だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

同盟と軍隊と差別 1

今年に入ってから、沖縄のヘリパッドの話を聞くようになったなと思ったら、それからしばらくして、機動隊による『土人』発言。
その後、トランプ氏が次期大統領になると騒がれてから、米軍が沖縄から撤退か?なんて騒がれ、日本の基地問題にまたスポットライトが当たるようになってきましたね。

この問題は、政府を積極的に支持すると『右翼』というレッテルを貼られ、基地受け入れに消極的だと『左翼』といわれてバカにされたりする為、結構扱いづらい話題だったりしますが…
個人的に思うところも有るので、今日は思い切って、自分の思っていることを書いていこうと思います。

まず、反対している人を叩くという現象について。
米軍基地に関しては、日本の国防の問題が絡んでくるということも有ってか、国の方針に逆らう人間は反日と判を押され、叩かれる傾向に有ります。
反対派の人間に対して『嫌なら出て行け』だとか『自分のことしか考えていない』『反対してるのは本土からのプロ市民で、お金貰ってやっている』と、確かめたわけでもないのに叩きたい放題。
日本人特有の『空気を読む』という行動の悪いほうが全面に出て、『皆が叩いているんだから自分も叩いて大丈夫』と、特にこの件に関して詳しくもなく、真剣に考えた事もない人間が、ネットやテレビやラジオで過激なことを言う人の意見を鵜呑みにして、現地の人を叩いているという構図になっています。

しかし、よくよく冷静になって考えてみれば、軍事施設というのは国にはなくてはならない施設なのかもしれませんが、迷惑施設であることに変わりはありません。
その迷惑施設が自分たちの近所に来た場合、『嫌だ』と思うのは、沖縄の方に限らず普通の考えではないでしょうか。
これに対して『耐えろ!』と上から目線で主張し、反対する人間を反日勢力とひとまとめにしてしまうのは、乱暴な議論のように思えます。
しかし実際には叩かれ、差別的な発言まで行われていたりします。
では、本州で同じようなことが起こった場合、文句も言わずに受け入れるのでしょうか。
他人を蔑んで差別的な発言をするのであれば、少なくとも自分たちは、国や地域のことを考え、行政が進めることに関しては積極的に受け入れるという決意が必要だと思います。

では、軍事施設に限定すると例が出しにくいので、『迷惑施設』と呼ばれる他のケースについて、本州ではどの様な反応をしているのかを観てみましょう。

少し前のことですが、東京で保育園が新設されるという話が有りましたが、住民の反対によって、この話はなくなるという事がありました。
反対の理由としては、子供の声がうるさく、また、送り迎えで近所の通りが車で渋滞するというものでした。
国としては一億総活躍社会を目指していて、女性の社会進出を積極的に推し進めていく方針。
その一方で、少子化で悩む日本では子供を作る事も推奨されています。
この2つを両立しようと思えば保育園の新設は必要なのですが、近隣住民にとっては迷惑施設でしか無いため、反対ということです。

他の例を挙げてみましょう。
『土人発言』をした機動隊員と、それを擁護した大阪を例に挙げてみましょう。
大阪に、元々は農業用水として使用するための溜池があるのですが、その地域では農業が衰退してしまい、溜池の管理も行われなくなってしまいました。
これを放っておくと、溜池が溢れて様々な問題が出る為、定期的に除草作業などをして川に流すための水路を確保しなければなりません。
しかし、この溜池は私有地にあり、国や市の管理下にはありません。当然、税金を投入して管理することは出来ません。
溜池を埋め立てるという手段も考えられますが、その溜池はダムのような役割も果たしていて、雨水などを一度溜池に貯めて、その後、徐々に川に流すというという事を想定して、周辺の河川の幅や堤防を設計していました。
その為、溜池を埋め立ててしまうと、雨が降った際に一度に川に雨水が流れ込む為、反乱の危険が出てきてしまう。

そこで解決策として、溜池の水面にソーラーパネルを浮かべ、そこで発電した電気を売ることで溜池の管理費用を捻出するという方法を考え出し、実践したようです。
しかし、この行為に近隣住民の怒りが爆発。太陽光パネルに光が反射して、家の中が眩しくなる可能性があるとして、クレームが相次いだようです。
『眩しくなる可能性』というのは、太陽光パネルが設置されている現在は、そのような被害は一切ないのですが、夏になって太陽の軌道が変わると、『もしかすると眩しくなるかもしれない』としてクレームを入れているんです。
正直な話、反射したとしても一時的なものだし、音が発生するわけでもないから、カーテンを閉めていればどうにでもなる問題のように思えるのですが、近隣住民からすると、怒らずにはいられない出来事のようです。

この2つに比べたら、沖縄の基地建設と、その後の時間を問わないヘリコプターを使った訓練のほうが遥かに日常生活を送る上で害が多く、そのヘリが操作ミスから墜落してしまったら、命の危険すら出てきます。
しかし本州に住む人間は、自分の住居の近所に保育園が建てられるのも、ソーラーパネルが設置されるのすら嫌だけど、沖縄の人に対しては、生活が困難なほどの騒音を受け入れろと強要するんですよね。
これらを客観的に観ると、迷惑施設というのは何処かにないと駄目だから候補地の人間は受け入れるべきだけど、自分の生活範囲内には作るなという自分勝手な考えにしか観えないのは、私だけでしょうか。

また、この自分勝手な意見を他人に押し付けて、それに反論する人間を皆で攻撃対象にするというのは、イジメの構図にも似ていますよね。

ネットなどで、沖縄を叩く空気だから、自分も叩く。
何なら、叩くことで賛同してくれたり賞賛してくれる人間がいたりすると、自分がヒーローにでもなったかのように錯覚してしまい、発言を更にエスカレートさせてしまう。
『国防のためには、そこに基地がないと駄目だろ!常識で考えてわからないのか?』『中国に攻め込まれるぞ?』『反対している奴らは反日で、中国が大好き。』
もっともらしい事を並べ立てて、現地の人を批判し罵倒し、これが日常化していくと、『あの人たちに対しては何をいっても良いんだ』と勘違いして更にエスカレートしてしまう。
構図的には子供のイジメと同じ構図なんですが、質が悪いのは、このイジメを行っているのが本来イジメを止めるべき大人だという点ですね。

『迷惑施設というのは何処かにないと駄目だけど、近所にあると迷惑』という認識があれば、候補地の方に対して高圧的に、上から目線で罵声を浴びせるなんて事は、心を持った大人には出来ないことだと思います。
どうしてもその土地でなければ駄目なのであれば、『申し訳ないけれども、受け入れてくれませんか』と下手に出てお願いするのが普通の対応ではないでしょうか。

しかし実際には、『受け入れたくない』と必死になって抗議している人に対して『土人』と発言し、発言した機動隊員を政治家が庇うという現状。
この状態が常態化していき、『沖縄の人たちには何をいっても良い』なんて事になっていくと、地域差別といわれても仕方ないように思えます。

ちなみにこの問題は、日本に米軍基地が有ることが日本の国益につながる事が前提になっている出来事なのですが、これも本当にそうなのか?と疑問符がついてしまう。

【続く】

広告を非表示にする