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ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

ケインズの経済理論が現在で通用しないのは哲学が欠けているから

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この記事は、前回からの続きとなっています。
まだ読まれていない方は、まずはそちらから読まれることをおすすめ致します。
kimniy8.hatenablog.com

前回は、ケインズが古典経済学を否定し、新たな経済学に着手するというところまで書きましたので、今回は、その新たに作られた経済学を、より具体的に観ていこうと思います。

『需要』と『供給』 不景気の原因はどちらなのか

前回にも少し書きましたが、古典経済学とケインズが生み出した経済学の決定的な違いは、古典経済学が原因を供給サイドに求めたのに対し、ケインズは需要サイドに求めた事でした。
ケインズ以前は、モノの生産設備を持っている供給側が、価値の有る商品を生み出せば生み出すほど、価値が創造されていることにあんるので、経済が上昇すると考えられていました。

ものが作りすぎて余った場合は、値下げをすれば良く、生産能力をひたすらに上げていけば、企業は儲かり、商品の値段も下がっていく。
商品の値段が下がれば、労働者の実質賃金が上昇するので、その上昇分を給料カットで調整すれば、企業は同じ人件費の出費で、より多くの人間が雇えるようになるので、失業率も低くなる。
景気は自身でバランスを取るので、上手くいくという考えでした。

しかし、そのまま放任主義を貫いても、大恐慌で悪化した景気は一向にバランスをとることもなく、失業者は25%まで上昇し、景気の悪化に拍車をかけている。
この状態に対してケインズは、今まあでの経済学の考え方が間違っているのではないかと、新たな経済学を生み出すことになりました。

不景気の鍵は金利

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ケインズは、今までの自由放任主義を否定し、経済に対して政府が介入すべきだと訴えました。
市場に自由な振る舞いをさせるのではなく、政府が経済に積極的に働きかけることによって、景気を誘導しようというが、今までの経済理論と大きく違う部分です。

では、何処に働きかけるのかというと、金利です。
確かに、高金利状態が維持されていれば、お金は積極的に貯蓄しようと思います。仮に、年に7.2%の金利が貰えれば、預け高値は福利計算で10年で倍になるわけで、この事が理解できている人間であれば、お金を使おうとは思いません。
また、預け入れ金利が高いということは、借りた際の金利はそれ以上に高いことになります。 仮に、お金を借りて新規事業や設備投資をしようと思った場合、その高利の貸付金利以上のリターンが得られなければ、借金の返済が出来ません。

つまり、金利が高すぎた場合は、消費者はお金を使わないし、企業は投資を行わない。
逆に金利を引き下げて低金利の状態にすれば、消費者は預金をするメリットが無くなりますし、企業にとっては、借金をするためのハードルが下がるため、設備投資の需要が伸びる。
消費者の行動は、貯蓄から消費に流れやすくなりますし、企業の設備投資は伸びやすくなる。 2つの要因によって需要が伸びやすい地合が生まれるわけです。

金利の下げ方

金利を引き下げることで、経済を刺激することが出来る事がわかったところで、では、どうすれば、金利を引き下げることが可能なのでしょうか。
結果から書くと、市場に出回っている債権を購入し続けて、債券価格を上昇させてしまえばよいのです。
例えば、10万円で販売されていて、10年後に15万円になって返ってくる債権が有ったとすると、この債権を購入した際の利率は5%です。

利率とは年計算なので、10万円の投資で5万円の利息が貰えるのであれば、1年あたりの利息は5000円になるので、10万円の5%という事になりますよね。
余談になりますが、金利は年計算というのを覚えておくと、銀行などが行うキャンペーン金利詐欺に引っかかることが無くなるので、便利です。

キャンペーン金利詐欺とは、『今、オーストラリアドルを購入すると、金利が30%付きますよ!(3ヶ月限定で)』という広告で預金を集める方法です。
3ヶ月限定で金利30%と聞くと、人によっては、3ヶ月で元金が倍ぐらいになるのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、先程も書きましたが、金利は年計算です。
つまり、30%を12で割っ2.5%の金利を3ヶ月貰えるだけです。 外貨預金の場合は、為替手数料なども取られる為、それを差し引くと、大した金額にはならなかったりします。

話を戻しましょう。 10万円で販売していて、10年後に15万円になる債権が有った場合の金利は、先程も書いた通り、5%となります。
この利率を下げようと思うと、債券価格そのものが上昇すると、利息は下がることになります。
例えば、10万円で販売されていた債権が、12万円に値上がりしたとしましょう。 12万円に値上がりしたとしても、10年後に返ってくるお金は15万円なので、投資額に対する利益は3万円となります。
12万円を投資して1年で3000円しか貰えないわけですから、利率は2.5%まで下落することになります。

逆に、債券価格が下落して9万円になったとしましょう。 9万円の投資で15万円が帰ってくるわけですから、1年あたりの受取利息は6000円になりますから、利率は6.6%程度まで上がることになります。

政府による市場介入

債権も市場で売られている以上、価格は需要と供給で成り立っています。 つまり、債権を買いたい人間と売りたい人間を天秤にかけた場合、買いたい人間の方が多ければ、債券価格は上昇することになります。
では、誰が買うのか。 ここで、ケインズの政府による市場介入の話が出てきます。
政府が、お金を刷って債権を購入することによって、債券価格を高騰させて利率を下げ、更に、市場に現金を供給するという事です。

現金というのも、市場で取引される『価値を持つモノ』である為、政府によって市場に大量供給されてしまうと、価値が下がります。
現金の価値が下がるという事は、今までと同じ量のお金を出したとしても、同じだけの量の品物が買えなくなることを意味します。 簡単にいえば、物価が上昇します。
物価を上げることが出来れば、企業の業績は上昇しますし、企業の業績が安定的に上昇するのであれば、労働者の給料も上昇しやすくなります

労働者の給料が上昇すれば、その上昇分の何割かは消費に当てられる為、更に需要が伸びることとなる。
需要が伸びれば、企業には生産能力を更に上昇させる動機が生まれ、設備投資が更に上昇し、需要が伸びて、社会全体の景気は更に上向きになる。

企業が儲かる → 労働者の給料が上がる → 需要が伸びる …

政府による市場介入によって、このサイクルに持ち込むことが出来れば、大恐慌を抜けて、好景気に持ち込むことが出来て、失業問題も解決する。

経済学の存在意義

この様に、ケインズの経済理論は、どの様にして需要を生み出すのかという部分に注力して生み出されました。
古典経済学の様な自由放任主義ではなく、政府が積極的に市場に介入することで、経済の舵取りをするという発想を生み出したのは、経済学の存在理由を明確にしたとも言えますよね。
というのも、昔ながらの自由放任主義で、『経済は勝手にバランスが取れるから、人間は何もしなくても良いよ』という意見は、経済学者の存在意義がありません。

だって、放って置くだけで何もせずに、ただ観てるだけの存在なんて、この世に必要がありませんよね。
仮に、あなたが病気になって病院に行った際に、医者から『人間の体は、勝手にバランスが取れるように出来てるから、何もせずに放っていおくといよ。 とりあえず、私が観察しておいてあげます』って言われたらどうでしょう?
あなたはきっと、『医者って、この世に必要な職業なの?』と思うはずです。 何もしなくても、時間が勝手に解決してくれて、それが一番良い方法なのであれば、専門家なんて必要ありません。

では、実際の経済はどうだったのかというと、自由放任主義で何もしなかった結果、大恐慌に突入してしまったわけです。
そんな状態に疑問をいだいたのがケインズで、『自然に身を委ねるのではなく、経済学を利用して、不景気を抜け出すために積極的に行動を起こしていくべきだ』と訴えたんです。

ケインズの経済学と現状

経済の仕組みを考え、積極的に行動を起こすことを訴え、行動の起こし方を発明したケインズですが、では、その経済学は現在でも通用するのでしょうか。
結果としては、現状の世界経済を観てみれば分かりますが、上手く機能しているとは言えません。

では何故、上手く機能していないのでしょうか
答えは簡単で、ケインズの経済学の基礎となっている哲学部分が無視されているからです。
ケインズの経済学では、多国間の貿易については深く語られることはありませんでしが、それは何故かというと、国境を超えた貿易というのは、最終的には奴隷貿易や戦争に発展してしまうからです。
貿易というのは、1つの国が黒字を出せば、相手国は赤字を出すことになります。 世界全体の赤字と黒字は全て足し合わせるとゼロになるゼロサムなので、最終的には、弱い国に負担を押し付ける結果となってしまいます。
ケインズは、その事を予測していた為に、無駄な争いを避けるため、貿易に関しては積極的には言及しなかったようです。

これは、別に貿易に限ったことではありません。
人々が、自分の利益のみを追求すると、どんな素晴らしい理論を組み立てたとしても、結局は上手くいきません。
ケインズが否定したアダム・スミスの自由放任主義も、その根底には、利益を独占するのではなく、得た利益は社会に還元することが前提となっていたわけですが、それが無視された為に、上手く機能しなくなりました。

有名な経済学者が口を揃えて主張するのは、利益の独占ではなく、社会に対しての還元が行わなければならない。
その為には、一人ひとりが経済の構造をしり、徳を高めて、社会全体の利益を考えなければならないわけですが、競争社会の資本主義社会の元では、そんな精神は鼻で笑われ、皆が他人よりも一歩先を進む事しか考えません。
結果として、企業が挙げた利益は労働者に還元されること無く、資本家や企業が貯め込む形で肥大していき、二極化が進んでいます。

ケインズが、自身が編み出した理論で本当に伝えたかったことは、その根底にある哲学だったわけですが、その部分が無視され、小手先の技術だけを参考にされた為、上手く機能しなかったのでしょう。
最近では、『哲学なんて、何の役に立つの』なんて意見も頻繁に聞くようになりましたが、そんな状態では、どんな理論を持ってしても、結局は行き詰まる様な気がしてしまいます。