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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第103回【ソクラテスの弁明】被告人 ソクラテス 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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目次

ソクラテスの弁明

今回からは、プラトンが書いた『ソクラテスの弁明』とう本を読み解いていこうと思います。 この作品は、プラトンが一番最初に書いたものだと言われています。
これまでに紹介したプラトンの対話篇ですが、実際に起った出来事や対話内容を忠実に記録したものではなく、殆どがプラトンの創作です。
この事は、彼とソクラテスは、年齢が50歳近く年が離れている一方で、彼の対話篇には、ソクラテスが若い頃に、有名な賢者と対話した内容が描かれていたりする事からも分かります。

これらの作品は、彼が、ソクラテスの弟子の中でも自分よりも年上の先輩などに話を聞いて、それをベースにして書き起こしたとされています。
ただこの際に、実際に起った出来事をできるだけ忠実に書き起こすのではなく、読み手にメッセージをより分かりやすく伝えるために、元にあった出来事を大幅に加工していると思われます。
その為、これまでに紹介してきた『プロタゴラス』『ゴルギアス』『メノン』といった対話篇では、テーマがしっかりとしていて、盛り上がるポイントも有り、哲学に接点がない人に対しても、伝わりやすい表現で書かれていたりします。

ソクラテスの対話相手とされる人達の主張も、その人物の元々のキャラクター性というのも考慮はされた発言内容になっているとは思いますが、その発言内容は、本人がそのまま主張していた内容というわけでもないようです。
プラトンの初期の対話篇は、哲学に興味が無い人にもわかり易い内容となっていますが、その様な作品に仕上げるためにも、登場人物は、世間一般の人が普段から疑問に思っているような事を代弁するようなキャラクターになっていたりします。
その為、モデルとなっている哲学者や政治家が、対話で実際に発言した内容では無いと思われます。

哲学者同士の小難しい対話内容を対話劇のように書いたとしても、哲学に興味のない一般市民は読もうと思わないからでしょう。
庶民が疑問に思っていることを代弁させて、それに対して反論をするという内容にすることで、庶民が興味を引いて、手に取りやすい内容にしたと想像できます。
当然ですが、ソクラテス自身の発言も、彼だけの主張というわけではなく、プラトンが解釈をしたソクラテスの主張だったり、プラトンが独自で考えた思想をソクラテスに代弁させていたりもしているようです。

ですが、今回紹介する『ソクラテスの弁明』に限っては、プラトンが実際に裁判を見た上で、ソクラテスの主張をそのまま書き留めていると言われています。
その為、ソクラテスの素の言葉が聞ける貴重な作品となっています。

作品の流れ

この作品ですが、これまでのプラトンの作品のように、ひとつの出来事を1から説明する形式にはなっていませんので、相手が裁判を起こすに至った経緯を説明することもなく、裁判の途中から始まります。
具体的には、『ソクラテスが起訴されて、相手側が起訴内容を裁判官達に伝える。』という所は省かれていて、起訴内容にソクラテス自身が弁論をするというところから始まります。
他の違いとしては、ほぼ、ソクラテスによる単独の演説のみで構成されている事です。

これまでに紹介してきた『プロタゴラス』『ゴルギアス』『メノン』ですが、これらの作品は『対話篇』という名前の通り、誰かと対話する事でテーマを深堀りする作りとなっています。
しかし、この作品については、ソクラテスが単独で話し続けます。 途中で、ソクラテスを訴えた人物であるメレトスに対して2~3質問することはありますが、それを除いては、ほぼ、一人で話し続けるだけです。
また内容の方も、これまでの作品とは、少し違っています。

先程も言いましたが、これまでの作品には、話すべきテーマというものがありました。
プロタゴラスでは、アテレーの教師であるソフィストに、『アテレーとは何か。』というのを質問し、ゴルギアスでは、弁論家に対して『弁論家とは何か。』という質問をし、その本質を探っていきました。
メノンでは、アテレーを知らないもの同士で話し合うことで、アテレーを理解できるのかと行った根本的な事を探っていったわけですが…

この作品では、何かを探求するという事ではなく、ソクラテスが自分にかけられた容疑に対して弁明をするという内容になっています。

当時の裁判

次に、当時の裁判についての補足情報を最初に言っておきますと、古代ギリシャの裁判では、抽選によって選ばれた裁判員500人の多数決によって、判決が行われます。
一説によると、500人だと割り切れてしまって判決が出ない可能性があるという理由で、501人だったという説もありますが、とにかく、それ程の人数による多数決によって判断が行われていました。

この、抽選によって国の公職を決めるというシステムは、ペリクレスが考え出しましたが、その後、スパルタ率いるペロポネソス同盟とアテナイ率いるデロス同盟が戦争を行ない、スパルタがアテナイに勝利することで、システムを変えてしまいます。
しかし、民主政を維持したい派閥の人達は虎視眈々と反撃の機会をうかがっていて、結果的に、そのシステムは1年で崩壊し、民主政に戻った為、裁判のシステムも『くじ引き』によって選ばれた裁判官達に戻りました。

裁判の流れですが、先ず、訴えた側が裁判員に対して起訴内容を説明して、相手が如何に重大な不正を犯したのかを訴えます。
この訴えですが、今の犯罪のように、先ず、警察などの治安を維持する機関に相談して、犯罪性があれば逮捕して起訴するという感じではなく、裁判所に訴えれば裁判が開けるというシステムのようです。
ただ、いつでも誰でも手軽に裁判が開けるとなると、イタズラや嫌がらせ目的で裁判を開くという人間も出てきますので、訴える側が裁判費用を先に支払って、相手を有罪に出来なければ没収されるという形式をとっていたようです。

ですが、この形式の場合、貧乏人は裁判を開いて訴えることが出来ないのに対し、金持ちは気軽に裁判を出来てしまう為、公平かと言われると、そうでもないような気もしますけれどもね。
裁判を開いた側が相手の不正を訴えた後は、訴えられた側である被告人が、それに対して、『自分は不正行為を行っていない。』というのを証明するために、弁明を行ないます。
この弁明ですが、時間が設定されています。 この作品は漫画にもなっているのですが、それによると、底に穴が空いている壺を水で満たして、その水が全て流れ出るまでの時間に、自分の弁明を行わなくてはならないようです。

裁判の流れ

原告と被告の双方の言い分が出揃うと、500人の裁判官達によって、判決が下されて、有罪か無罪かが決定します。
仮に無罪であれば、裁判はそこで終了し、あらぬ罪で訴えた原告は罰金を取られて終わりです。
しかし有罪になった場合は、原告と被告の双方が、自分の罪に相応しいと思う刑罰を主張し合い、再度、投票によって判決が下ります。

大抵の場合、訴えた側は重い刑罰を提案し、訴えられた側は軽い刑罰を提案します。
例えば、原告が死刑を求刑した場合、被告が『死にたくない』と思えば、国外追放などを提案するでしょう。
この時、被告側が軽すぎる罪を主張すると、相手の提案が採用されてしまう可能性が高くなる為、罪を実際に受ける側は、罪の重さに対して妥当だと思われる提案をしなければなりません。

この、刑罰の提案ですが、提案した際には、何故、その刑罰が妥当なのかを主張する為の時間が与えられます。
そして、双方の主張を聴いた後に、再度、500人の裁判官によって多数決が行われて、それが最終決定となります。

以上の前提条件を踏まえた上で聞いてもらえると、理解がしやすいと思います。
という事で前口上が長くなりましたが、本編に入っていくことにします。