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【おすすめPodcastエピソード紹介】 もてらじ 川柳さん回 『日本人の大半は軽いメンヘラ』

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Podcast紹介コーナー。
第119回。

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私の独断と偏見で紹介するPodcastのエピソード紹介コーナー。

今回は ネットラジオ BS@もてもてラジ袋

http://moteradi.com/20161118a

です。

今回は、川柳さんという方が久しぶりに復活し、ラジオを通して主張を行うという内容でした。
私は『ネットラジオ BS@もてもてラジ袋』(通称もてらじ)を聴き始めたのが2014年の5月ぐらいからでしたが、川柳さんは名前は知っていましたが、話されているのを聞いたのは初めてだったので、それ以前に出演されていた方だと思います。
この川柳さんの主張が、結構、日本人の真理をついていたような気がしたので、今回紹介させて頂くことにしました。

どのような主張だったのか、簡単にまとめると誤解されそうですが、それを恐れずにいうのであれば、『日本人の大半は軽いメンヘラ』といった内容でした。
主張の出だしは、川柳氏がラジオに出演しなくなってから、普通の人と飲みに行く機会が増えたというところから始まります。
出演者一同は、『普通の人』のところに結構食いついておられましたが、エピソードを全て聞き終わった後に考えると、『人前で話すことを意識せずに話している人たち』ということなんでしょう。
自分でPodcast(ラジオ)をやろうという方々は、基本的にはリスナーにどの様に聞こえているか、聴き手はどう感じるかというのを意識しながら話します。
聞きやすいように出来るだけ話をまとめようとしますし、その中に矛盾がないように心がけます。

ですが、普通に生活している一般人は、そんなことを考えて話しませんよね。自分が話したい事を、ただただ垂れ流します。
話す人間としては、『この話をしたらウケるはず!』と、よく分からない確信をもとに話すのでしょうが、その内容が大抵はドン引きするものだったりする。
川柳氏は、この行動を言葉の自傷行為と名付け、そういった空気に晒された時にどのような行動を取るべきなのかという事を考え、主張されていました。

分かりやすいように具体例を挙げてみましょう。
呑み会の席などで大人数で呑む場合、大抵の場合はターン制で一人の人が話し、周りの人が聴く。
時には茶々を入れつつ話を聴き、一人の人間が話し終えると次の人が話すなんて流れで会話が進む場合が多い。(時には、一人の人間が延々と話し続ける場合もありますが…)

ここで話す内容として結構出てくるのが、『昔は悪かった自慢』や、受けたサービスが気に入らなかったので、『クレームを入れてやった』というような、話した所で自身の格が下がるだけで、話した側も聞いた側も何の利益もない話だったりする。
これを聴いている人達の素直な感想としては、『そんなチンケな犯罪を自慢してるの?あなたは、そんな簡単なルールも守れない人なのね』だったり、『その程度でクレーム入れるんだ…厄介な人だね』といったマイナスのもので、基本的にはドン引きするわけですが、場の空気を崩さない事を優先する為に、笑顔で接待する。
すると話し手は、『俺の話がウケた!この話は鉄板だな』と思い、次回の呑み会でも同じ話をしようと決意する。
ここで重要なのは、聞き手側はドン引きする話を目の前でされたのにも関わらず、次に自分が話すターンになると、似たような自分の格が下がるような話をしてしまう。

結果として呑み会で起こるのは、みんなで知らず知らずのうちに自分の格を下げ続けるという行為だったりするわけです。
これが、言葉の自傷行為と呼ばれるもの。
この行為をしてしまう根底には『私を見て!』という願望が有るのでしょうが、行っている事は自分を貶める行為でしか無い。『私を見て!かまって!』とリストカットするメンヘラと構図は同じ。
大部分の人の会話が言葉の自傷行為で成立しているのだとすれば、『日本人の大半は軽いメンヘラ』という事になってしまうという事。これを書いている私も含めてね。

ここまで読んで『そんなこと無いでしょ!』なんて思ってしまう方も多いかもしれない。
そんな人は、週末などにカウンターの有る飲食店に入って、周りの話を聴いてみると、よくわかるかもしれません。
話されている会話は、大抵は『軽い犯罪自慢』『ギャンブルの話』『職場や友人の悪口』『こんな出来事が合ったので、相手にキレてやった』といったもので構成されています。
『ギャンブルで勝った』話をされても、こちらは『パチンコなんかやってるんだ』と思うだけだし、職場や友人の悪口を聴いた場合『自分の悪口も、他の人に話されてるんだろうな』と思うだけ。
しかし、自分のターンが回ってくると、自分の話は他人が話しているような自傷行為ではないと思いつつ、自分の格を下げ続ける自傷行為を行ってしまう。

話せば話す程、互いに評価を落としていく為、客観的に見ればマイナスのスパイラル構造にしかなっていない状態。何故こんな事になってしまうのでしょうか。
この話題を聴いて、私自身、少し考えてみた結果、原因は聞き手と話し手にそれぞれ有ることがわかりました。

聞き手側の要因は、日本特有の『空気を読む』という事。
空気を読むという行為は、場の雰囲気を崩さないように注意する。周りに対して気配りが出来る人が行うような行動のように思えますが、実際には違います。
その行動の先に有るのは、自分自身が変な目で見られない為の自己中心的な防衛手段に過ぎません。
例えば、誰かが明らかに間違ったことを主張した場合、長期的に観た場合は間違いを指摘した方が良い。しかし、指摘したことで場の雰囲気が悪くなった場合の責任が採れない為、間違ったことでも同調する。
皆がこの行動を取ってしまうと、これが常識になり、同調圧力が生まれてしまう。

呑み会の席でいえば、ドン引きする様なくだらない話だったとしても、それを指摘して雰囲気が悪くなった際の責任が取れないから言わない現象が起こる。
仮に指摘した人がいたとして、それが原因で空気が乱れると、指摘した人を避難する。
この様な状態が続くと、自傷行為を聴いたとしても指摘することが出来ず、雰囲気に合わせて同意するしか無くなります。

話し手側の要因としては、皆、自分が普通で常識的だと思っている点でしょう。
そして世の中には、皆が共有する常識が有ると思いこんでいる。
しかし実際の世の中には万人が共有する常識なんてものもなく、普通なんてものも存在しない。人々は、それぞれに自分の価値観と考え方から成る『常識』を持っています。
世の中に70億人いるとした場合、70億通りの常識があるといっても過言ではないでしょう。
その状況下で、自分の常識や正義を元に皆が賛同してくれるだろうと、普段起こった事や考え、ちょっとした自慢話をするわけですが、その内容は聞き手の常識や普通とはズレている為、聞き手側の立場でみると自傷行為に見えてしまう。

議論の場合は、共通認識がズレていることが前提で、言葉の定義から摺り合わせを行いますが、呑み屋で行われる議論の多くは、この様なことは行われない。
この、聞き手と話し手の要因が合わさることで、不毛な議論が延々と続いてしまう事になるのでしょう。

この対応策として川柳さんが考えた方法は2つで、この負のスパイラルを意識し、そちら側に行かないように心がけて一定の距離を離すか、逆にそちら側に飛び込んでしまうかの二択。
後者の意見は一見すると後ろ向きのようにも思えますが、カラオケのようなものと思えば、すんなり納得も出来る。
カラオケの場合は、皆で盛り上がる曲を摺り合わせ、一体感を持って楽しむと非常に楽しいですが、実際に行われているカラオケの大半は、皆がそれぞれ好きな曲を歌い、聞き手は聴いているふりをしつつ次に歌う曲を探したり、携帯いじってたり、ヒソヒソ関係ない話をしたりしますよね。
そのカラオケに対して『つまらない!』なんて声を上げても空気を壊すだけなので、自分も周りのことを考えずに好きな歌を歌い、そういう状況を愉しめば、ストレスが貯まること無く逆に発散できたりする。
同じ出来事でも、捉え方次第でどうにでも感じられるという、かなり為になる助言だと感じましたね。

ラジオの方では2時間近くかけて話されてますので、気になってもう少し知りたい!なんて方は、一度聴いてみては如何でしょうか。