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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第55回 プラトンが思い描いたソクラテス 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次


前回の簡単なまとめ

このコンテンツでは、第43回ぐらいから、ソクラテスの主張を紹介するということを言ってきたわけですが、その後、科学的な話や古代ギリシャの歴史に脱線したりと、なかなか本題に入れず…
ずっと、やるやる詐欺状態になっていたわけですけれども、今回からやっと、本題に入っていこうと思います。

前回の放送では、古代ギリシャの、特にアテナイに住む人間が、何故、アレテーと言うものを追い求め、その要望に答えるように、ソフィストと呼ばれる人達が登場したのかについて、語っていきました。
簡単に振り返ると、アテナイの政治が直接民主制になったことによって、国家の運営が国民の手に委ねられるようになったことで、国民そのものが、知識を得たり知恵をつけたりする必要性が出てきたからです。
当時のアテナイでは、国の要職も含めた大半の公務員は、くじ引きによる抽選制で選ばれていたので、誰でも、現代の日本で言う総理大臣になれる可能性が有りました。

この様なシステムの場合、国の要職についた際に誰もが認めるような仕事を成し遂げたり、政治の議論で皆を納得させるような能力があれば、国の中で出世でる環境に有ったため、出世欲のある人は、他人よりも卓越した能力を身に着ける為に、アレテーを求めました。
ただ、他人と比べて卓越した能力を身に着けたいから、アレテーを求めるといっても、求め方が分かりません。
そんな時に登場したのが、ソフィストと呼ばれるアレテーを教えて授けてくれる人達です。

プラトンが書いた、ソクラテスを主人公にした初期の作品では、『アレテーとは何か。』といった事をテーマにして、ソフィストや、それに関わる人達と対話を通して探っていくことになります。

プラトンが書いた対話篇

という事で今回からは、プラトンの初期に書かれた対話編を読み解いていこうと思います。
このコンテンツで、まず、取り扱うのは、『メノン』『ゴルギアス』『プロタゴラス』の3作品です。

本題に入る前に、一応、注意点として伝えておきますが、プラトンが残した作品の多くが、ソクラテスが主人公として登場し、ソフィスト達と対話する事で、真実を解き明かそうとするわけですが…
ここで描かれているソクラテスは、ソクラテスを師匠として尊敬しているプラトンの目を通した、ソクラテス像です。
ソクラテス自身が文章を残しているわけではなく、実際のソクラテスが、対話篇で描かれているような行動をとっていたのかどうかは、分かりません。

というのも、『ソクラテスの弁明』という作品を除いて、対話篇に登場するソクラテスというのは、プラトンが生まれる前のソクラテスだからです。
ソクラテスは、70歳で裁判にかけられて死刑になるわけですが、その裁判を傍聴していたプラトンは、20代半ばと言われています。 つまり、ソクラテスとは45歳程度の年の差が有るわけですが…
プラトンの対話篇に登場するソクラテスは、30代とか… そんな年齢だったりするんです。 つまり、プラトンがこの世に生まれる前に行われた対話内容を、人から聞いたという設定で書き残している為、プラトンの憶測がかなりはいっていると思われます。

プラトンが想い描いたソクラテス

このコンテンツでは、プラトンの初期の対話篇は、ソクラテスの主張として取り扱いますが、現実のソクラテスがどの様な主張や振る舞いをしていたのかについては、追求しません。
というのも、このコンテンツは歴史を探るものではなく、思想や哲学を探っていくコンテンツだからです。

プラトンが書き残した対話篇は、ソクラテスの主張を書き残したのか、それとも、プラトン自身の意見を書いたものなのかは分かりませんが、ここで重要視するのは、どの様な事が考えられていたのかということのみです。
このコンテンツでは便宜上、初期や中期の1部の対話篇は、ソクラテスの主張という事で紹介させてもらいますが… この事に注意して、聞いてもらえれば幸いです。

『メノン』『ゴルギアス』『プロタゴラス

という事で、本題に入っていくことにします。
先ほど紹介した、『メノン』と『ゴルギアス』と『プロタゴラス』。覚えにくいタイトルだとは思いますが、このタイトルは全て、対話相手である人物の名前です。
これらの作品ですが、突き詰めていくと、全ての作品で『アレテーとは何か』について語られているわけですが、アプローチの仕方が違います。

まず、『メノン』ですが、この人物は、ゴルギアスという弁論術を教えるソフィストの元で学んだ若者です。
ソフィストの元でアレテーを学習できたと思い込んだ人間が、ソクラテスの元を訪ねて、『アレテーとは何なのでしょうか?』と訪ねるところから始まります。これが、主なテーマとなります。
ここで、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。 というのも、ソフィストの元でアレテーを学んだのであれば、再度、ソクラテスに教えを請う必要は無いからです。

にもかかわらず、メノンがソクラテスに『アレテーとは何か。』を訪ねるのは、年上で、尚且、それなりに名前の通っているソクラテスに対して、知恵をひけらかそうという様な思いがあったからでしょう。今風に言えば、マウントを取りに行ったわけです。
この、生意気な若者に対してソクラテスは、メノンが本当にソフィストから、正確にアレテーを教えてもらったのかというのを、対話によって解き明かしていきます。
この構図を聞いて分かる通り、メノンのもう一つのテーマは、『アレテーとは、教え伝える事が出来るようなものなのか。』といったものになります。

メノンが、アレテーを正しく理解し、ソクラテスに対して伝えることが出来るのであれば、アレテーとは、人から学ぶことが出来て、教えることが出来るような代物である事がわかります。
これを、良い悪いという論争ではなく、互いの理解を最優先とした対話によって明らかにしていくのが、『メノン』です。
この作品は、漠然として捉えづらいアレテーという存在が、どの様なものなのかを、わかりやすく表現している為に、入門書として推奨されることが多いようです。

人間のアレテーは解明されたのか

ちなみに、最初に結果だけを書いておくと、この作品では、アレテーというものが、どの様なものかというのは明らかになりません。
というか、アレテーというものは、2500年ほど前にソクラテスが探求し始めてから、色んな人達が解明しようと頑張ってきたのですが、今現在も、ハッキリとは分かっていません。
落とし所の様な説は、幾つか有るようですが… これこそが正解といったものは、分かっていないと思ってもらっても良いです。 分かっていないからこそ、ハーバードの白熱教室などで、『正義の話をしよう』といった講義が行われるわけです。

ソフィストたち

先程、3冊の本のタイトルを挙げたわけですが、メノンを除く2つの作品は、ソフィストについて探求していきます。
前回までの放送でも言ってきましたが、ソフィストというのは、2つの側面が有ると世間では捉えられてきました。

1つは、様々な知識や知恵と共に、アレテーまでもを教えてくれる賢者としてでした。 今回の冒頭や前回まででも言ってきましたが、そもそも、ソフィストという存在が生まれたのは、アテナイに住む人達が、アレテーを求めた為です。
アレテーとは、道徳の徳といった日本語訳が当てられることもありますが、卓越性といった言葉が訳として当てられる場合もあります。 つまり、アレテーを得ることにより、他の人よりも卓越した人間になろうという人が増えて、このアレテーの教師が求められたんです。
そしてもう一つは、目先の議論に勝つ為の方法を教える、弁論術の教師。 もっと別の言い方をすると、口喧嘩で有利に立つための技術を教える、詭弁化として捉えられてきました。

この様に、ソフィストには2つの捉え方があるわけですが、それぞれについて考えていくのが、『プロタゴラス』と『ゴルギアス』です。
プロタゴラス』ですが、この人物は、ソクラテスが生きた時代ではトップクラスの賢者と呼ばれる人物で、アテナイの実質的な指導者のペリクレスに依頼されて、憲法の草案などを作る程の人物です。

この人物は、『私なら、アレテーを教えることが出来る。』と主張し、お金を貰ってアレテーを教えるということを生業にしていました。
その人気は凄いもので、一説によると、1回の公演で軍艦を購入できる程の報酬を得たとも言われていて、ソフィストとして、かなりの成功を収めていた人物です。

一方で『ゴルギアス』ですが、この人物は、アレテーを他人に授けるといった事は言わずに、自分が教えるのは、あくまでも『弁論術』であると主張して、多くの生徒を抱えて成功した人物です。
先ほど名前を出したメノンも、この人物の元で学んだ弟子として登場します。

プロタゴラス』では、彼自身がアレテーを教えることが出来ると主張している為、『アレテーとは何なのか?』といった質問をぶつける事で、ソフィストは本当にアレテーを教える事が出来るのかを、対話によって明らかにしていきます。
ゴルギアス』の方では、『そもそも、弁論術・弁論家とは何なのか?』という質問を、弁論術の教師であるゴルギアスにぶつけます。
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