だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第96回【メノン】炎上芸人とソフィスト 後編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次

ソフィストは本当に駄目なのか

しかしソクラテスは、このアニュトスの意見に賛同できません。
何故なら、関わり合いになる事で損しかしないような人達なら、多くの人は、彼らから距離を取ろうとするからです。
ソフィストという職業が出来たばかりであれば、その職業がどのようなモノなのかが分からないという理由で、一時的に騙されるような人が多数出てくるかもしれませんが…

少し時間が経てば、ソフィストという職業の本質は知れ渡るでしょうから、市民達は皆、彼らから距離を取るはずです。
しかし実際には、ソフィストという職業が誕生したのは、この対話が行われている40年も前で、彼らは今もなお、生徒を集め続けています。
ソフィストという存在がアニュトスの言う通り、最悪のものであるとするなら、何故、市民たちは、大金を持って彼らの元へ訪れるのか、その説明がつかないからです。

ソフィストの中でも有名なプロタゴラスは、講演会を1回開くだけで、戦艦が買えてしまう程の報酬を受け取ったそうですが、ギリシャ内を見渡しても、それ程の報酬を受け取れる職業はありません。
ギリシャ内で一番の作品を作る彫刻家でも、時間効率を考えれば、収入はプロタゴラスの足元にも及びません。
しかも彼は、まぐれ当たりの一発屋ではなく、40年にわたってその地位を維持し続けています。

悪い事の証明

当時は、ネット環境などの通信網も発達していませんし、情報は人々の噂や吟遊詩人の歌によって広まっていくものだったので、情報の伝達が遅かったとは思いますが、それでも、40年もあれば、悪い噂が広まっていても良いはずです。
しかし実際には、そんな事にはなっていません。 これは、ソフィストの元で学んだ人達は、自分たちは素晴らしい事を学んだと思っているからでしょう。
単に、そう思っているだけでなく、ソフィストとつながりを持つ事によって、実際に生活が良くなったという実感も得ていたのかもしれません。

その様に思う人達は、自分の師匠であるソフィストを褒め称えて、自分の周りの人達にも彼の下で学ぶようにと宣伝するでしょうから、人気はマスマス高まり、それに伴って授業料も上昇していったと考えるのが自然です。
また、ソフィストというのはアレテーの教師です。 アレテーの要素の中には、善悪を見極める分別というのがありますが、アレテーを宿すソフィストは、当然、それを持っていることになります。
アニュトスは、ソフィストは生徒に悪いことを吹き込んでいると言いますが、ソフィストには分別があるので、仮にアニュトスのいう通りであるとするなら、ソフィストは悪いと分かっていることを、敢えて、生徒に教えていることになります。

人にとって害のある事を、良い事だと嘘をついて教えるという行為は、それがバレた時には大きな恨みを買い、それによってソフィストの悪い噂も広がることが予測されます。
ソフィスト達は、大金を持って自分のもとに訪れる生徒に対して、わざわざ害の有ることを教えて、何のメリットが有るのでしょうか。

答えを決め打ちしない

ここで、このソクラテスの主張に違和感を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、アニュトス登場前と後で、ソクラテスソフィストに対する捉え方が大きく変わっています。
アニュトス登場前のソクラテスの言い分としては、当時のソフィストのトップであるプロタゴラスと対話をした結果、彼はアレテーを理解していなかったので、アレテーの教師はいないという主張をしていました。
しかしアニュトス登場後は、アレテーの教師であるソフィストは、他人にアレテーを教えられるのだから、当然、自分自身も理解しているはずだというスタンスに変わっています。

これは、アニュトスとの議論に勝つ為のダブルスタンダードというわけでは無く、『ソフィストについて』というテーマで、一から議論をやり直しているんだと思われます。
これまでにも何度か言ってきましたが、ソフィストの評価は2分されていて、一つが『アレテーの教師』で、もう一つが『詭弁家』です。

ソクラテスのスタンスは、『ソフィストは自分がアレテーを理解していると思い込んで、教師をしている人』というもので、ソフィストが『アレテーの教師』という主張には否定的なのですが…
アニュトスの方は、こちらはこちらで、ソフィストを『詭弁化』と決めつけているので、『アレテーの教師』という意見には否定的です。
ソフィストが『アレテーの教師』という捉え方を両方が否定している状態では、アニュトスが何故、『ソフィストは、アレテーの教師では無い。』と否定しているのかが謎のままなので、ソクラテスの方がこの議論に限ってスタンスを変えたのでしょう。

話を戻すと、ソクラテスのスタンスによると、ソフィストは『アレテーの教師』なので、悪いと分かっていることを敢えて教えても、生徒の為にも自分自身の為にもならないので、そんな馬鹿なことはしないはずだと主張します。
何故なら、悪い事を教えてもらった生徒は不幸になり、不幸になった生徒は、自分を教育したソフィストを貶めるような事を言いふらすわけですから、敢えて嘘をついて悪いことを教えても、互いに不幸にしかならないはずです。
しかし現実をみてみると、ソフィスト達は長年に渡って富と名声を得続けて、生徒も不幸にはなっていません。 これは『アニュトスの理屈は、おかしいのでは無いか?』というのが、ソクラテスの言い分です。

ソフィストと炎上芸人

このソクラテスの主張は、理屈は通ってそうですが、だからといって正しいとも言えないような主張です。
先程、ソフィストを、現代の『ネットサロンで稼ぐ炎上芸人』に例えましたが…
この人達も、アンチと呼ばれる人達からは『情弱相手に適当な事を言って、金を巻き上げてる』とか『売られている情報商材は、役に立つどころか害になる』なんて言われてますが、この世の全ての人から罵られているわけではありません。

この人達には、信者と呼ばれる人達も一定数いて、その人達がお金を貢ぎ続けることによって、普通に真面目に働くサラリーマン以上の稼ぎを手にしています。
では、彼らは、有益なことを教えているのでしょうか。 中には、人々の助けになるような事や役立つ情報を教えることで、適正な料金を貰っているサロン運営者もいらっしゃると思います。
しかし一部の人達が、『自分たちは凄い』ということを演出することで、信者からお金を集めている人達で、信者に対しては、料金に見合っただけの情報は渡していません。

ではこの人達は、生徒から恨まれて、悪い噂を流されることで評判を落としているのかというと、そうでもなく、悪名が広がっている人ほど、信心深い信者を多く集めて、儲けている印象すらあります。
なぜ、このような事になっているのかというと、悪口であれ何であれ、特定の人物の名前がいたるところで叫ばれると、知名度が加速度的に上昇していくからです。
知名度が上がれば、それが悪い噂であれ、それを聴いた一部の人が悪口をそのまま受け取らず、自分の目で確かめようと入会したりします。

その人は、もともと悪口によって情報を知ったわけですから、金銭と引き換えに、普通よりも少し悪いぐらいの情報を受け取ったとしても、むしろ好印象を受けたりします。
そして人は、判官贔屓的なところがあり、必要以上に叩かれている人が身近にいると、守りたくなったりもします。 こうして、入会した人の一定数が信者になるというシステムが出来上がると、悪口そのものが宣伝として機能するようになってしまいます。
結果として、悪口が広まったとしても、それによって熱心な信者が少しづつ増えていき、その信者がせっせと貢いでくれるわけですから、教祖の暮らしはどんどん良くなります。

一理あるアニュトス

この構造というのは、アニュトスの主張する通り、右も左も分からない若者に良からぬことを吹き込んで堕落させて、生徒を養分とする事で、自分が肥え太っている状況と同じと言えます。
つまり、他人に、何の役にも立たない事であったり、生徒にとっては害悪にしかならない事を教えたとしても、それなりに稼ぐこと自体は不可能な事ではないということです。

アニュトスも、ソフィストに対してはこの様な印象を抱いている為に、近寄ってはいけないとアドバイスしますし、彼らの事をアレテーの教師なんて思っていません。
また、アニュトスの考えは特殊なものではなく、ギリシャ市民の一定割合の人は同じ様な考え方であったと思われます。

対話篇を書いているプラトンは、世間一般で広まっている考えを、誰かに代弁させるという方法をよく取ります。
今回は、アニュトスにその役目を負わせ、ソクラテスと対話させる事で、世間一般で噂されている事が本当かどうかを吟味しようとしているのでしょう。
この、ソフィストの、アンチ代表であるアニュトスとソクラテスの対話は、ここから本格化するのですが、その内容はまた、次回にしていこうと思います。