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【Podcast原稿】第90回【メノン】『形』と『色』という概念とは 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次

今回も前回と同じ様に、プラトンが書いたメノンの読み解きを行っていきます。
著作権の関係から、本を朗読するわけではなく、私が読んで重要だと思った部分を取り上げて考察する形式になっていますので、興味のある方は、ご自身で本を読まれることをお勧めします。

概念の説明

前回は、アレテーとはどういうものかを知っていると思い込んでいたメノンに対し、ソクラテスが厳しい追求をした所、とうとうメノンが折れて、『私はアレテーと言うものを理解していないかもしれない』と認めさせることに成功し…
その後、ソクラテスが自分の無知を受け入れたメノンに手を差し伸べて、共に考えていくという所まで話しました。
今回は、その続きとなっています。

2人は共にアレテーについて解明しようとするのですが、何のヒントもない為に、どの様に解明していけばよいのかがわかりません。
ということで、先ず、話の取っ掛かりを見つけるために、アレテーと同じ様な根本的な概念で、皆が分かっていると思いこんでいるけれども、実際にはその概念について考えたことが無いようなものについて、説明をしてみようということになります。
何故、このような事が必要なのかというと、現状では、アレテーという概念の説明の仕方が分からないからです。

メノンは、ソクラテスのアレテーとはどの様なものかという質問に、答え続けているわけですが、ソクラテスは自分の思っている答えではないとして受け入れません。
回答する側にしてみれば、どの様に答えれば良いのかという答え方の具体例がなければ、相手が求める形式での答えを提供することは出来ません。
また、その回答を自分が持っておらず、これから考える場合においても、答えの方向性が分からなければ考えようもありません。

そこで、正しい答え方の例を示すために、身近にある別の概念を使って、その答えを導き出す事で、アレテーについて考えやすくしようというわけです。
身近にある概念の説明といっても、固有名詞であったり、イメージが固定化されているようなものは説明しても意味がないので…
ここで取り扱う概念は、幅広く様々なものに宿っていて、一つの概念となって皆が知っていると思いこんでいるけれども、いざ説明しようとすると答えに困ってしまう、『色』と『形』の概念です。

『色』の説明

この世に存在する多くのものは、形や色を伴ってこの世に存在しているわけですが、では、形や色は一言で説明できるのでしょうか。
『形』には、様々な形が存在します。 円形であったり三角形であったり四角形であったり正方形であったり。
この様にしっかりと定義できるものばかりではなく、フリーハンドで適当に書いた、言葉では説明ができないような物も、形には違いがありあせん。

色も同じで、色には無数の色があります 原色と呼べれているような基本的な色から、それらを混ぜ合わせた、名前もついていないような色まで。
色というのは配合が可能なので、沢山の絵の具を買ってきて自由に配合すれば、それこそ無限の色が生まれてしまいます。
『形』や『色』は、それぞれの概念の中に無数のものが含まれますが、では、『色』や『形』はどの様に説明すべきなのでしょうか。

例えば色の説明の場合、自分の目の前に黒いスピーカーが有ったとして、それを指さして、『これは、色の中でも黒い色です。』といって説明する行為は、説明になってるのでしょうか。
その方法で説明した場合、説明を受けた側が少し離れた位置にある赤いポストを指さして『ではあれは、色では無いんですね?』と質問してくるかもしれません。
それに対して『あれは、赤色という別の名前の色で、色に含まれる。』と答えても、その次の瞬間には、指を空に向けて『じゃぁ、あれは色じゃないんですか?』と聞いてくるでしょう。

質問者は、いろんなものを指さして『あれは色じゃないんですか?』と質問を繰り返し、アナタは、その度に『あれも色です。』と、対象となっているものが何色かを説明することになります。
この様な答え方というのは、色の説明をする際に『【色】とは、赤色や青色や黄色や白色や、それらを混ぜ合わせた色全般のことである。』といっているのに等しいわけですが…
その説明を聞いた質問者は、『私は、色というただ一つの概念の説明が聞きたいだけなのに、何故、質問する度に色が増えていくのですか?』と、不満を漏らしてくるでしょう。

色の説明で色を用いてはいけない

そもそも、『色』という概念の説明をする際に、赤色や青色といった『色』を含む概念を例に出して説明するには、無理があると思われます。
何故なら、質問者は『色』という概念が分からないから質問しているのに、返ってきた答えが『あのポストは赤色です。』という答えだった場合、『だから、その赤い『色』って何?』となってしまいます。
色を説明する場合は、『色』を使わない方法で説明する必要があります。

また、この流れは、ソクラテスがアレテーというただ一つのことを質問したのにも関わらず、その答えとして『知識』や『節制』『美しさ』『勇気』などを含むものという返答が帰ってきているのと同じ状況です。
アレテーという概念そのものがわからない人間が、アレテーの構成要素を答えられても、大本の概念は理解できません。
色の説明に赤色という例を使っては駄目なのと同じ様に、アレテーという概念の質問に対しては、アレテーを構成している要素で答えてはいけないということです。

同質の概念を含まない説明

概念や単語を説明しているものとして、辞書がありますが、その辞書を制作する過程を物語にした、『舟を編む』という作品があります。
漫画原作で映画化もされている作品ですが、その作品の中で『右』という概念をどの様に説明するのかというシーンがあります
『右』というのは、『左』という概念の逆のものですが、『右』が分からない人間は当然のように『左』もわからないと思われるので、説明として『右とは左の逆方向』というのは不適切となります。

では、どの様に説明すべきなのかというと、左右という概念を使わずに説明する必要があります。
この作品の中では、『右』という概念の説明を、『自分が北側を向いた際に東に当たる方向が右』という風に表現していますが、この説明の場合では、左右という概念がわからない人間でも、東西南北の概念が理解できていれば、左右を理解することが出来ます。
『色』という概念の説明も同じで、『色』の概念がわからない人に説明をする際には、その説明の中で『色』という概念を使ってはいけません。

これは、『形』という概念を説明する場合でも同じです。
三角形や四角形は、三角という形であったり四角という形なわけですが、これらを『形』を表現する際の説明として使ってしまうと、説明としては成り立ちません。
三角形や四角形や円形といった、形という概念を含んでいるものを利用ししないで説明する必要があります。

ソクラテスによる形の説明

では、形や色を、どの様に説明をするのか。 今まで散々、メノンに対して厳しい追求を行っていたソクラテスが、手本を見せる形で解説を披露します。

ソクラテスによると、『形とは、常に色を伴って存在するモノのこと』と言います。
例えば、空気は私達の身の回りに存在していますが、空気そのものを観ることは出来ない為、空気の形は認識することが出来ません。
私達が形を認識する際には、その形は何らかの色を伴っているからこそ、その形を認識できるわけです。

『水は透明じゃないか』というツッコミが入るかもしれませんが、私達が、雨粒やコップに入った水を認識することが出来るのは、その透明のはずの水と空気とを明確に分ける色の差が有るからです。
光の屈折であったり反射であったり、とにかく、周りと違う色を放っているから、水を認識することが出来るんです。
3次元のものであっても2次元のものであっても、形というのは色を伴っているからこそ、認識できるというわけです。

この説明は、先程、言ったように説明文の中で『形』という言葉を使っていません。 その為、説明文の中に出て来る色を認識できる人であれば、この説明で形というものがどういうものかを想像することが出来ます。
しかしメノンは納得せず、この回答に難癖をつけます。 言い分としては『その説明では色という概念を知らない人には、形という概念が理解できない。』というものです。
つまりメノンは、今の議論の前提としては、色と形が分からないという状態なんだから、形の説明文の中で形を使わないことはもちろん、色も使うなと言ってるわけです。