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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第109回【ソクラテスの弁明】不正のない裁判 後編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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ソクラテスの仲間たち

メレトスの訴えでは、青年を悪の道に引きずり込む、つまりは子供に良からぬことを吹き込んで堕落させたということなので、ソクラテスが子供を言いくるめて、親に相談させないようにさせていたということも考えられますが…
彼は、この活動を1年や2年という短期間だけ行っていたわけではなく、数十年に渡って続けています。
仮に、十代で弟子入りしていたとしても、最初に仲間になった青年は数十年の間に壮年になっています。

そこまでの人生経験を積めば、仮にソクラテスが悪意から人を騙して利用しようとしている場合、流石に気がつくでしょうし、自分で気が付かなかったとしても、自分が行っている活動や考えを親しいものに話すということもするでしょう。
そうすれば、仮に、ソクラテスが良からぬことを吹き込んでいたとすれば、その弟子の親や親しくしている友人が、洗脳を解こうと力を尽くすはずです。
しかし、実際にはどうかというと、ソクラテスと共に研究を続けている人物の親や親しい者達は、ソクラテスの極貧生活をなんとかしようと、手助けしてくれています。

ということは、少なくとも、ソクラテスの弟子と呼ばれる人達と、その友人、家族達は、ソクラテスの活動に好意的で、自分の大切な人間が彼のもとで学ぶことを推奨していたと考えられます。
ソクラテス自身が頼みもしていないのに、彼の衣食住の面倒を進んで引き受けてくれている。 そんな彼らであれば、ソクラテスが頼みさえすれば、この裁判の場に彼の無実を証明してくれる証人として駆けつけてくれるでしょう。
ソクラテスは、自らの意思で、自分を擁護して有利な証言をしてくれるであろう人物を、証人として呼ぶといったことはしていませんが、仮に彼が頭を下げていれば、喜んで法廷に出向く人は数多くいるでしょう。

ソクラテスの被害者

げんに弟子のプラトンは、ソクラテスを心配して裁判の傍聴に出向いていますし、その場で起こったことを、『ソクラテスの弁明』という形で書物に書き起こしています。
そして彼の死後も、ソクラテスの行動の正しさを証明するかのように、数多くの対話編を書き、世に発表しています。
プラトンだけでなく、今後の対話編に登場するクリトンなども、駆けつけていました。この二人に限らず、数多くの弟子・同僚たちが、ソクラテスのこの先の運命を心配して、裁判を傍聴しています。

その一方でメレトスは、ソクラテスから被害を受けたという人物を、誰一人として証人として呼ぶことが出来ていません。
罪をでっち上げ、なりふり構わずソクラテスを罪人に仕立て上げようとしているメレトス達ですから、そんな人物が本当にいるのであれば、強力な助っ人として呼ぶことが出来たでしょう。
そうすることが出来れば、確実な証拠が手に入るのですから、メレトスの言葉に信用力が宿り、彼の主張は決定的なものになるでしょう。 しかしメレトスは、それすら出来ていません。

では、ソクラテスは何故、自分の仲間たちを無罪を証明する為の証人として、呼ばなかったのでしょうか。
彼の言う通り、一言頼むだけで強力な証人が来てくれるのであれば、それを実行すれば、無罪が証明出来て濡れ衣を着せられずに済むはずです。
助かる見込みがあるのに、何故、その道を選ばなかったのか。 それは、ソクラテスが、自分の命よりも、自分たちが住んでいる国の方向性を重視したからです。

正しく生きること

前に取り扱った対話篇のゴルギアスでも紹介しましたが、ソクラテスは、人の人生に置いて寿命の長さに重要な意味を見出してはいません。
ソクラテスは、簡単に言えば人が幸福になれる道を人生をかけて探した人物とも言えますが、では、何をもって幸福と言えるのかという条件に、寿命は入れていません。
人は、金持ちであっても貧乏人であっても善人であっても悪人であっても、絶対に死を迎えます。 死というものの前では、どんな人間も平等です。

では、全ての人間が絶対に死ぬというのであれば、人にとっての価値というのは何なのかというと、善く生きることです。
それは、秩序を保つことであり、その為に必要なことは、正しく生きる事です。

では、この裁判の場に置いて、何が正しくて、どの様な行動が秩序に則った行動なのかというと、あらぬ罪をでっち上げたメレトスの言い分を却下して、裁判官自身が正しい判決を下すことです。
秩序の象徴である裁判官達が、自らの意思と能力で有罪か無罪かを見極めて判断をする。もし、正しい判断出来なければ、国の秩序を保つことは出来ず、秩序が保てないとするのなら、その国で暮らす人達に幸福が訪れることはありません。
ソクラテスが、自らを助けてくれるであろう友人たちを、あえて、裁判に証人として呼ばなかったのは、裁判官の判断を鈍らせないためです。

もし仮に、ソクラテスが友人たちを証人として呼び、自分に有利な証言をさせて、自らも、助かりたい一心で、裁判官たちの前で泣き叫んで助けを乞えば、彼は無罪になるかもしれません。
別にソクラテスは、不正をしているのに誤魔化そうとしているわけではなく、本当に何も悪いことは行っていないわけですから、証人を呼んだり、感情的に無罪を主張することは不正な行為ではなく、正当な行為です。
しかし、その余計な情報によって裁判官が有罪無罪を判定してしまう事、自体が、問題だと思ったのでしょう。

無罪を勝ち取る方法

何故なら、もし、ソクラテスの友人たちの証言や、ソクラテスが民衆の前で泣き叫んで無罪を主張するという印象操作によって無罪になれば、同じ様な環境さえ整えることが出来れば、誰でも無罪になれる可能性が生まれるからです。
これは、対話篇のゴルギアスでも指摘されていましたが、例えば大金持ちが自分の財産や人脈を使って、自分に有利な証言をしてくれる役者や部下を大量に利用して、自分の有利な証言をさせ、訴えられた本人も、泣き叫んで演技をしたとしたらどうでしょう。
この金持ちは、実際には不正行為に手を染めていたとしても、財力などを利用して、状況としては、ソクラテスが作り出すことが出来る環境と同じものを用意することが出来た場合、無罪を勝ち取れるということになってしまいます。

無罪判決が出た後で、その者が実際に罪を犯していたと分かっても、裁判官達は、『証人が証言していたから。』とか『本人が泣いて無罪を主張していたから。』といった感じで、責任転嫁するでしょう。
間違った判断を下した自分たちが悪いのではなく、自分たちを騙すために偽の証人を用意して、自分たちを騙した人間が悪い、自分たちは悪くなく、むしろ騙された被害者だといって逃げるはずです。
そういった事を避ける為に、ソクラテスは裁判官たちの責任でもって、判決を下せる状況を作りました。

また、この行動は、それだけでなく、裁判を利用してソクラテスに仕返しがしたいという者たちに対しての牽制も含まれていると思われます。

不正のない裁判

ソクラテスは、アテナイの少なくない割合の人達から恨まれるような事をしてきました。
これは犯罪ということではなく、『自分が賢い』と思い込んでいた人達の目を覚まさせるという活動の事ですが、ソクラテスによって無知だとされてしまい、恨みを持っている人間も、この裁判に裁判官として参加していると思われます。
前にも言いましたが、この時代の裁判官は500人程いますし、ソクラテスの活動も昨日今日始めた活動ではなく、数十年に渡って続けられてきた活動だからです。

彼に恥をかかされた経験を持つものは、この裁判を利用して、彼が情けない姿で命乞いをする姿を見たいと思っているかもしれません。
ソクラテスには2人の子供がいますが、その子供をダシにして同情をかい、泣き叫んで命乞いをすれば、彼らはスカッとすることでしょう。
また、過去に、みんなの前でソクラテスにバカにされた経験があったとしても、『ソクラテスって奴は、俺に泣き叫んで命乞いをしてたようなヤツだよ。』といえば、自分の名誉も回復するかもしれません。

しかしソクラテスは、堂々とした態度で、『そんなことはしない!』と断言することにより、そういった妄想を膨らませていた無知な人々に対して牽制したのでしょう。
彼に言わせるなら、裁判官と被告という上下関係を利用する事こそが不正行為ですし、この挑発にのせられて正しい判断が出来ないとするのなら、それもそれで問題だからです。
この裁判におけるソクラテスの弁明は、これで終わり、この後、判決がくだされることになるのですが、その話は次回にしていこうと思います。

参考文献