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プラトン著【ソクラテスの弁明】私的解釈 その2 『嘘つきなメレトス』

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このエントリーは、私自身がPodcast配信のために哲学を勉強する過程で読んだ本を、現代風に分かりやすく要約し、私自身の解釈を加えたものです。
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kimniy8.hatenablog.com

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目次

二分するソクラテスの評価

だが、私は何か教える事が出来るような知識を持っているわけではないので、賢者を訪ねては対話を行うという活動を続けていた。
賢者と私の対話を観続けた弟子の青年たちは、何度も観続けているうちに、『自分も賢者と対話できるのではないか。』と思うようになり、実行に移し始めた。
結果として多くの賢者が、私のそばにいた青年たちに討論で負けることになり、その自称『賢者』たちは、青年達の師匠である私に憎しみを抱くようになった。

こうして私は、賢者だと持て囃される一方で、多くの賢者と呼ばれてきた人達から憎まれることになってしまった。
私を憎むものは、私を悪者のように扱うが、では、彼らに『ソクラテスの、どの部分が悪いのか?』と聞いても、『不正を犯した』といった抽象的なことしか言わず、具体的な理由は何一つ出てこない。
何故なら、彼らはプライドを傷つけられて怒っているだけだから。

しかし彼らは自分たちを正当化して、私を悪者にしたい一心で、学者に対してよく用いられる言いがかりを主張する。
それが『自然や物理について論理的に考えて研究し、神々を信仰しようとしない。 また、よく分からない理屈を使って間違ったことを正当化しようとする。』といった批判である。
論破されて無知だと明らかにされた者達によって、同じ様な批判が彼方此方で主張され、その勢いに乗る形で、詩人の代表としてメレトスが、政治家と職人の代表としてアニュトスが、弁論家の代表としてリュコンが今回の訴えを起こした。

これで、何故、私が多くのものから賢者と呼ばれる一方で非難されてきたのかが分かると思う。
次は、実際に私を訴えた者たちがかけた容疑に対する弁明を行っていく。

善導者

詩人の代表として私を訴えたメレトスは、『ソクラテスは、青年に良からぬことを吹き込んで堕落させ、国家で定めた神々を信仰せずに、独自のダイモニア(半神)を信仰している。』と主張するが…
では、この罪状の一つ一つについて反論していくことにする。
先ず、『青年に良からぬことを吹き込んで堕落させた罪がある』といった部分だが、私に言わせれば、メレトスこそが罪人と言われるべき存在だと主張する。
何故なら彼は、普段はこのようなことを考えたこともないのに、私を陥れたいが為だけに、ありもしない罪で人を訴える様な人物だからだ。

人を裁判にかけるというのは深刻なことだが、そんな事を冗談のように行ってしまう彼は、罪深いと言える。

では、それを証明するために、メレトスに対して質問を行う。
君は、私が青少年を悪い道へと導いているといって非難するが、では逆に、どの様な人物が青少年を良い方向へと導くのか、それを教えて欲しい。

この質問に対してメレトスは『国の法律』だと答える。 しかし、誰かと聞いているのに法律と答えるのでは、答えになっていない。
ソクラテスはもう一度、どんな『人物』なのかと聞き、メレトスは『ここにいる裁判官全員だ。』と答える。(裁判官は法の番人)

ソクラテスは続いて、『では、裁判官以外の傍聴人は? 国の仕事をしている役人は? 政治家たちは? 彼らには、青年を良い道へと導く力はないのか?』と聞くと、メレトスは『それら全員に、青年を良い方向へと導く力がある。』と答える。
つまり、ソクラテス以外の全員が、青年を良い方向へと導く力がある一方で、ソクラテスだけがその力がなく、悪い道へと導くと主張する。
これを聴いたソクラテスは、『それは、普通に考えておかしくないか? 例えば、家畜を調教する調教師というのがいるが、優れた調教師というのは、沢山いるのだろうか? それとも、少数しかいないのだろうか?』と聞き返す。

家畜の調教は、優れた調教師1人に任せるほうが良いのか、それとも、全ての国民が『ああでもないこうでもない』と色んな意見を言いながら育てる方が良いのか、どちらだろうか。
考えるまでもなく、優れた調教師に任せる方が結果は良くなる。 馬や牛に限らず、人間以外のすべての動物は、その動物の特性をよく知る少数の優れた調教師に任せるほうが上手くいくが、人間だけは違っていて、大勢で『ああでもないこうでもない』と育てるほうが良いのだろうか?
メレトス、君は、私を訴えたい一心で罪状を考えたにすぎず、青年を良い方向へと導くにはどうすれば良いかなんて事は、考えたこともないだろう?

このやり取りによって、君が青少年の教育について如何に何も考えていないかという事が、明らかになってしまった。

悪人と生活したい人間はいるか

次に、もう一つ質問をさせてもらおう。
善人というのは、接する人に良いことをして幸福にする存在だと思うし、逆に悪人というのは、接する人に害悪を撒き散らして、不幸にするものだと思う。
もし、善人と悪人のどちらかと人間関係を続けなければならない状態になった場合、悪人と仲良くなりたいという人がいるだろうか? 大抵の人は、善人と親しくなりたいと思うのではないだろうか?どちらだろう。

これに対してメレトスは、『善人と親しくなりたいに決まっている』と即答する。
次にソクラテスは、『君は、私が接する人を悪人にしているというが、それは、私が知らず知らずのうちに、相手を悪の道に引きずり込んでしまっているのか、それとも、悪意を持って意図的に行っているのか、どちらだと思うのか?』と質問をし、『わざとに決まっている!』という返答を得る。

この返答を聴いたソクラテスは、君は、私が関わり合いになる青年たちに良からぬことを吹き込んで、ワザと悪の道に引きずり込んでいるというが…
そんな事をしてしまえば、私の周りは悪人で固められてしまって、一番損をするのは悪人に囲まれている私という事になるのではないだろうか?
何故私が、自分の周りを悪人で固めて、自分から不幸になろうと努力しなければならないのだろうか? そんな事をして、私に何の得があるというのだろうか。

私が私自身のことを考えて行動するのであれば、青年を悪い方向ではなく、良い方向へと導こうと頑張るのではないだろうか。 そうすれば、私は善人に囲まれて幸福になれる為、努力しがいもあるというもの。
仮に君の主張する通り、私が青年たちを悪い道へと誘導しているのだとすれば、それは知らず知らずのうちにやっているという事にはならないだろうか?
つまり、君が主張する『ソクラテスは意図的に青年を悪い方向へと導いている』というのは、明らかな嘘ということになる。

信仰心

次に、君は私に『国家で定めた神々を信仰せずに、独自のダイモニア(半神)を信仰している。』と難癖をつけるが…
君は、私が無神論者と言いたいのだろうか。それとも、神は信仰しているけれども、その神は国が指定した神ではないから違法と言いたいのだろうか?
空に浮かぶ太陽や月は神々ではなく、別の何かだと主張しているとでもいうのだろうか?

この質問に対してメレトスは、『ソクラテスは神々を信じてはいない。 太陽はアポロンではなく、灼熱する岩だというし、月はアルテミスではなく、ただの土だと主張している!』と返答する。

これを聴いたソクラテスは、『君は、ここにいるアテナイ人たちを馬鹿にしているのか? 太陽が灼熱する岩だと答えたのは私ではなく、アナクサゴラスではないか。
アナクサゴラスが唱えた説は有名で、どこの本屋に行っても僅かな金で彼の書いた本が買える。 一般常識と言って良いレベルの有名な話だが、君はその説を、アナクサゴラスではなく私が考え出したと、本当に思っているのか?
そんな話をでっち上げてまで、君は私が神々を信じていないことにしたいのか?』と反論し、メレトスは『そうだ』と答える。

ソクラテスは『メレトス、君は、馬鹿げた冗談をいって、その冗談で私やアテナイ人諸君を騙せるか、それとも騙せないのかを試しているのではないか?
君の主張には明らかな矛盾があるが、その矛盾を言葉の演出で誤魔化せるかといった遊びでもやっているのか?』と言い、矛盾を追求する。
その矛盾する部分とは、ソクラテスは神の存在を信じておらず、一方で神霊の存在を信じているといっている点である。

家の存在を認めるのに大工の存在は認めない?

分かりやすく例え話をいうなら、人間の存在を信じないのに、人間の所業を信じるという輩はいるだろうか。
それは例えば、この世に人間なんていないと思っているのに、人間が住む村があると信じているような人間のことであり…
また、誰かが吹いた笛の音を確かに耳で聞き、その音を楽しみながら、『笛の音は存在するが、笛を吹く者は存在しない』という人間のことである。

同じことを神霊に当てはめるのであれば、神霊の働きを認めるのに神霊の存在を認めない人間がこのようにいるだろうか?
そんな者は一人も居ない。

では、神霊とは一体何なんだろうか? それは、神の子ではないのか。
(饗宴によれば神霊は、神と人間の間を取り持つメッセンジャー
メレトスの主張によれば、私は神霊を信じているそうだが、神霊は神々の子である。 神々の子の存在を信じて信仰する人間が、その親である神々の存在を認めないなんて事があるだろうか?

これにより、メレトスが主張する『ソクラテスは、青年に良からぬことを吹き込んで堕落させ、国家で定めた神々を信仰せずに、独自のダイモニア(半神)を信仰している。』という私にかけられた罪状は、全て嘘だという事が明らかになった。
つまりメレトスは、プライドを傷つけられた悔しい思いをしたから、罪をでっち上げて私を吊し上げて憂さ晴らしをしようとしているだけなのだ。
この様な状態で、なお、私が罪に問われて罰を課されるとするのなら、それは私が不正を犯したという理由ではなく、大衆達による恨みによってである。
参考書籍