世界に広がることが可能になり、CDやダウンロード等の販売手法の増加により、観客の上限はほぼ無くなりました。
その一方で、他に選択肢がないから選ばれていたような普通の人は、スーパースターの商品がいつでもどこでも買えることが出来るようになる為、選ばれなくなります。

また、有名だから有名になるという現象も起こります。
ある分野でトップに君臨する人は、新規顧客が現れた時に、真っ先に選ばれがちです。
その分野に詳しくない新規顧客は、選択肢が多くなれば多くなるほど、どれが自分にあっているのかが分からず、とりあえず売れているものに手を出します。
これは製品でもコンテンツでも同じ。スマフォの機種の中でiPhoneが強いのは、性能が良いからというだけでなく一番有名だからで、有名で売れるから更に有名になるというサイクルが生まれます。

次に、CEOと労働者ですが…
長くなってきたので、続きはまた次にでも書こうと思います。

【おすすめPodcast紹介】 大好き・旅気分!!奈良発・ペルペルペルーサです!!

私の独断と偏見のPodcast紹介コーナー。
第122回。

過去に書いた投稿
タイトル紹介はこちら
エピソード紹介はこちら

今回は、【大好き・旅気分!!奈良発・ペルペルペルーサです!!】

です。


今回紹介するwebラジオは、【大好き・旅気分!!奈良発・ペルペルペルーサです!!】

番組の簡単な説明ですが、公式サイトの説明文がまとまっていて分かりやすいので引用すると
『元バックパッカー、45歳♂が、社会と家庭の責任を果たし、再びバックパッカーへのカムバックを目指す実録ドキュメント!!たまに脱線?もありますが、それは、旅好き・怪しい好きパーソナリティーのご愛嬌。。。時には、ゲストの方に来ていただき、海外事情、旅のこだわり、思い出話をお聞きします。どうぞよろしくお願いします。』
といった感じで、配信されている方はタイトルにもある通り、ペルペルペルーサさんです。
ここ最近の放送はゲスト回が多めで、バックパッカーへのカムバックといった雰囲気は余り感じ取れない感じですが、普段生活していると接することが出来ない情報を聴けて面白いですね。
ゲストとして呼ばれる方は複数人いらっしゃるのですが、全ての人を1度に呼ぶわけではなく、呼ぶ場合は1人づつ、1体1の放送になっています。

知った経緯としては、色んな所でペルペルペルーサさんの名前を拝見していたからです。
私がPodcastを本格的に聴きはじめた頃は、旅々プロジェクトやトリカゴ放送といった、旅をテーマにしているPodcastが多く、そのオフ会などにも参加していた為、facebookTwitterなどで同じ人と繋がっている場合が多く、頻繁に名前だけは拝見させて抱いてました。
そんな状態だったのですが、当時はPodcastを聴きたてで、トリカゴ放送や旅々プロジェクトの過去放送を掘り下げていた最中で、時間が無かったという事もあって聴けていませんでした。
その作業も一旦、落ち着き、時間が出来てきたということで、この番組を聞き始めました。

更新頻度は週に1~2回。
レギュラー回が1回と、競馬で大きなイベントが有る際は、その前日に予想回が更新されます。(2017年現在)

実際に聞いてみた感想としては、日本を出たことがない私にとっては、興味深く聞く事が出来る番組ですね。
ゲストとして呼ばれる方は複数人いらっしゃいます、ここ最近だと、タイ在住のシュールさんや、BTLGの方の結婚事情・南米を旅行中の方々等など。
何を持って普通というかは置いておいて、普通に日本で生活していると経験できないし、経験した人とも簡単に知り合えないような体験をしていらっしゃる方の話が聞けるので、未知の世界を覗けるような感覚で、楽しんで聴けます。

この様な雰囲気を保ち続けていられるのも、配信者のペルペルペルーサさんの好奇心があってこそなんでしょうね。
私の個人的な偏見も有ると思いますが、元・現に限らずバックパッカーは、普通の人よりも好奇心が強いと思います。
強くなければ、他人が行かないような場所や、避けるような安宿に泊まろうと思いませんもんね。
人とつながる事にも貪欲だと思うので、様々な価値観を持った方と知り合うことが出来たんでしょう。

そんな多種多様な方がゲストとして登場する番組なのですが、そんな中でも、個人的に一番おもしろいと思う話をされるのが、通称『モハちゃん』の話。

『モハちゃん』なんて可愛い感じのあだ名で気軽に書いてますが、おそらく私よりも年上の男性で、話し方や話題などからも、社会的な地位もしっかりとした方だと想像できる方です。
この方の話なのですが、インドネシアに在住ということなんですが、観光客どころか日本人では絶対に行かないような場所に出かけた上で体験談などをしてくれます。
時には下の話なんて事もありますが、そういうのに特化しているわけでもなく、日本を離れて住んでいるからこそ感じる日本経済の話。株・為替を交えたグローバルな話なんかもされ、引き出しの多さが半端じゃありません。

グローバル経済の話は、日本にいても検索をすれば手に入るだろうと思われる方も多いとは思いますが、日本の情報というのは日本というフィルターを通って入ってきて、報道機関の都合の良い用に加工されて入ってくる為、日本に住んでいると情報は偏るんですよね。
『じゃぁ、インドネシアは偏ってないのか!』という反論をされる方も多いと思いますが、インドネシアインドネシアで、当然、偏っているでしょう。
世界のニュースもインドネシアの価値観に変換された形で理解されますし、インドネシアに住む人達に聞こえの良いように加工されるでしょう。
報道が権力側に擦り寄っていると、それを踏まえたフィルターを通した伝え方になることは、容易に想像できます。

ただ、この様な偏った情報であっても、多方面から観ることで、ある程度のフィルターを取っ払うことは可能です。
一方方向から見ると歪な情報でも、4方向からみれば全体像がある程度、浮き上がってくる。
見る視点を更に増やすことで、より正確に理解できるようになる。

視点は増やせば増やす程、物事を理解する助けになるわけですが、日本に住んでいる状態だと、どうしても日本のフィルターがかかった情報が多くなってしまう。
今はネットなどがあり、日本に居ながらにして海外ニュースを拾うことは出来ますが、それもでも、現地の情報をそのまま手に入れようと思うと、英語を理解する能力が必要になってきます。
この様な状態なので、海外に住んでいて、フィルター余りかかっていないフラットな見方をする方の意見は、非常に価値が有るんですね。
そんな視点を定期的に与えてくれるというだけで、聴く価値があります。

ゲストもコロコロ変わり、話される内容も結構違いが有るので、今回メインで紹介した方の話の内容が気に入らないという方も、他の方の話だったら興味深く聞く事が出来るかもしれません。
この辺りが、ゲストが変わる番組の強みですよね。

ゲストによって番組の色が結構変わるので、飽きにくいというのも良い点だと思います。
興味を持たれた方は、試しに聞いてみてはいかがでしょうか。

木村、Podcastはじめるってよ

タイトルの通りなのですが、Podcastを始めることになりました。

私は何年間か、ブログを通して自身の考えや思ったこと、勉強したことや体験したことの感想などを発信し続けてきました。
この活動はこのまま続けるつもりなのですが、この『ブログを書く』という作業をしている時に、何回かに一度は、『喋ったらもっと楽なんだけどな。』と思うことがあるんです。

というのも、文字での更新というのは、思っている事をそのまま伝えづらい場合が結構あります。
文字では、熱が伝わらないというんでしょうかね。単なる情報になりがちで、感情などが表現しにくいんです
その為、『文字で読んだら、誤解するんだろうな。』といった事も結構あり、それを避ける為に、別の表現に置き換えた結果、ニュアンスが変わったりと、微妙に不便なんですよね。
『もっと文章の書き方を勉強しろ。』といわれれば、その通りなのですけどね。

後、制限も結構有るんですよね。
例えば、理解を進めようと詳しく書いたり例を出したりしていくと、結構な長文になっってしまう。
私が読者の立場なら、長文の時点で読む気をなくすので、私なら読めるレベルの長さにしようとすると、ある一定の文字数でまとめなければならない。

また、前後の文脈なんかも考えながら書いていくと、『思ったように書けない』と思うことが、それなりに有るんですね。

でも、これが音声の場合は変わってきます。
文字のように、頻繁に読み返すような事が出来ない為、その時々で話したい事が話しやすい。
例えば、テーマに関係のない余談でも、『余談ですが』と一言挟むだけで、本編に余り関係がない事でも発信しやすい。メインテーマに戻りたければ、『脱線してしまいましたね』と言って、戻れば良い。

ニュアンスなども、熱が伝わりにくい文字よりも、音声の方が、より、伝えやすい。
私が発信するコンテンツは一人喋りなので、感情豊富に話すわけではないのですが、それでも、文字だけよりかは情報量が多くなると思います。

その他の理由としては、利用者層の違いでしょうか。
文字のみのブログと、何かをしながらでも聴ける音声コンテンツとでは、利用の仕方そのものが変わる為、利用者層も変わってくると思います。
どうせアウトプットをするのであれば、幅広い層に伝えたいという事で、今までとは違った場所にも出ていこうと思ったわけです。

そんなわけで、文字のみのブログ『だぶるばいせっぷす』の補完的な感じで、音声ブログを発信していきます。
コンテンツ名は、ブログ名と同じ『だぶるばいせっぷす』

だぶるばいせっぷす

だぶるばいせっぷす

  • 木村 ゆう
  • 社会/文化
  • ¥0

基本的には、過去に書いたブログからネタを拾う形での配信になると思います。
興味の有る方は、是非、聴いてみてくださいね。

【本の紹介】 史上最強の哲学入門 (後編)

この投稿は前回の投稿の続きです。
まだ読まれていない方は、まずは、そちらからお読みください。
kimniy8.hatenablog.com

      

この本の理解をより進める為に、に第一ラウンドの真理の『真理』を簡単に見てみましょう。

最初の出だしは、プロタゴラスから始まります。
彼は相対主義を掲げ、絶対的な真理はこの世には無く人それぞれの見かたが有るだけだと説きます。
それに対し、カウンターを放つのがソクラテスです。
相対主義とは、人それぞれの考え方を尊重する、一見すると大人な意見なのですが、見方を変えれば思考停止ともとれます。
何故なら、他人が自分とは違った意見を主張しても、『それは貴方の意見でしょ。私には私の考えがある』と開き直れるし、逆に、他人の意見が自分と違う場合『私は、そんな考えはしない』と簡単に反論ができる。
根底に『絶対的な真理はなく、存在するのは人それぞれの考え方が有るだけ』という世界では、意見の違いから討論したとしても、その労力が無駄となり、最終的には『貴方の考え方と、私の考え方は違う』という結末に落ち着いてしまう。
考え方は人それぞれで、善も悪もそれぞれの考え方次第という世界では、どんな議論もプロレス化してしまい、目立つことを言った者勝ちになってしまう。それが政治の世界にも蔓延し、政治の世界はパフォーマンス合戦になってしまった。
現代と通ずる部分がありますよね。

そんな世界に対してソクラテスが起こした行動は、パフォーマンスを行っている政治家に対して、質問を投げ続けることでした。
質問をされた政治家は、最初は『そんな簡単なこともわからないのか?』と上から目線で説明をしてくれるのですが、その説明に対して『何で?何で?』と質問をし続けると、最終的には答えられない壁にぶち当たってしまう。
政治家は、自分では知っているつもりで持論を展開していたのにも関わらず、根本的なことを何も分かっていなかったことに気がついてしまう。
これが有名な『無知の知』ですね。
ソクラテスは、好奇心の原動力は自分が無知であることを自覚するところから始まると考え、無知の知を広める為に行動をし続けたのですが、赤っ恥をかかされた政治家に仕返しされる形で処刑されてしまいます。

しかし、ソクラテスの主張によって目を覚ました若者たちは、その後、真理を追い求めて知識を探求することになっていきます。
その中の一人に、プラトニックラブで有名なプラトンなんかも居るのですが、プラトンの主張は、ソクラテスの主張やそれが浸透した世界とバッティングしない為、この章では登場しません。

代わりに登場するのが、デカルト
ソクラテスの主張で目を覚ました若者は、一生懸命『真理』について考えるのですが、そんなものは簡単には手に入りません。
ノーヒントの真理の探求は、地図を持たない砂漠のど真ん中で、針を探すような作業。
では、何らかの前提条件を考える事で、探しやすくしようとしたのがデカルトです。
前提条件とは、数学でいう定理のようなもので、『平行線は交わらない』『三角形の和は180度』といった感じのもの。
この様な前提条件を付けることで、探しやすくしようとしたわけです。では、その前提条件とは何かというと『我思う故に我あり』です。

定理とは、絶対に正しい事である必要があり、絶対に正しい事を探そうと思うと、一度すべてのものを疑う必要が有る。
こうして疑い続けると、最後に残ったのは、全てのものに対して疑っている自分だけになってしまったという考えですね。
『考えている自分しか残らないの?』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、現状でも『世界5分前仮説』が否定できない状態なので、仕方のないことなのでしょう。
このデカルトですが、『考えている自分は、確かに存在している』という定理から、何故か、『私が確定しているのだから、私が明晰に理解・認識しているものは確実に存在する』『何故、私の責任が正しいのかというと、それは神様が私を作ったから。』という論理の飛躍をします。

これに反論したのが、懐疑論者のヒューム。
デカルトが、最初にに定理をおいてから、それを拡張する方向で考えをしようと考えたのに対し、ヒュームは『我思う故に我あり』という定理を更に掘り下げて、『我って何?』と疑い続けます。
そしてヒュームは、『我・自分というのは、観る・触れる・聴くといった近くの集合体というだけだよね』と、『我』の範囲を極限まで狭めてしまいます。
その懐疑はとどまることを知らず、科学や神といった禁断の領域にまで達してしまいます。
今ある科学は、皆が経験した事を、一つの法則にして理論立てているわけですが、誰かが落としたリンゴが地面に落ちないだけで、今までに構築された理論の多くは破綻してしまいます。

徹底的に世界を疑い続けたヒュームですが、疑うだけでは何も生まれません。
それに対して抗ったのが、純粋理性批判でお馴染みのカント。

カントは、『人は経験によって物事を感知しているだけだが、人が経験によってインプットするのは、時間的・空間的といった共通の形式に則って行っている。』とし、経験に共通の受け取り方があるのであれば、理論を構築するのも可能としたようです。
『共通の受け取り方が有るから共通の認識が生まれるので、それによって法則が生まれても良いよね。』ということらしい。
しかし、これはあくまで人間に限定したこと。種が人間から別の生物に変化すると、経験の受け取り方も変化する可能性がある為、心理があるとしても、別の生物と人間とで同じ心理に到達するとは限らない。
これが、かなり凄いコペルニクス的転回のようです。
というのも、真理とはこの世を貫く唯一の法則と考えられてきたわけですが、この考えによると、真理とは受け取る種族ごとに存在することになります。
そして人間に到達できるのは『人間の心理』だけであって、他の生物の真理には到達することは出来ないという限定された『真理』に変化しました。

ヒュームの理論では全てのものが疑わしいため、真理の存在も疑わしかったわけですが、カントの登場により、変化はしましたが『人間にとっての真理』は有ることになりました。
しかし、在るとされた『人間にとっての真理』は、どのように見つければよいのか。その方法がわからない。またフリダシに戻ってしまいました。
そこに現れたのがヘーゲル
彼は『弁証法』を武器に、人間にとっての真理を見つけ出そうとします。
弁証法とは、簡単にいえば、数ある思想・理論を議論を通じて戦わせることで、進化させようという手法。
主張Aに対して反論Bをぶつけることで、Aの理論の矛盾点や不明な点が浮き彫りになるので、この部分を更に改良したり、別の視点を加えるなどして発展させていこうという考えです。
この様な討論を長期間繰り返し続けることで、いずれは真理に到達するのではないかという考え方です。

中々ごもっともな意見なのですが、この弁証法という方法論そのものに反論をぶつけてくる哲学者が存在しました。
それが、実存主義キルケゴール
彼は、弁証法のやり方では、真理が見つかるのは相当、先になってしまう。未来の人類に真理を託し、心理を知らないままで自分が死んでしまうのなんて嫌だとし、『自分にとって真理と思えるような真理。その為になら命を賭けられるような真理。そんな真理を見つけることが重要。』と言い出します。
まぁ、気持ちは分からなくもないですよね。
人類という種が、いずれは真理の到達するかもしれないって言われても、自分の人生は自分が死んでしまったら終わりですし、自分の人生の主人公は自分なので、自分で真理を感じたいと思うのは当然でしょう。

この意見を受けて、哲学者サルトルは、『じゃぁ、人類の歴史に積極的に参加して、その動きを加速させればいいじゃないか。その為に人生を賭けてみよう。』と主張。

しかし、この主張を受けて、構造主義の祖 レヴィ=ストロースは、『歴史って加速させた後に、どこかに到達するようなものなの?』『歴史って、一方方向に進むようなもの?』と異論を唱えます。
というのもこの人物は、本職が人類学者で、世界各国の民族や国のシステムや考え方について研究していた人物。
弁証法によって考え方が改良されていけば、いずれは素晴らしい世の中になるというのは西洋的な考え方で、住む地域や環境が違えば、その考えも変わってくるというのを知っていた。
例えば、アジアでは時代は巡っていくものとされ、長いスパンで観ると人間は同じ間違いを起こすので、似たような現象が繰り返され続ける。
歴史が何処かに到達する一本道なら良いが、同じところをぐるぐる回っている円であるなら、スピードを速めたところで、サイクルが早くなるだけでどこにも到達しないことになります。

この後、更に3人ぐらいが登場し、真理の形なども変わってくるのですが、それを書くと結構長くなってきたので、このあたりで振り返りは終わろうと思うのですが、この様な感じで、主張に対して反論をぶつけるという弁証法のような感じで進んでいきます。
これが4ラウンド続き、最後に総括で終了します。

哲学書は非常に読みにくく、ハードルが高い分野なのですが、それを誰にでも伝わる言葉で短くまとめてくれている点が、非常に良いとお見ます。
ただ、物凄く長い主張を短いページ数でまとめている為、『ん?』と思うような部分もあったりします。
ですが、これは入門書。
表層的な部分を知って興味を持たせることが役割。
これを読んで興味をもった人が、ここに登場した人物が書いた本などにチャレンジしてみるようと思わせることが出来れば仕事は終わりなので、祖いう観点から観ると、非常に優秀な本だと思います。

サッと読める本なので、興味をもった人は是非、購入してみてください。

      

【本の紹介】 史上最強の哲学入門 (前編)

今回紹介する本は『史上最強の哲学入門』
表紙イラストを漫画『グラップラー刃牙』を描いている板垣氏生が手がけ、文を飲茶さんが書いている、哲学入門書です。

      

この本を知ったキッカケは、岡田斗司夫Podcastという番組のオープニングトークで取り上げられていたからです。
知ったキッカケはそうなんですが、買おうと思った切っ掛けは違っていて、購入動機は、飲茶さんの文章が読みたかったからです。
そう、飲茶さんという方は、結構昔から知っていたんです。

私がインターネットを利用するようになって、20年近くが経つのですが、当時は、今のように様々なサービスが充実しているわけではなく、ネットの遊びは限定されていました。
SNSなんかもメジャーでは無かった時代だったので、フラッシュを観るとか、個人が運営する文字主体のテキストサイトを巡回するというのが、私の主なネットでの過ごし方でした。
テキストサイトは、メジャーなものだと『侍魂』とか『Mチカ伝説』など。ブログとは少し違い、日記というよりは本に近い感じ、目次などもあり、コンテンツを読む順番なんかが決まってるサイトもある、ウェブ上の文字主体のコンテンツです。

そんなテキストサイトの一つに、『哲学的な何か あと科学とか』というサイトがありまして、私はそのサイトのファンだったんです。
当時は、暇さえあればサイトを訪問し、気になる投稿を読んでいました。

サイトの説明を簡単にすると、タイトルに有る『哲学』『科学』、そして科学に関連する『数学』についての解説が行われているサイト。
これだけ聞くと眠たくなりそうな感じですが、このサイトの凄いところは、難しい理論や数式などを使用せずに、私の様な高卒にでも分かるように、難しいことを簡単な日本語で説明してくれているところです。
現在でもサイトは無料で閲覧できる状態になっているので、興味の有る方は読んでみてください。
www.h5.dion.ne.jp

この様な感じで、元から飲茶さんのファンだったという事と、そもそも哲学に興味があったということで、この作品を購入してみました。

読んでみた感想ですが、やはりというか、非常に読みやすい上に楽しめる作品となっています。
哲学入門書を読んだことがない方にとっては以外かもしれませんが、哲学入門書というジャンルで読みやすくて楽しめるというのは、かなり画期的なことです。
私は過去に何度か哲学入門書を読もうとチャレンジしたことがありますが、全て挫折して終わっています。
哲学入門書というジャンルは、最後まで読ませることが出来た時点で成功だと思います。それぐらい、読みやすいというのは重要です。

タイトルに『史上最強』とありますが、この元ネタは、表紙イラストを書かれている板垣さんの作品『グラップラー刃牙』のオマージュでしょうね。
グラップラー刃牙では、史上最強を決める為に、東京ドームの地下にあると言われている地下闘技場でトーナメントが開催されるのですが、ここで選手入場の際に簡単な紹介をされます。
この本では、そのノリを完全にパクって、哲学者に置き換えた哲学者紹介から始まります。

例えば、本家で
『虎殺しは生きていた!!更なる研鑽を積み人間凶器が甦った!!!武神!!愚地独歩だァーー!!!』
という紹介が
『神殺しは生きていた!!更なる研鑽を積み人間狂気が甦った!!!超人!!ニーチェだァーー!!!』
という感じ。
こんな感じで哲学を語ってくれるので、面白くないわけがありませんよね。

選手入場が終わり、本編に突入するのですが、本編は4ラウンドあり、それぞれテーマが変わります。
第1ラウンドは真理の『真理』
第2ラウンドは国家の『真理』
第3ラウンドは神様の『真理』
第4ラウンドは存在の『真理』
それぞれのラウンドで出場者が変わり、総勢32人が登場します。

それぞれのテーマにそって哲学者が登場し、独自の理論を展開していくのですが、これもタイトル通り、対決形式で行われます。
基本的には時代に沿った主張がされる為、最初に古代の哲学者Aが主張を行い、その主張が浸透した世界に対して、別の哲学者Bが反論を唱える。
哲学者Bの主張が浸透した世界に対して、哲学者Cが反論し、その主張に対してDが…といった感じで進んでいきます。

一人の哲学者に対しての解説は、5ページ前後。
1ラウンドが終了する度に、作者の飲茶さんが全ての意見を総括する形で、自分なりの考えなどを述べていきます。

この方式ですが、非常に分かりやすい。
哲学者の主張だけでなく、その主張を受けて世の中がそのように変化したのかも書いてくれている為、大まかな歴史の流れも分かるようになっています。
哲学者がそれぞれの環境の中で、どの様に考えたのかということを、物凄く噛み砕いて簡単に書いてくれている為、非常に理解がしやすい。
そして、次の登場人物が前の人物の主張と、それを受け入れた世界の問題点を指摘してくれている為、一方的な見かたではなく、多方面的な味方ができるような作りになっています。

より理解をする為に、簡単に第1ラウンドを振り返ってみたいと思うのですが…

それを今回書いてしまうと物凄く長くなってしまうので、それはまた次の機会にしたいと思います。
kimniy8.hatenablog.com

      

PSVRが買えないので 簡易VRゴーグルを買ってみた

先日のことですが、スマホを利用した簡易VRを購入しました。
本当は、PC周辺機器で頭一つ出ているviveやPSVRが欲しいのですが、viveの場合はVRが動かせるスペックのPCから揃えなきゃ駄目なので、30万近くかかってしまう。

PSVRはこれよりも安いが、現状、転売ヤーから買わなければ手に入らない状態。
とはいっても、4月29日の追加販売では、抽選販売にも関わらず全員当選とか、それで捌けないので店頭販売しているなんて話も聴ます。
5月は体験会+予約も開始され、その発送が5月30日っぽいので、その時に同時に追加販売されるでしょうし、遅くともその次の追加販売で、需要と供給が釣り合いそうな雰囲気ではありますが。
価格コムでも、価格が急降下中ですしね。

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転売ヤーは、ここ2ヶ月ぐらいで在庫を売りきらないと、損する可能性が高いでしょうね。まぁ、転売ヤーが地獄をみたところで、痛くも痒くもないんですが。

この様な感じで、現状、ちゃんとしたVR機器を購入するのがかなりハードルが高いということで、個人的なガス抜きの為に、簡易のVRゴーグルを購入してみました。
それがこちら。

    

私が購入した時点では、お値段3300円とかなり安い。
これよりも更に安いモデルなんかは、1000円以下で購入可能。先日、Twitterで発見したTweetによると、ドスパラでは実店舗で限定数個だけ500円で販売していたなんてこともありました。

普通に買えば5万や10万するようなVR機器が、何故こんなにも安いのかというと、VR機器の複雑な部分は全てスマートフォンに丸投げしているからです。
最近のスマートフォンには、スマホの傾きや方向を感じ取るセンサーが取り付けられているので、これによってスマホの状態を感知し、それに合わせた画像を映し出す機能が備わっています。
それを応用したのがこの商品。商品自体は、スマホの画面を拡大するためのレンズと、それを頭に固定するためのバンドがついているだけ。
人によって目の間隔が違うので、それを調整するための機構などが備わっているだけ。
ディスプレイや、各種傾きセンサーなどはスマホに丸投げしている為、低価格化が可能になったんですね。

購入してみた感想としては、3000円にしては結構良い買い物って感じですね。
私は目が悪く、視力が0.04とかなので、VRの際に気になっていたのが、眼鏡をかけての装着ができるかどうかでした。
しかし、実際の商品を試してみると、そもそも眼鏡が必要ない。

VRゴーグル自体が視力矯正を出来るような構造になっている為、両目0.04の視力しか無い私でも、メガネ無しでの体験が可能でした。
気になった点としては、視力矯正の際には耳付近についているダイアルを回すのですが、左右の何方か一方を回すと両方の第あるが回ってしまう仕組みになっている点。
私の場合は、両目共に0.04と同程度の悪さなので問題はありませんでしたが、視力が左右でばらつきのある人にとっては、余り意味のない構造だったりします。

次に良かった点は、ヘッドホン内蔵という点。
ゴーグル部分にスマホを入れるのですが、その部分にイヤホンジャックがついている為、それを差し込むだけで、ヘッドホンから音が聞こえます。
安いVRゴーグルの場合は、ヘッドホンがついていない場合が殆ど。
360度の立体写真をみるためだけに買うのであれば、ヘッドホンなしの低価格版も良いとは思いますが、音声付きの動画などを見たい場合は、ヘッドホン付きの方が良いと思いますね。

では、VRゴーグルを購入すると、どんなコンテンツが体験出来るのでしょうか。
一番簡単に体験する方法としては、スマホのアプリストアで『VR』と入力すれば、VR対応コンテンツが出てきます。
有名なのだと、ジェットコースターの体験アプリなどですね。

有名で手軽なのは、youtubeアプリ。
検索で『360 VR』と入れると、対応コンテンツが出てきます。
設定からVRゴーグルを選ぶ事で、左右に分割された映像に変換できるので、これでVR体験が出来ます。

他に有名で面白いのが、グーグルのストリートビューアプリ。
google map とは別のアプリで、ストリートビューを独立させたようなアプリなのですが、このアプリで、ユーザーが世界中で撮った360度の写真を見ることが出来ます。
地図をタップすると、その地域の写真がピックアップされる為、瞬時に色んな場所の景色を体験することが出来ます。

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色んなコンテンツを体験してみた感想としては、3000円にしてはコスパが高く、楽しめる商品ですね。
ただ、一つ問題が有るとすれば、画質ですかね。

VRは、PSVRですら画質が問題視されていますが、スマホをベースにしているVRゴーグルは、更に画質が悪いです。
スマホを2分割し、更に視野いっぱいまで拡大するわけですから、当然といえば当然ですよね。
よくみると、ドットが見えるぐらいの画質の悪さ。一昔前のVHSぐらいといえば、分かりやすいかもしれませんね。

次に、これも当然のことなんでしょうが、多くの作品が、首の動きには対応していますが、自身が歩いたり座ったりと、動き回ったところで、画像に反映されることはありません。
多くの作品が360度カメラを固定した状態で撮影している為、じっとしている状態で周りを見渡せるだけだったりします。
その為、高価なVR商品に比べると、没入感は控えめになっています。また、価格が安いものであれば有るほど視野角も狭いようなので、低価格モデルを購入した場合は、狭い場所から覗いているような感じになり、更に没入感は抑えられてしまうようです。

ただ、500~3000円という安さを考えると、このマイナス面を考慮したとしても、楽しめる商品だとは思いますけどね。
ちょっと検索するだけで、大人な使い方なんかも出てくるので、興味の有る方は購入してみてはいかがでしょうか。

【ゲーム紹介】 ドラゴンクエスト ビルダーズ

少し前から、色んな所で、とあるゲームの話を耳にする用になりました。
そのゲームの名は、Minecraft
サンドボックス系の火付け役として有名で、どこかの国が自分の町並みを再現したなんて話も聴くほどの人気が有るようです。
そんなわけで興味をもっていたのですが、個人的な感想なのですが、このゲーム。グラフィックが好みではない。

ドット絵で、昔懐かしの…といえば聞こえは良いのですが、PS4のオープンワールドをプレイしている私からみると、どうしても、古臭く見えてしまう。
でも、サンドボックス系には何となく興味があるので、なにか良いのはないかなと探していた所、タイミングよくPS storeでこの作品が半額セール。
元々が、ベスト版になったことで安くなっていたのにもかかわらず、更に半額で2000円程度で販売されていたので、購入してみました。


      

先程、名前を出したMinecraftですが、こちらは単に街づくりや冒険を楽しむゲームらしいのですが、このドラクエビルダーズにはストーリーが有ります。
オープンワールドをそれなりにプレイし、楽しみ方が分かってきたとはいえ、やはり何もストーリーがない状態で世界にポンッと放り出されるのは不安。
でもストーリーが有れば、少なくともストーリークリアーまでは楽しめそうなのも良いですよね。

実際プレイしてみた感想としては、ストーリーが結構面白い。
子供向けということで、難しい設定などは特に無く、話が深いわけではないのですが、それが逆に肩の力を抜いた感じで楽しめて、息抜きに丁度よい。
また、昔、ドラゴンクエストをプレイしていた人達が、思わず『ニヤッ』と出来るようなネタや、子供ならなんとも思わないんでしょうが、年を重ねてからプレイすると笑えるネタなどが織り込まれているのも良いです。

例えば、物語が一定毎に進む度に、主人公が眠った際に夢をみるのですが、その夢の内容が、昔の勇者の記憶のような夢だったりします。
その内容ですが、ドラクエのストーリーを知ってないと笑えないようなマニアックなものではなく、何となく知っているだけで笑えるようなもの。

一つ例を出すと、自分が武器屋に入って商人と会話しているという設定で、商人がこんなことを言い出します。
『武器をなにか買っていきませんか? どんなものでも結構ですよ!』
『道で拾った金で武器を買うなんて、貴方だけに許された特権なんですから!』
商人は嫌味でもなんでもなく、竜王を倒すという名目で旅をしている勇者を特別視し、純粋に勧めているようなのですが、これが結構笑える。

昔のドラクエの主人公といえば、魔王を倒す勇者という立場がある事を良いことに、人の家に不法侵入してはタンスから荷物を盗み、壺の中の力の種を拝借し、価値の有りそうな小さなメダルをくすねるという有様。
シリーズによってはツボ破壊なんて事もしていて、一部の村民にとっては魔王よりも被害を被っているんじゃないかという程の暴れっぷり。

このドラクエの主人公は、後に初代PlayStationで発売したmoonや、最近までテレ東で放送していた『勇者ヨシヒコ』なんかで、ネタにされていますよね。


このノリを、公式がやってる辺りに、ニヤニヤしてしまいます。

システムとしては、最初からフリービルドモードで遊ぶことは出来ません。
トーリーが1~4章まで有り、最低でも1章をクリアーしなければ、フリービルドモードの選択自体が出来ません。

では1章だけクリアーすれば、フリービルドモードで好きな建築ができるのかといえば、そうでも無い。
このゲームでは、レシピを思いつかなければアイテムが制作できません。
そのレシピを思いつく為には、ストーリーモードをプレイしてクリアーする必要が有ります。

1~4章で作るものや作業台、レシピが違う為、ある程度のアイテム・家具を作ろうと思うとも、最低限、1~4章をすべてクリアーしている必要が有ります。
『ある程度のアイテム』と書いたのは、全てのアイテムレシピを見つける為には、各章に設定されているチャレンジをクリアーする必要が有るからです。
例えば、クリアーまでにレベルMAXまで上げる、ゲーム内時間で◯◯日以内にクリアーしろといったものが設定されており、その条件を満たした上でクリアーすると、特別なレシピが開放されるという仕組み。

攻略サイトなどを見ずにプレイした所、一通りクリアーするのに20時間程度かかったので、この辺りが面倒くさいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。
そんな方は、Minecraftの方が合っていると思います。

個人的には、このストーリーモードも、各章で分断されていて1章毎が短いので、苦にはなりませんでした。
というか、建造物やクエストアイテムを一つ作る度に住民が駆けつけ、拍手しながら褒めまくってくれるので、結構楽しんでプレイできました。
これがFallout4なんかの場合は、住民は基本的に苦情しか言わず、時には『あんたの違った一面をみたよ。あんたがここにいる理由が、俺の命でないことを祈るよ』的な嫌味を言われて終わりですからね。

結果として、それなりに楽しめるゲームだったのですが、一つだけ問題点を挙げると、主観モードがないことでしょうかね。
少し離れたところにカメラが設定してある為、建物に屋根をつけたり、2階建てにするなどして上から見えない状態にしてしまうと、途端に操作がしづらくなります。
一応、カメラ操作で視点を下げていくことで主人公目線に近い状態まで持っていくことは出来るのですが、部屋が扉で区切ったりされている場合、扉が閉まったら何も見えないなんてことも有ります。

その点Fallout4のクラフトの場合は、基本が主観視点の為、ドアに入ったら見えなくなるなんてことはありません。
冒険で見つけて拾ったアイテムも自由に配置できる為、街づくりという点ではこちらの方が楽しめました。
ただ、Fallout4でのクラフトの問題点としては、容量制限が有ること。
オブジェクトの描画が凄い為、家具やアイテムの設置をしまくっていると、ゲームがフリーズして動かなくなってしまいます。それを避ける為に容量制限が存在し、ある程度の家具や建築物しか建てることが出来ません。


一方でドラゴンクエストビルダーズの方は、基本はキューブを積み上げて制作するだけ。その為、大雑把なものしか作れないですが、処理落ちなんてのはなさそう。
その為、フリービルドモードでは、時間さえかければ好きな街を自由に作ることができる。

どのソフトも一長一短なんですが、サンドボックス系を遊んだことがなく、急に世界に放り投げられても困るって方は、ストーリーによって導いてくれるドラゴンクエストビルダーズは入門編としては良いのではないかと思いました。