【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第93回【メノン】想起説の証明 前編
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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com
目次
今回も前回と同じ様に、プラトンが書いたメノンの読み解きを行っていきます。
著作権の関係から、本を朗読するわけではなく、私が読んで重要だと思った部分を取り上げて考察する形式になっていますので、興味のある方は、ご自身で本を読まれることをお勧めします。
探求のパラドクスと想起説
前回は、ソクラテスによって再び打ちのめされたメノンが、アレテーの正体を完全に見失ってしまった状態で、それでも『一緒に対話を重ねる事でアレテーの正体を見つけ出そう』と言われるのですが…その誘いに対して『探求のパラドクス』を突きつけて、対話をしても意味がないことを暗に示します。
『探求のパラドクス』を簡単に説明すると、人は知らないものを自分の力だけでは解明出来ない一方で、知っている事柄に関しては探求する意味が無いので、探求そのものに意味がないというパラドクスです。
自分が全く知らないものは、例え研究したとしても、その結果が正しいかどうかも判断できないし、他人から答えを教えてもらうにしても、その答えが正しいかどうかも判断できません。
先程も言いましたが、既に知っている事柄に関しては探求する必要がないため、探求という行為そのものが行われることはありません。
これに対抗する形でソクラテスが打ち出したのが『想起説』です。
想起説は、人間はすべての知識や宇宙の法則などを知っている状態で生まれてくるけれども、生まれたショックで記憶を失ってしまうという説です。
全ての記憶は忘れているだけなので、何らかのキッカケさえあれば思い出すことが可能だという反論です。
この想起説に基づいて考えれば、人間は生まれながらに既に知識を持っているため、全くの無知の状態から探求するわけではなくなります。
知識を学んだり探求することがキッカケとなって、昔に忘れた知識を呼び覚まされて、それが閃きとなって知識として確信を得られる。
この閃きを得るために、人間は知識を学んだり、物事を知る必要があるという推測です。
ただ、この推測自体はかなり常識離れした話なので、にわかには信じることは出来ませんし、そもそも、人間が生まれる前に全ての知識を身につけていると言われても、証明することが出来ません。
そこでソクラテスは、理屈がわからなくとも信じられるように、メノンの目の前で実験を行うことにします。
想起説の証明
ソクラテスの元を訪れたメノンは、裕福な家に生まれた少年なので、一人で遠路はるばるやって来たわけではなく、従者を引き連れてやって来ました。ソクラテスは、その中の1人の、メノンと同じぐらいの歳の少年の従者を指名して、自分の前に連れてきて欲しいと要望します。
メノンはそれを聞き入れて、ソクラテスの行う実験に付き合うことにします。
まずソクラテスは、その従者について、いくつかの質問を投げかけ、その結果として、その従者はしっかりとした教育は受けたことがない事が分かりました。
この事は、メノン自身が証明します。 というのも、メノンはこの少年の従者と共に育ってきたので、彼が教育を受けていない事は、メノン自身がよく知っているからです。
この時代はパピルスなども高価ですし、従者が自分の勉強の為に教科書を買うといった事も出来なかったでしょうから、教育を受けていない時点で、勉強する術はありません。
この従者は、言ってみれば学問的には無知な状態であるわけですけれども、この無知な少年を使って、『全ての人間は予め知恵を持っている』ということを、ソクラテスは証明しようとします。
人は知らない知識を思い出せるか
ソクラテスは、まず、正方形を書いてみせます。 そして、それぞれの辺の真ん中にある中点を結び、正方形が4つ組み合わさった図形を書きます。漢字でいうなら、田んぼの田の様な字を思い浮かべてもらえれば大丈夫です。 小さい正方形が4つ組み合わさることで大きな正方形が組み上がっている状態です。
最初に書いた大きい正方形の大きさは、分かりやすく、1辺が2センチで4平方センチメートルの大きさとしましょうか。
それを田んぼの田の字の様に4分割しているので、1辺が1センチの1平方センチメートルの正方形が4つ組み合わさることで、4平方センチメートルとなっています。
この大きな正方形の上半分を消して、平べったい長方形を作ります。 図でいうなら、1平方センチメートルの小さい正方形が横に2つ並んでいる状態を思い浮かべてください。
数値でいうなら、横2センチで高さが1センチの長方形を作ります。 そしてその後、従者の少年に対して、『この長方形を2倍の面積の正方形にするには、どのようにすればよいだろうか?』と尋ねます。
少年は、一度、正方形を書き、その正方形を半分にしている光景を見ているため、高さを2倍にすれば面積が2倍になると答えます。
正方形の大きさを2倍にするには?
従者の少年は教育を受けてはいませんが、1平方センチメートルの四角形がいくつ有るのかを数えれば、面積がどう移り変わっていくのかが分かります。実際に、従者のいうとおりに縦の長さを2倍にすると、1平方センチメートルの小さな四角形が2つから4つになる為、面積が2倍になったので、この従者の意見があっていることが分かります。
次にソクラテスは、従者に対して『では、先程の長方形を2倍にして出来上がった4平方センチメートルの正方形の面積を、正方形という形を保ったまま、面積だけ2倍にするのはどうすれば良いのだろうか。』と尋ねます。
少年は、先程、長方形を2倍にして正方形を作ったという経験があるので、同じ様に、1辺の長さを2倍にすれば良いと答えます。
これに対してソクラテスは、『この正方形という形は、先程の長方形という形とは違うけれども、それでも、同じ方法で面積を2倍にすることが出来るのか?』と尋ねますが、従者は大丈夫といって答えを変えません。
しかし、実際に、1辺2cmのものを倍の4cmにして計算してみると、面積は4倍の16平方センチメートルになってしまいます。
この事実を従者に突きつけると、従者は、答えを完全に見失ってしまいます。
答えを知っているという幻想
しかし従者は、答えを完全に見失った無知の状態から、推測することで、答えに辿り着こうとします。元々2センチの長さを倍の4cmにすると、面積は4倍になってしまったが、実際に求めたい辺の長さは面積を2倍にする長さなので、倍の4cmでは長すぎます。
ということは、元の2cmより長く、4cmよりは短いということが推測されるので、従者は間を取って3cmでは無いのかと予測を立てます。
実際に計算してみると分かりますが、1辺が3cmの正方形の面積は9平方センチメートルになってしまいます。
目標となる面積は8平方センチメートルなので、まだ少し大きいという事になります。
従者である少年は、しっかりとした教育を受けているわけではないので、小数点の計算などは分かりませんので、ここで完全にお手上げとなります。
ですがここで、ソクラテスが助け舟を出します。 助け舟とはいっても、従者に新たに教育を施すわけではありません。
ソクラテスは、この実験によって想起説を証明しようとしているわけですから、答えを教えてしまっては意味がありません。 あくまでも、従者が自ら答えに到達しなければなりません。
その為、ソクラテスは少年に対して質問しか行いません。 その質問が呼び水となって、従者の中に眠る記憶が呼び起こされるのを期待します。