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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第109回【ソクラテスの弁明】不正のない裁判 前編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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今回も前回と同じ様に、プラトンが書いた『ソクラテスの弁明』の読み解きを行っていきます。
著作権の関係から、本を朗読するわけではなく、私が読んで重要だと思った部分を取り上げて考察する形式になっていますので、興味のある方は、ご自身で本を読まれることをお勧めします。

ソクラテスの使命

前回の話を簡単に振り返ると、ソクラテスは、自分が積極的に賢者を訪ね歩いては真理について尋ね歩いているのは、神によって与えられた試練だからだという主張を行ないました。
神が巫女を通して伝えた『この国で一番賢いのはソクラテスだ』という神託について考えた結果、彼は、自分だけが『自分は知らないものに対して知ったかぶりをせず、知らないものとして向き合っている。』と解釈しました。
そして彼は、それをわざわざ自分に伝えたという事は、神はソクラテスに対して何らかの使命を与えたのではないかと思うようになりました。

その使命とは何かというと、知った気になっている人達を正気に戻す事です。
ソクラテスが今まで行ってきた活動によって分かったことは、賢者と呼ばれて皆から持て囃されている人物であったとしても、最も根本的なことすら分かっていないという事です。
正義や美しさについても知らないし、欲望は放置すべきなのか抑えるべきなのかも分からない。

その様な根本的な事も理解せずに、優秀で卓越した立派な人になる方法は分かりませんし、幸福にたどり着ける方法も分かりません。
ですが、賢者と呼ばれている本人は、根本的なことも含めた全ての事を分かった気でいます。
この状態を例えるのであれば、無知で無力な人間が、自分がスーパーマンになった夢を見ている状態と同じです。

夢の中ではスーパーマン

彼等は、夢の中では、何でも出来るし何でも知ている『アテレーを宿した人間』だけれども、現実世界の彼等は、何も知らないし何も出来ない無知で無力な存在です。
この様な人達は、目が覚めて自分の本当の状態を確認するのが怖い為、夢の世界から出ようとせず、ずっと眠り続けている状態こそが気持ちが良くて幸せな状態だと信じ込んでいます。
しかしソクラテスは、その状態に意味がない無いことを知っているので、懸命に、その者を目覚めさせて、夢の世界から出そうとします。

この行為は、神からのメッセージを受けたというのもありますが、彼なりの親切心もあったのでしょう。
自分が無知である事さえ認めてしまえば、この世の中は分からないもので溢れている事を認識できるようになるわけですから、よく分からない世界を解明していくことで、知的好奇心を満たすことが出来るようになります。
わからない物を解明しようとした結果、善悪の見分け方が解明されて、真の幸福へと続く道を発見できる可能性もあります。

しかし、無理やり起こされた側は面白くありません。 さっきまで観ていた夢の世界であれば、皆がちやほやしてくれるし、自分が知っていることを授業で教えれば、皆がお金を払って聞きに来てくれる。
金銭欲も自己承認欲求も満たされて、幸福を味わっていたと思っていたのに、ソクラテスによってその夢は打ち砕かれて、『自分は何も知らない無知な者』という厳しい現実の世界に連れ戻されてしまう。
夢の中で賢者と呼ばれていた人達は、現実世界では無知な者だし、特別な力も持たない『ごく普通の人間』なので、誰かから尊敬されるわけでもなく、何も満たされない世界です。

公人になってはいけない

その為、彼等は、無知な自分を守る為に、ソクラテスを攻撃します。 しかしソクラテスは、眠り続けている人生には意味はないと思っているので、善意から行った事でしかありません。
では、もっと他に、人から恨まれること無く、人を良い方向へと導く道はなかったのでしょうか。 
例えば、政治の世界に飛び込んで、法改正を行ったり、絶対的な権力をこうしする事で皆を屈服させて、思い通りの行動をとらせて、人々を良い方向へと導いて、理想的な社会を実現させる事も可能でしょう。

しかしソクラテスは、政治への参加はしないと断言します。
何故かというと、政治家という公の立場は、自分の信念を貫くことで、自分自身を死に追いやってしまう可能性があるからです。
彼は、自分の死そのものを怖がったりはしないと主張しますが、神から与えられた試練を途中で投げ出して、『冥府』つまりあの世に旅立ってしまう事は避けたいようです。

では何故、政治家が自分が理想とする信念を貫き通すと死んでしまうのかというと、政治には忖度が求められるからです。
国の政策を変えたり法律を変えるという事は、国に大きな変化をもたらすだけでなく、政治家という自身の立場そのものの利益にも直接つながっています。
古代では、権力闘争が発展した結果、相手の派閥の人間を殺すという事も珍しいことではなかった為、政治の世界で生き残る為には、誰に付き従うのかといった嗅覚や忖度が必要になります。

ソクラテスのように、人の気持ちを考えずに正論を堂々と掲げる人間は、嫌われやすい為、直ぐにでも命を奪われる可能性があります。
国民を導くという点においては、指導者という立場は便利なものかもしれませんが、そこに到達する為に、そしてその地位を維持する為には信念を曲げなければならない為、公人では自分の成し遂げたいことが達成できないと主張します。
つまり、自分の信念を貫く為には、公人ではなく私人でなければならないという事です。

ソクラテスの弟子たち

この様な感じでソクラテスは、自分は正しいことをしているという信念に従って行動してきたと主張します。
彼の使命は、『人間とは無知な存在である』という事を皆に気づかせることなので、当然のことながら、弟子などはとっていません。
何故なら、無知な自分には、弟子に教えることなど一つもないからです。

しかし、賢者を言い負かすソクラテスを前にして、『それでも、行動を共にしたい!』と言いよる者も多かった為、その行動を止める事はせずに、共に真理を追求し、善い道を追い求める仲間として行動を共にしていました。
仮に、メレトスの主張する通り、ソクラテスが仲間を悪の道に引きずり込んでいたとすれば、彼は仲間から大いに恨まれたでしょうし、悪に染まった仲間は、ソクラテスに対して悪事を働く為、彼は酷い人生を歩むことになっているはずです。
しかし実際には、ソクラテスは彼等から、何の被害も受けてはいません。 ソクラテスの方が、仲間に一方的に害悪を与えているとすれば、彼が被害者にならない説明にはなりますが、仲間の方からの被害の訴えもありません。

洗脳

被害の訴えがないのは、ソクラテスの巧妙な手口によって、仲間たちが洗脳されている可能性もあります。
例えば、新興宗教や結婚詐欺などは、はまり込んでいる間は、被害者は自分の事を被害者などとは思っていません。
自分が信仰する者や好意を寄せている対象を信じ込んでしまっている為に、相手が何を言おうとも疑うことをせずに、無茶な要求であったとしても、喜んで聞き入れます。

仮に、被害者がその様な状態に陥っているのであれば、彼等には正常な判断が出来ない為、被害の訴えがないのも納得がいきます。
しかし、その場合は、その被害者の親友や親族から、不満の声が上がるはずです。
彼等の親友や親は、ソクラテスとの関係を当人よりも一歩離れた位置で冷静に観察できる為、ソクラテスを信じ切ってしまうということはありません。

もし、自分の大切な人が騙されていると分かれば、彼等が当人に成り代わって被害を訴えるはずです。
日本ではその昔、オウム真理教事件がありましたが、自分の子供が、その組織に入信して信者になってしまった場合は、親が周りの人たちを巻き込む形で、我が子を洗脳から解こうと必死になって行動していました。
仮にソクラテスが、自分に近寄ってくる者を悪い道に導いたり、財産を搾取しようとしていたら、その周りにいる人達から文句が出るはずです。


参考文献