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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第106回【ソクラテスの弁明】神と神霊 後編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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目次

神と神霊

例えば、人間という存在を全く信じていないのに、人間の所業を信じている人間は存在するのだろうか。
人間がこの世に存在しているなんて全く思っていないが、人間が作った街など文明の存在は信じて疑わないといったものは、いるのでしょうか。
その他の例でいうなら、どこかから笛の音が聞こえてきたとして、笛の音色という存在は信じて疑わないのに、その笛を吹く人間の存在を全く信じない者はいるでしょうか。

笛吹という存在を信じないのであれば、聞こえてきた音色は笛の音ではなく、風によって起こった別の音としなければ辻褄が合いません。
笛を吹いているものはいないと主張しながら、聞こえてきた音が『誰かが吹いた笛の音だ』と確信するのは、かなり矛盾した行為だといえます。

現代風の別の例えをするのであれば、ウーバーイーツという出前サービスがありますが、ウーバーイーツの存在を信じていて、サービスを頻繁に利用しているのに、飲食店の存在を否定している人がいたとすれば、その人の考えはおかしいと言えます。
ウーバーイーツの仕事は、飲食店と客の橋渡しなのに、ウーバーイーツという仕事だけ認めて、飲食店なんてサービスはこの世にないと主張する人がいたとすれば、その考えは否定されるでしょう。

これを、神々とダイモニアに当てはめて考えるのであれば、ダイモニアの働きとは、人と神々との橋渡しをすることなのに、神々は存在しないとすると、ダイモニアとは何なのかという話になってきます。
メレトスの主張によると、ソクラテスは、神々の存在は否定しているけれども、ダイモニアは信仰しているそうですが、この主張そのものが矛盾していて、到底受け入れることが出来ないものといえます。

これらのことを踏まえて考えると、メレトスが主張する『ソクラテスは、青年に良からぬことを吹き込んで堕落させ、国家で定めた神々を信仰せずに、独自のダイモニア(半神)を信仰している。』という罪状は、全て嘘だった事がわかります。
メレトスは、ソクラテスに刑罰を与えたい一心で罪を考え、でっち上げたけれども、普段から、青年を良い方向へと導く方法や神々について考えていなかった為に、その主張は矛盾し、破綻していることが明らかになりました。
しかしソクラテスは、この対話を聴いた聴衆の中には、『他人から、そこまで恨みを買い、下手をすれば自分が死罪になってしまうような活動を続けることを恥ずかしいとは思わないのか?』と思う者も少なからずいる事に、理解を示します。

ソクラテス自身が法を破らずに、不正にも手を染めていなかったとしても、彼の活動によって面目を潰された人や営業妨害された人は確かに存在していて、彼等から恨みをかってしまうというのは、それはそれで恥ずべき行為なのではないのかということです。
ですが、ソクラテスはそうは思いません。
何故なら、彼は、単純に知識のある人から教えを授かりたかっただけですし、その結果として、賢者が、モノを知らないのに知っていると思い込んで、人々に適当なことを吹聴していたと暴かれたとしたら、それはそれで、良いことだからです。

トロイア戦争

ソクラテスは、神々の声によって、使命感から突き動かされて、結果として、多くの人たちから恨みを買うことになりましたが、恨まれるのが怖いからと行動を起こさない方が悪い行為だと考えていたので、起こした行動は恥ではないということです。
彼は自身の行動を、ギリシャ神話に登場するアキレスの最期と同じだと言います。

ギリシャ神話のアキレスとは、トロイア戦争に登場する英雄の一人です。
簡単に説明をすると、トロイアという国があるのですが、その王族が、『次に産み落とす子供は禍の元凶となる』という予言を受けることになります。
その予言を受けた王族は、生まれたばかりの男の子の処分を部下に命令するのですが、その部下は子供を殺すことが出来ずに、事情を全て伏せた上で、羊飼いの子として育てます。

パリスと名付けられた男の子は、その後、青年になるまで羊飼いとして暮らすのですが、ある日、森に迷い込んだ際に、4人の神と出会います。
その神とは、ゼウス・ヘラ・アテナ・アフロディーテなのですが、神たちは結構、険悪な雰囲気を漂わせていました。
事情を聴くと、元ゼウスの妻のティティスと人間のペレウスが結婚式を開いた際に、ほとんどの神々が式に招待されたにも関わらず、争いの神であるエリスだけが招待されないという出来事がありました。

めでたい席なので、不和と争いの象徴である彼女を呼びたくなかったんでしょう。 すると彼女は、『一番美しいものに、この黄金のリンゴをあげる。』と書き置きと共に黄金のリンゴを神々のもとへ送りました。
すると、女神の中でも力を持っているヘラとアテナとアフロディーテの3人が、私こそが一番美しいのだから、リンゴを貰う資格があると主張し、一歩も譲る事無く、争いに発展してしまいました。
ゼウスは、リンゴを誰にあげるのかが決められずにいたところに、偶然、パリスが現れたというわけです。

パリスの審判

ゼウスは、誰にリンゴを渡すのかをパリスの判断に委ねるとしました。
それを聴いた3人の女神は、口々に、自分を選べば、素晴らしいものを与えると交渉してきます。
ヘラは、アジア全土を支配する能力を、アテナは、戦いにおける勝利と、それに伴う知識を、そしてアフロディーテは、この世で一番美しい女性との結婚を約束したところ、パリスは迷うこと無くアフロディーテにリンゴを手渡します。

その後、パリスはトロイアの王子ということがトロイアの王族にバレて、王族は過去にパリスを殺そうとした負い目から、彼を国に受け入れることになります。
羊飼いとして暮らしてきた為、内政などの知識がないからか、パリスはスパルタに大使として派遣されることになるのですが、そこで、この世で一番美しいとされる女性と知り合うことになります。
その女性は、スパルタの王妃ヘレネです。 パリスは、アフロディーテの祝福によって彼女を射止め、王の許可も得ずにトロイアに連れ帰ります。

この行為に激怒したスパルタ王は、ギリシアで権力を持っていた兄のアガメムノンに相談に行き、結果、ギリシアトロイアの戦争になります。
この戦争で、ギリシア側には2人の英雄が参加していたとされ、一人がオデュッセウスで、もう一人がアキレスです。
アキレスは、親友のパトロクロスと共に戦争に参加し、かなりの成果を上げて、報酬や奴隷を獲得するのですが、その奴隷を、アガメムノンに奪われてしまいます。

英雄アキレス

戦利品を奪われたということで、完全にやる気を無くしたアキレスは、出陣せずに引きこもり、アキレスが率いる軍の士気も下がっていきます。
そこでオデュッセウスが、親友のパトロクロスにアキレスの防具をつけてアキレスに成りすますというアイデアを伝え、パトロクロスが実践します。
士気を取り戻したアキレスの軍ですが、トロイア側はパトロクロスの事をアキレスだと思い込んでいるので、必死になって彼の首を狙い、結果としてそれに成功します。

大親友のパトロクロスが自分の身代わりになって殺されてしまったことで、アキレスは激しい憎悪をトロイア軍に向けることになるのですが、子供思いのアキレウスの母親は、事前に予言を残していました。
それが、『親友のパトロクロスの仇討ちを行えば、お前自身も、その時に死んでしまう。』というものでした。 アキレスはそれを思い出すのですが、大親友の仇をとらずに生きながらえる事の方が恥だと考え、仇討に向かって死んでしまうという話です。

ソクラテスは自身の行動を、このアキレスの行動に重ね合わせることで、正当化しようといます。
自分はあくまでも神々の意思で動いただけで、その結果として、自称賢者が無知だと判明して恨んでいるが、彼等から恨まれるのが怖いからと言って、彼等を賢者扱いして崇めるなんてことは出来ないし、その方が恥だという事でしょう。

せっかくなので、トロイア戦争についての話を最後まですると、トロイア軍はギリシアと真っ向から戦う兵力がなくなり、籠城戦を決め込みます。
それに対してギリシア軍は、補給路をすべて経って、兵糧攻めを行うのですが、アキレスという英雄の1人を失ったという事で、責の一手を欠いてしまい、ギリシアへ撤退していきます。
この際に、海が荒れないようにと巨大な木馬を作り、そこにありったけの食料を詰めて『神への貢物』として置いていきます。

何故、こんな事をするのかというと、ギリシアは進軍する際に、海が荒れすぎていて渡れないという状態に追い込まれ、仕方なく、アガメムノンは自分の娘を神々への生贄として捧げて、海を渡ってきたからです。
娘は1人しかいない為、帰るときにはその代わりとなる食料を木馬に詰めて、神々の献上品にしたというわけです。

トロイの木馬

兵糧攻めをされていたトロイアは、その木馬を自分たちの場内に引き入れて、勝利の宴を開くのですが、実はこれはギリシア側の罠で、その木馬には数人の兵士が紛れ込んでいて、宴で盛り上がっているときを見計らって門まで行き、開門してしまいます。
すると、逃げたと見せかけてトロイアに潜伏していた大量のギリシア兵がなだれ込んできて、トロイアは滅亡してしまいます。

アキレスについてもう少し掘り下げると、アキレスは、この物語の発端となった、ティティスとペレウスの間に生まれた子供です。
この夫妻の結婚式にエリスが呼ばれなかったとして、黄金のリンゴを1つだけ送りつけてパリスの審判が開かれる事になったので、彼の誕生のキッカケが死ぬキッカケと作ってしまったともいえます。

このアキレスの母親のティティスですが、息子の死の予言をして忠告するほどに子供を愛していたので、出来ることは全て行っていました。
その1つが、アキレスの体の無敵化です。 あの世に流れているステュクス川というのがあり、そこに生きている赤ん坊を付けると、水が触れた部分が傷つかなくなるという話があり、ティティスは子供の為を思ってその川に赤子のアキレスを浸します。
その際に、息ができるように仰向けにして、出来るだけ体全身をつけようとした為、両足首の裏側の部分を流されないように必死に握りしめて水に浸した為、その部分だけが水に濡れずに、アキレスの唯一の弱点となります。
それが、アキレス腱です。

その他のうんちくとしては、ギリシアが籠城を破るために作った木馬に因んだ名前がつけられたコンピューターウイルスに、トロイの木馬なんてのもあります。
かなり脱線してしまいましたが、次回は、改めてソクラテスの弁明の続きについて語っていきます。