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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第103回【ソクラテスの弁明】被告人 ソクラテス 後編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
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目次

被告人 ソクラテス

先程も言いましたが、物語は、ソクラテスを訴えた側が、彼がどの様な罪を犯してきたのかを裁判官たちに訴え終えて、それに対してソクラテスが自分自身を弁明するところから始まります。

先ずソクラテスは、自身を訴えたものが如何に嘘つきか、そして、自分は何も不正をしていないにも関わらず、この場に引きずり出されてきたことを主張する前に、裁判官達に向けて注意を促します。
どの様な注意かというと、ソクラテスがこれから取る態度についての注意です。
彼は、この裁判内で話す事柄については嘘偽りない言葉を話すけれども、その態度も、同じ様に偽りのない態度を取るつもりだと言います。

これがどういう事かというと、よく裁判では、自分の印象を良くすることで、自分の言葉を信じてもらいやすくしたりだとか、仮に有罪になった場合も、叙情酌量による減刑を求めるために、演技をする人がいます。
これは今現在の裁判でもそうですが、2500年前の裁判でもそうで、裁判官たちに人に媚びへつらうことで、裁判の進行を自分に有利に進めようとするものは少なくありません。
ですがソクラテスは、この状態が気に入っていません。

何故なら、本来、裁判における有罪無罪は、法定に上げられた事実のみで決めるべきだからです。
テーブルの上の情報だけを観ると、どう見ても有罪にも関わらず、容疑者が低姿勢で裁判官に対して媚びへつらったというだけで減刑されたり無罪になったとしたら、それは不正行為であって、それこそが犯罪行為です。
逆も同じで、情報だけをみると無罪にしか思えないのに、容疑者の態度が横柄で気に入らないという理由だけで有罪になるとすれば、それは不正行為です。

裁判官は、その様な上辺だけの態度には誤魔化されないという前提で、その職務についているはずなので、裁判官達に対して媚びへつらったりはしないと宣言します。
その為、必要以上に丁寧な言葉づかいもしないし、言葉に真実味を持たせるために、過度な演出も演技もしないと、最初に断言します。
これは、仮にもし、この態度のせいで有罪になったとすれば、それは、裁判官たちの方に職務を全うできるだけの資質がないと言っているのに等しいので、聞き様によっては挑発とも取れます。

つまり、裁判官として卓越して優れていて、裁判官のアテレーを宿しているのであれば、こちらがどんな態度で裁判に挑んだとしても、確実に正しい判断をしてみせろというわけです。
その上で、裁判官たちに『アテナイ人諸君!』と呼びかけて、自身の弁明を行います。
本来であれば、裁判官という職業に対して敬意を払うためにも、『裁判官の方々』といった感じで話しかけるところを、『アテナイ人諸君!』と言っているところに、先ほどの発言の本気度が伝わってきます。

アニュトス

ソクラテスは先ず、この裁判が起こされるに至った経緯を話し始めます。  この裁判は、メレトスという若い吟遊詩人によって訴えられて起こされます。
ただ、メレトス単独で裁判を起こしたというわけではなく、弁論家のリュコンという人物と、政治家のアニュトスが後ろ盾になって援助しています。
一番影響力があるのが、アニュトスという政治家で、この人物は、前に取り扱ったプラトンが書いた対話篇の『メノン』にも登場しました。

アニュトスは、アテナイがスパルタに負けて、三十人僭主制になった際に、民主政を支持する者たちを集めて他国に亡命しました。
ですが、その後、アテナイ市民が僭主制という政治体制に対して徐々に不満をつのらせて、1年後に不満が爆発したタイミングで戻ってきて、民主政に戻す運動に加わった人です。
その間、ソクラテスはというと、三十人僭主制の元で、政治に関する仕事を与えられて、アテナイで暮らし続けていました。

つまり、この裁判制度自体が、アニュトスたちの運動によって勝ち取られたシステムなので、かなりの影響力を持っている人物と言えます。
そのアニュトスは、過去にソクラテスに恥をかかされたことで彼を嫌っていたという事もあって、人々に対して彼の悪口を言い続けました。
それを聞き続けた一般市民達の多くは、『あのアニュトスが、あそこまで主張するのだから、ソクラテスは悪い人では?』と思うようになり、ソクラテスを有罪に出来る下準備が出来たとして、訴えたのでは無いかとされています。

科学と信仰

アニュトスの主張を、より具体的いうと『ソクラテスという人物は、自然学を始めとした科学や論理学に没頭し、そこで培った知識を使って、嘘を真実のようにして広めている。
また、神々が作ったこの世界を、全く別の定義に当てはめて考える、科学に没頭するという行為は、神々を信仰していない証拠だ。 神に対して敬意を払わないような人間は、平気で不正を行う。』
ソクラテスは、アニュトスがこの様な感じで噂をばら撒き、人々を洗脳していったと主張します。

ソクラテスが神を信じていたのか、それとも信じていなかったのかは別として、彼はアナクサゴラスを師匠として尊敬していましたし、一時期は教えを受けていました。
そのアナクサゴラスの主張はというと、『太陽は灼熱する岩だし、月は土の塊に過ぎない。』という主張でした。
当時はギリシャ神話が一種の宗教のように信仰されていましたが、そこでは、太陽や月はアポロンやアルテミスといった神の化身として扱われていた為に、アナクサゴラスは不敬罪で国外追放されています。

その様な人物を師匠とし、同じ様に科学… 当時は考えることの総称として哲学と言われていましたが、それに没頭していたので、この事実だけを観ると、ソクラテスは信仰心が低いかもしれないとも思えます。
この前提が先ずあって、先程の話を民主政権を取り戻す運動の一員として動いたアニュトスが積極的に主張したということで、一般市民の間では、ある程度の信憑性を持って受け入れられたんでしょう。
このアニュトスの働きによって、ソクラテスは悪い人物ではないのかと漠然と感じる人達が多くなってきた事が、今回、この訴えが起こされる原因になったと思われます。

ソクラテスを恨む人達

ソクラテスがいうには、私を悪い人物だと主張する人達は、大きく分けて2種類いると言います。
先ず1つは、私のことをよく知らないし興味もないけれども、皆が『彼は悪者だ』と噂をしているからと、その一方的な意見を信じ込んでしまっている人達。
今現在でもそうですが、何かの事件や不正行為が行われた場合、それがSNSやワイドショーなどで連日のように取り上げられて、皆で叩くという行為が行われたりします。

これと同じような事が、当時も起こっていたわけです。
当時は、ネットもスマホもない為に、SNSで拡散という事はありませんでしたが、ソクラテスのように有名な人物の場合は、彼が如何にバカバカしいことを主張していたのかというのが喜劇の題材となっていました。
他人を馬鹿にするという行為は、本来であれば褒められた行為ではありませんが、対象となっている人物が悪い人間とされている場合は、それも暗黙のうちに認められたりします。

ただ、この様な人達は、ソクラテスという悪い人物を皆で叩くという、一つのコンテンツとして消費しているだけなので、彼らを説得するのは無駄な行為です。
何故なら、確固たる信念があって批判しているわけではなく、なんとなく、ノリで皆でバカにして楽しんでいるだけだからです。
そんな彼らを一人ずつ法定に呼んで、反論していくという作業は労力がかかるだけなので、相手にするだけ無駄です。

熱心なアンチ

残りのもう一つは、ソクラテスの事をよく知っている熱心なアンチです。
今回の裁判は、そのアンチの代表である3人が訴えたので、彼らに対しては、自分は不正行為を行っていないと証明する必要があるとして、弁明を行わなければならない。
それと同時に、限られた時間内で、500人の聴衆が持つ疑念も晴らして、納得させる必要がある。

そうする事こそが、私自身の為だけでなく、説得される人達にとっても良いことだと思うから、不正は犯さず、法律に則った形で弁明を行うと、ソクラテスは宣言します。
彼が弁明を行うのは、自分の容疑を晴らすためだけでなく、それを聴く聴衆にとっても良いことだとしたのは、アニュトスたちの嘘によって騙されている状態というのは、彼らにとっても良い事とは思えなかったからでしょう。
ソクラテスは、善を追求する為には妥協を許さない男なので、目の前に悪によって洗脳されている人達が大量にいるのなら、目を覚まさせてあげなければならないと思ったのでしょう

ここで誤解しないで欲しいのは、ソクラテスは自分が助かりたいからという理由だけで弁明しようとはしていない点です。
自分の命が助かりたいだけなら、わざわざ裁判官を挑発する必要もなく、自分は陥れられた哀れな存在だとして同情を買うという方法もあったはずです。
それをせずに、裁判官達に向かって『アテナイ人』や『聴衆』といった言葉を使って、へりくだらない態度をとっているのは、裁判官たちもまた、アニュトスの洗脳によって悪い状態になっている。
それを、自分の力で助けたいと思っているからでしょう。

という事で、今回は導入部分だけを話していきましたが、次回から、本題に入っていこうと思います。