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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第133回【アルキビアデス】完璧超人アルキビアデス 後編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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夜半を見極められない人間

逆に、善悪を見極める目を持っていない人間は、悪い人を拒絶することが出来ません。 何故なら、何が良くて何が悪いのかがわからないからです。
日本にも、『朱に交われば赤くなる』なんてことわざがありますが、良くない価値観に頻繁に接していると、人はそれが普通のことだと思ってしまいます。
結果として、他者と比べた際に自身の価値観が劣化しているという状態になり、且つ、自身が劣化していることに自分自身で気が付かないため、いつの間にか自身も悪い人間になってしまったりします。

こうなってしまうと、良い人たちは相手にしてくれないですから、幸せとの距離は広がってしまいます。
つまり、最終目的地である『幸福』に辿り着くためには、何が『良いこと』なのかを知る必要があるわけです。
優れた政治家というのは、多くの人たちが『良い』と思えるような国家運営をしなければならないため、それを目指すのであれば、良さを理解していなければなりません。

では果たしてアルキビアデスに、その『良さ』はあるのか。また、『良さ』というものを理解しているのか。
それを解き明かしていくことで、人間の本質を探っていきます。

完璧超人アルキビアデス

何故、対話相手がアルキビアデスなのかというと、アルキビアデスは全てのものを持っていると思われるような人物だったからです。
具体的には、誰もが羨む美貌を持ち、金も潤沢に持っていました。 父方は母方ともに良い家柄で、当人たちもその生まれや能力を生かして幅広い人脈を持っている人物でした。
アルキビアデスはその両親から生まれているため、当然、生まれも良いということになります。

アルキビアデスの両親が築いた人脈は相当なもので、彼の後見人には、あのペリクレスがなっています。
ペリクレスというの人物はアテナイの全盛期に国の代表を努めていた政治家で、パルテノン神殿を立てたことでも有名です。
今の日本で言うのなら、総理大臣が後見人を務めているようなものなので、ステイタス的には相当なものだと考えることが出来ます。

それだけでなく、負けず嫌いで強欲な性格のアルキビアデスは、学問や音楽、レスリングなどの運動にも打ち込んでいた人物でもあります。
つまり、外見や親の家柄、人脈といった自分自身の努力ではどうにも出来ないもの、言い換えれば、努力しなくても手に入るようなものだけに頼っているわけではなく、多くのものを努力して勝ち取ってきた人物です。

生まれが良いのに努力する人物

この様にアルキビアデスのスペックを観ていくと、見た目が非常に良くて大金持ち。家柄も素晴らしく人脈も広く、頭も良くて音楽も嗜み、運動も行っているといった人物です。
一言で言えば完璧超人で、仮に彼が素晴らしく優れた人物でなければ、いったい誰が優れた人物なのかと思ってしまうようなスペックです。
これは今の価値観で見てそうなのではなく、当時の価値観で観てもアルキビアデスは優れた人物だったようで、アルキビアデスは多くの人から言い寄られてきた人物でもありました。

普通の人からすれば、アルキビアデスこそが優れている人で、この様な人物が登場した時点で、『人が優れていることについて』というテーマでは話すことなど無いと考えてしまうかもしれません。
しかし当然のことながら、この様な完璧超人を相手に対話をするということは、アルキビアデスが持っているものでは良さや人の優位性は測れないということになります。
では、何を持って人が優れているとするのか。それを考えていくのが、この『アルキビアデス』という対話編です。

アルキビアデスから距離を取るソクラテス

ということで遅くなりましたが、本題に入っていきしょう。 ソクラテスは、この完璧超人のアルキビアデスと古くから付き合いがありましたが、一定の距離を取り続けてきました。
この事は先程も話しましたが、前に取り扱った饗宴でも少し触れられています。
饗宴に登場するアルキビアデスの話によると、少年時代のアルキビアデスはソクラテスから知恵を授けてもらおうと、彼のベットに忍び込んで関係を持とうとします。

しかしソクラテスは、彼に手を出すことなく朝を迎えてしまいます。
生まれながらの美貌によって多くの人達からチヤホヤされていたアルキビアデスは、ソクラテスに袖にされたことを根に持ち、憎まれ口を叩いた様子が饗宴では描かれています。
では何故ソクラテスは、アルキビアデスと距離をとっていたのでしょうか。 彼のことを嫌っていたのでしょうか?

実はそんなことはなく、ソクラテスはアルキビアデスに興味をいだいていましたし、一定の距離感を保ちつつも普通に人付き合いは続けていました。
しかしそれでも距離を詰めなかった理由としては、ソクラテスにだけ聞こえる何かしらの声が、アルキビアデスと距離を詰めることを反対していたからです。

神の声

この『ソクラテスにだけ聞こえる声』というのは、前に取り扱ったソクラテスの弁明にも登場しました。

ソクラテス自身は、その声は自分が間違った道に進みそうになったときだけ語りかけてくれるので、神様からのメッセージかもしれないと解釈していましたが、これが本当に神様からの声なのか、それとも精神病が原因の幻聴なのかはわかりません。
とにかくソクラテスによると、重要な局面になると彼にだけ聞こえる声が、彼が間違った方向へと進んでいかないように方向を指し示してくれていた様で、彼はその声に耳を傾けて従っていたようです。
ソクラテスの弁明』では、自分が死刑になることが分かっている裁判に向かう際、その声が裁判に行くのを止めなかったため、死刑になって自分が死んでしまうことも悪い事ではないのだろうと言っていたりもします。

今まではアルキビアデスと距離を縮めようとすると、その声が反対してきたわけですが、ここに来て反対の声が聞こえなくなったようです。
その他の理由としては、アルキビアデスの野望を叶えようとするのであれば、ソクラテスの助け、つまり対話による気付き必要だと思ったからのようです。
アルキビアデスは人気者で、彼の周りには沢山の人達がいて、様々なアドバイスをくれるけれども、そのアドバイスは全て意味がないことを証明できれば、アルキビアデスを正しい方向へと導ける。

また、彼の周りの意見が全て間違いであることが証明できれば、アルキビアデスの中でソクラテスの存在が大きくなると思い、声をかけたようです。

政治家になれる国

では、そのアルキビアデスの野望というのは何なのでしょうか。
先程も言いましたが、アルキビアデスは欲が深い人間、良い風に言い換えれば向上心の強い人間です。
手に入れられるものは何でも手に入れようとする彼は、その手段として政治家になることを目指します。そのために、別のポリス、つまり別の都市国家からアテナイの市民になるためにやってきました。

何故、野望を実現するための手段が政治家で、わざわざそのためにアテナイにやってきたのかというと、おそらく政治システムの問題でしょう。
当時のギリシャは、今のように1つの国家ではなくポリスという都市国家が集まった地域の名前で、それぞれのポリスごとに政治システムも統治の仕方も違いました。
例えば、スパルタ教育などで有名なスパルタというポリスでは、神の血を引くと言われている2人の王様と宗教家によって統治されていました。

全市民は生まれながらに軍人になることが決められていましたし、軍人になれないような体、つまり障害を持って生まれてきた場合は崖から捨てられてしまっていました。
この制度では、市民は生まれながらにして生き方を決められている様なものですし、指導者になろうと思ったところで夢を実現するのは厳しいでしょう。

民主国家アテナイ

その一方でアテナイ、今で言うところのアテナは、アルキビアデスの後見人になっているペリクレスが民主主義を導入していました。
政治家を始めとした国のシステムの運営に関する仕事は、市民を対象にしてクジ引きを行い、それに当選した人が仕事を引き受けて行っていました。
また、政治家よりも権力を持つ将軍職は、選挙によって選ばれていました。

つまり、政治に関する知識や実行力があることを市民に対して証明できれば、誰でも国の代表になれる可能性があったわけです。
その野望に突き進むアルキビアデスに対して、ソクラテスが質問を投げかけていくことで対話篇が進んでいくわけですが、その内容については次回以降に話していきます。

参考文献