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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第140回【アルキビアデス】無知を自覚する目的 前編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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第1部のまとめ


今回も、対話篇のアルキビアデスについて話していきます。今回からは、第二部について話していきます。
第一部について簡単に振り返ると、ここでは政治家という職業に必要な知識や能力について語られています。

この対話編は、政治家に成りたいというアルキビアデスという青年に対して、ソクラテスが何を根拠に政治家になろうとするのかと尋ねるところから議論が始まります。
アルキビアデスは漠然と、自分には政治家になれる能力があり、それは他を圧倒している。そのため、自分が政治家に成り天下を取るべきだと考えていました。
しかしソクラテスに、優秀な政治家になるための根拠となる知識は何かと訪ねられ、答えに詰まってしまいます。

その後の議論で、政治家になるために必要な知識は『善悪を見極める知識』だということが判明し、次はこの知識をアルキビアデスが持っているのかという話になりますが、議論の結果アルキビアデスは善悪を見極める知識を持っていないことが分かりました。
これにより、アルキビアデスは政治家には向いていないという事になってしまったのですが、アルキビアデスはそれに納得ができません。
彼は、『政治家に必要なのは善悪を見極める能力ではなく、損得勘定ができるかどうかだ』と反論し、それぐらいは自分にも出来ると主張します。

しかし、その後の議論の結果、得をするとは良い行いをするということで、損とは悪い行いをするという事だという事が分かり、損得勘定と善悪を見極める能力は同じだという事になってしまいました。
アルキビアデスは、善悪を見極める知識を持っていないと指摘された時に『政治に必要なのは損得勘定だ』として言い逃れをし、だから損得勘定が出来る自分には政治の能力があると主張していたわけですが…
議論の結果、両者に違いはないという結論になってしまい、アルキビアデスは自身に政治家としての能力があると思いこんでいるだけの人間だったということが判明してしまいました。

無知を自覚する目的


現代のネットの言い合いなどでは、ここで『はい論破』と言って終わるわけですが、ソクラテスの目的は相手を論破することではありません。
ソクラテスの本来の目的は、相手に自身が無知である状態であると知らせることで、真実を探求する心を持ってもらうことです。
何故、無知を自覚すると探究心が呼び起こされるのかというと、知識を手に入れる前提として、その段階が必要だからです。

人の学習プロセスというのは、まず、自分が知りたいと思う知識や法則がこの世界には存在するということを知り、その状態で自分自身にはその知識がないことを自覚する必要があります。
何故なら、学習しようとする目的となる知識の存在を知らない場合、知らないものを手に入れようと頑張ることはできませんから、人は行動を起こしません。
知識が存在していることを知っていても、その知識を既に自分が身に着けていると思いこんでいれば、その知識を更に身につけようとはしません。

人が知識を追い求めて探求するときというのは、知識の存在を知っている事と、それを自分自身はまだ身につけていないという2つの事を理解している状態の時だけです。
その状態になって初めて、人は知識を手に入れるための探求の旅に出ることができます。 つまり、スタート地点に立つことが出来るわけです。
第一部はアルキビアデスが、このスタートラインに立つまでの話となります。

勉強する必要性


続いて第二部の話に入っていきます。アルキビアデスは第1部で自身の無知を思い知ったのですが、では彼は素直に自分の無知を認めて、政治家に必要であるとされる善悪を見極めるを探求していくのかといえば、そうは考えていません。
アルキビアデスはソクラテスに『これからどの様な行動を取るのか』と聞かれた際に、努力する必要があるようには思えないといった感じで答えます。

アルキビアデスの言い分としては、確かにソクラテスが指摘するように自分は善悪を見極める知識を持っていないけれども、では、他の政治家がその能力を持っているのかといえば、他の政治家も持っていません。
前回は言っていませんでしたが、ソクラテスは第一部の最後で、アテナイで善悪を見極める知識を持っていそうな人間はペリクレスぐらいだと漏らしているのですが…
これは逆に言えば、賢者と呼べる人間は国に1人いるかどうかというレベルで、極端な物言いをすれば、その他の有象無象は全て無知な者と言っているのと変わりありません。

もし仮に、ペリクレス以外の他の政治家も賢者であるとするのなら、アルキビアデスはその賢者に勝つために一生懸命努力する必要があります。
政治家に必要な能力として善悪を見極める知識が必要であるのなら、誰かに弟子入するなり自分自身で探求するなりして、その知識を身に着けてライバルたちよりも賢い人間にならなければ、彼の夢は叶わないでしょう。
しかし、ペリクレス以外の全てものもが愚者であるのなら、愚者に勝つために努力する必要はありません。

仮にその愚者たちが、自分たちの無知を認めたうえで賢者になるための努力をしようとするのなら、これまた話は変わってくるでしょう、しかしアルキビアデスの見た感じではそうでもないようです。
アルキビアデスはソクラテスとの対話によって自らの無知を知ることができましたが、他の政治家たちは自分に知識がないことすら知らない状態で知識を持っている気になっているだけのように見えるので、そんな人間と争うのに努力はいらないという訳です
皆が等しく
無知であるのなら、人の有能さを決めるのは生まれ持ったスペックであり、自分には恵まれたスペックがあるのだから、それだけで勝負に勝つことが出来るというわけです。

アルキビアデスの最終目標


しかし、これを聞いたソクラテスはアルキビアデスに対し、そもそも比べる相手が違うだろと言い始めます。
というのも、もしアルキビアデスの目指す最終目標がアテナイの政治家に成るだけであるのなら、彼の主張はある程度は正しいのかもしれません。
国の代表は目指さずイチ政治家として留まり、権力者に対して批判や揚げ足取りだけをして存在感をアピールし続けるというのが彼の夢であるのなら、持って生まれた能力や親の太い人脈を使って政治家になれば良いでしょう。

ですが、最初の方にも言いましたが、彼の夢は国の代表になることです。アテナイの代表になれば他のポリスに攻め込んで自分たちの傘下に入れることができますし、そうして領土を拡大していっていずれは大王になりたいという野望を持っています。
しかし、そうなってくると話は変わってきます。 彼が相手にしなければならないのは国内の政治家ではありません。 自分の国の外側にいる国々の代表たちとなります。
国内の政治家達の中でトップになるなんてことは、目指すべきところではなく前提、つまりスタートラインでしかなく、国内のライバルをぶっちぎりで圧倒し、彼らを手下にして思い通りに動かせて初めて、他のポリスや大国と渡り合う為のスタートに立てます

分かりやすいように現在の政治で例えるのなら、『日本の代表になって、この国の影響力を増したい!』という目標を持っている人にとって、選挙に当選するだとか与党の政治家になるだとか政党の代表になるというのは、通過点でしか無いということです。
ライバルの政治家やその候補者と争って勝つなんてのは当然のことであるので、彼らに勝てるから努力しなくても良いなんてことにはならないわけです。
日本の代表になれば、他の国の代表である他国の首相や大統領。王族たちと外交を通して接し、自国の利益になるようなことを引き出していかなければならないわけで、国内の政治家相手に手間取っている場合ではありません。

アルキビアデスの立場で言うのであれば、彼のライバルはアテナイの政治家ではなく、他のポリスの代表者やペルシャの大王ということになります。
何故なら、アルキビアデスの最終目標は彼らの国を制圧して自分自身が大王になることだからです。

参考文献