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マイケル・ムーア監督『世界侵略のススメ』 基本アメリカdisの内容だけど日本人こそが観るべき映画かも

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先日ですが、なんとなくNetflixを検索していると、マイケル・ムーア監督の『世界侵略のススメ』という作品を見つけたので観てみました。
この監督の作品は、『キャピタリズム』と『ボーリング・フォー・コロンバイン』を観たことが
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ありその時は興味深く観れたたということもあって、見つけてすぐに見始めた次第です。



(画像はamazonリンクです)


今回はこの映画の、ネタバレ感想を書いていきますので、内容を知りたくない方は、先に観ることをおすすめします。

マイケル・ムーアによる世界侵略

この作品は、世界中の戦争に介入し、様々なところに兵士を派遣したり無人機で空爆を繰り返しまくっているにも関わらず、自国に必要なものを何一つ手に入れることができていないアメリカ軍が、マイケル・ムーアに意見を聞くために招集するところから始まります。

アメリカといえば、世界の警察を気取って様々な地域に軍事介入をする!という名目で、様々な地域に軍事介入をして、石油利権などの金になりそうなタネを掻っ攫っていくという戦略を撮っていますが、それがイマイチうまくいっていない国だったりします。
大した利権が奪えないのに、軍事費だけは嵩んでいって、税金の6割が軍事費に消えていくという財政状態。
この状態にしびれを切らしたアメリカ軍トップが、マイケル・ムーアに意見を求めるのですが、そこで出された提案というのが、『取り敢えずアメリカ軍の兵士に休暇を出して、そのかわりに、私が1人で侵略に行ってくる。』というものでした。

物凄い予算と人員をかけても出来なかった世界侵略を、マイケル・ムーアたった1人で出来るのか。
様々な国を渡り歩く彼の行動を追っていくのが、この映画の大まかなあらすじとなっています。

世界侵略の定義とは

この作品は、たった一人で世界を侵略しようとするマイケル・ムーアに密着したドキュメンタリー映画ですが、では、彼が定義する世界侵略とは何なのでしょうか。
先程も書きましたが、アメリカが様々な国に対して軍事介入するのは、自国の利益になる為の様々な利権を手に入れるためです。
最近では、中国にIT投資を控えろと圧力をかけて、聞き入れられなければ関税を引き上げると脅しをかけたりしていますが、自分たちに追いつこうとしている国を蹴落として、他国にある利点を武力で奪うのが、アメリカの行動です。

この行為を侵略として、もっと単純化していくと、他国の優れたところを自国に持ち帰るというのが、侵略ということになります。
他国にある石油を自分のものにしようとするなら、その利権を手に入れなければなりませんし、豊かな農地を手に入れようと思えば、武力で土地を勝ち取らなければなりません。
その為に宣戦布告をし、他国を敵と認定して攻め込んでいくのが侵略戦争です。

しかし、今回マイケル・ムーア氏が行おうとしている侵略は、得ようとしているものが石油や土地のような実物資産ではなく、他国が持つアイデアです。
アメリカよりも優れたアイデアを持ち、それを実践し、実際に効果を上げているアイデアを聞き出してアメリカに持ち帰り、それを実践することでアメリカという国を優れた国にしようというのが、マイケル・ムーア流の侵略です。

相対的にひどい状態のアメリカ

この映画では、マイケル・ムーア氏が様々な国を訪れて、その国の優れているという制度をインタビューしにいくのですが、当然ですが、『アメリカではどうなのか』といった対比映像が出てくるのですが…
そのアメリカの状態が、かなり酷い。 発展途上国なんじゃないかと思うぐらいに遅れている印象を受けました。
これは、映画の演出としてその様に取っているということもあるとは思いますが、それを差し引いたとしても酷い状態でした。

特に、差別問題や薬物問題を取り扱った部分が酷く、アメリカの闇の深さを感じさせるような演出となっていました。
具体的には、ポルトガルでは薬物自体が非合法ではなく、所持していても使用していても罪に問われる事は無い。
一方でアメリカはというと、国として積極的に厳しく取り締まり、所持や使用を行うと逮捕されてしまい、懲役刑となってしまう。

一見すると、薬物中毒者が取り締まられることなく街を歩き、誰でも買って使用できるような状態になっているポルトガルの方が危険で、アメリカのほうが安全のような気がする。
しかし実際には真逆で、ドラッグが合法になった事でドラッグに手を出してしまった人が、初期の段階で身近な人に相談をしたり、病院を訪れて依存症を治そうとしたりするため、依存症患者自体が激減しました。

一方でアメリカはというと、いろんな薬物を違法薬物に指定して刑罰を課すことで、誰にも相談できない状態を作り、結果として依存症患者は誰にも相談することが出来ずに、そのストレスから更に薬物にはまり込んでしまう。
結果として依存症患者が増えるだけでなく、後戻りできないほどに重症化してしまうという状態になってしまう。
この他にも、非合法であるがゆえに取り扱えるのが闇市場だけになり、反社会勢力の資金源になって、彼らを肥え太らせているという状態にもなってしまう。

ではアメリカは何故、この様な意味のないドラッグの厳罰化をしているのでしょうか。
それは、アメリカでドラッグの厳罰化が始まった時期に関係します。 この時期は、白人達によってアフリカから拉致されてきた黒人奴隷たちが、自らの公民権を主張して運動し始めた時期とかぶります。
白人社会のアメリカとしては、彼らが鬱陶しく、僅かな権力の移譲もしたくなかった為、ドラッグを禁止薬物に指定することで、簡単に荷物検査や逮捕を行えるようにして、大量の黒人を逮捕した上に刑務所に入れる事を可能にしました。

これを読まれる方は、ドラッグの非合法化は全国民に対して行われるので、黒人が捕まるのは、黒人だけがドラッグを使っていたからと思われるかもしれませんが…
実際には、黒人が多く住む地域でだけパトロールを強化して、偶然にも白人の薬物使用者に遭遇したとしても見逃して、黒人だけを逮捕するという行為を行っていたのです。
黒人を逮捕して大量に刑務所に送って、刑務所に単純労働を発注すれば、激安で作業を行うことが出来る。

公民権を訴える黒人を一掃するだけでなく、刑務所に入れて管理することで、再び奴隷にする事が出来るということで、一斉検挙が行われたそうです。
他の人が書かれた本などにも似たような記述があるので、これはマイケル・ムーア氏の妄想というだけではないのでしょう。

厳罰化によって悪化する世の中

この映画を観ると、先ほど紹介したドラッグの軒でもそうですが、厳罰化によって自体が好転することはそれほどないように思えます。
例えば、世界一の学力を誇るフィンランドでは、統一試験を禁止して宿題をなしにし、子供には子供らしく遊ぶことを進めているそうです。
アメリカだけでなく日本もですが、これとは真逆の方向に全力で突っ走ってますよね。

何故、統一試験が駄目なのかというと、統一試験での高得点を目標に据えると、授業の大半がテスト対策に成るからです。
道徳や哲学や美術や音楽など、生活を豊かにするために必要な授業は削られて、テスト対策のための暗記作業だけを行うようになり、結果として総合的な学力が下がってしまうようです。

他には、刑務所での受刑者の扱いなどです。
ヨーロッパでは死刑廃止の国が多いですが、その中でも再犯率が低い国の刑務所では、受刑者が人間らしい扱いを受けています。
各個人に部屋が与えられて、その鍵は自分自身で管理する。 部屋にシャワーやトイレも付いていて、ゲーム機までも持ち込める。
施設には趣味を楽しんだり技術を高めるスペースが沢山あり、知識を得るための充実した図書館まで整備されています。

一方で日本はというと、罪も確定していないゴーン氏は冷暖房どころか何もない狭い部屋に数ヶ月間監禁されるという状態。
で、どちらが再犯率が低いのかというと、ヨーロッパだったりするわけです。

何故かというと、人間は社会的な動物なので一人で行きていくことは出来ないので、社会に馴染む必要があるわけですが、日本のように受刑者でもなく容疑がかけられただけの人でも人権が剥奪されてモノのように扱われてしまうと、人を信じることができなくなります。
人を信じきれない人間が社会に馴染めるのかというと、当然ながら馴染めないので、社会からはじき出されてしまうことになります。
こうした人は社会に対して何の思い入れも無くなるだけでなく、負の感情を持つ為、再び社会に対して牙をむきます。

一方でヨーロッパのように、犯罪者であっても人間扱いしてもらうと、人を信じることや社会の重要性を身をもって感じることが出来るため、自分も社会に対して貢献しようという思いが湧いてくるのでしょう。
貢献したいと思っている社会をぶち壊すような人間は少ないので、再犯率が低下する傾向にあるのかもしれません。

日本人こそ観て欲しい

この作品の中では、他の国に対して相対的にアメリカの酷さを描いているので、アメリカの酷さが目立ちますが、日本人にこそ観て欲しいし、観た上で自分の国の状態を見直して欲しいと思いました。
何故なら、作品の中で酷いと言われているアメリカの状態よりも悪いと思われる部分が、今の日本には多くあるように思えるからです。

この映画に登場する国の多くが、自分個人の降伏だけを追求するよりも、社会全体を良い方向にする方が、回り回って自分たちのためになるという考え方が基本となっています。
しかし日本はどうでしょうか。 日本で辛い生活を余儀なくされている人たちに対して投げかけられる言葉は、『自業自得』です。
自己責任論の日本では、強者こそが善で、弱者は切り捨てるべきだという考え方が多いように思えます。

稼いでいる大企業は善だけれども、その大企業に安月給で使われている人間は自業自得で悪という考え方を声高に叫ぶと拍手喝采されるのが日本だったりします。
ただ、経済というのは大多数の弱者の消費行動に支えられている為、強者だけを持ち上げる考えは、いずれ破綻してしまうように思えます。
破綻してからでは遅いので、今からでも意識改革をするためにも、この作品は見ておくべきなんじゃないかなと思いました。