だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

理系人口が増えないのは何故なのか

ここ最近、『日本で理系が育たない。』という話をよく聞きます。
はじめに聞いたのが何年前だったのかは忘れたしたが、結構前から、この様なことは言われていたような気がします。
にも関わらず、何故、これが改善できないんでしょうか。原因は、何なんでしょうか。
ということで今回は、これらの事について考えていきます。

原因は非常に簡単で、理系は労力の割に儲からないからなんでしょう。
『原因は金だけ?』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、資本主義社会では、金は評価の全てです。
必要とされるから、評価されるから、資本主義社会では金が得られるのです。

逆にいえば、金が貰えないということは、評価もされていないし、必要とされていないという事。
必要とされていない分野に積極的に行こうと思うのは、余程、その分野が好きな人だけでしょう。
資本主義社会では、特定分野の人口を絶対値として増やしたいのであれば、儲かる環境を作るしかありません。
しかし、日本では何だかんだで、それが出来ていない。それが、理系離れが解消できない唯一の原因でしょう。

これを聴いて、『科学者も、それなりに給料がもらえるんじゃないの?』と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、現在は低所得者層が増えているので、大きな会社の科学者・研究者はそれなりに給料をもらっていると感じる方も多いかもしれません。
文系と理系で平均年収を比べると、理系のほうが高いというデータも多く有るので、平均値で観ると、理系は評価されていることになります。
しかし誤解の無いように書いておくと、ここでいう評価が低いというのは、平均年収とかそういうものではありません。

また、数字において平均値ほど信用できないものはありません。
例えば、年収100万円の人間が100人いたとします。その中に、年収1億人の人間を1人放り込めばどうなるでしょう。
101人の平均年収は、たった一人の富裕層によって、約2倍に引き上げられる事になります。
逆も同じで、極度の貧困層が一定割合存在すると、平均値は大幅に引き下げられることになります。

もう少し具体的に書いてみると、文系の給料は平均値は理系よりも低いが、桁外れの高所得者層がそれなりにいる。
ただ、その一方で、貧困層もそれ以上に多く、結果として平均値では文系の方が低い値になっている。
その一方で理系というのは、技術職的な側面が有る為、何も特技を持たない人間よりも、基本的には給料は高いんですが、桁外れの高所得者層は少なく、その一方で貧困層も少ない。
つまり、平均値の人が多い。

苦労した上で平均値よりも少し上ぐらいの給料をもらって、平穏に暮らしたいと思っている人は、理系の道を選ぶのが良いのかもしれません。
ですが、出世して平均値を大きく超える給料をもらいたいと思うのであれば、文系一択になってしまうのが、今の日本なんでしょう。

簡単にいえば、文系は上手く行けば、楽して一攫千金のチャンスが有るが、理系は苦労して平均所得より少し上という事。
もっと噛み砕いていえば、文系は夢が有るが、理系に夢は望めないということでしょうか。

これは、実際に世の中に出回っている商品を見てもわかりますよね。
例えば、ペットボトルに入った水素水を堂々と販売するなんて事は、理系には無理でしょう。
そもそも水素を口から取ったところで、ゲップやオナラで出てくだけですし、水素分子は小さいので、ペットボトルでは閉じ込められず、出ていくそうです。
つまり、科学的根拠はなんにもないわけですが、それで結構なお金が動いたりします。

水関連でいれば、水に『綺麗だよ』なんて言葉を投げかけると、水の分子がきれいになって、それを飲むと健康に良いなんて話もありましたよね。
それを鵜呑みにした教育環境の人が、その話を道徳の時間に教えたり、『綺麗だよ』と投げかけて出来た水で牛を育てる酪農家なんてもの登場しましたが、そんな事が理系の人に出来るでしょうか。
先ず無理でしょう。まともな神経を持った理系の人は、そんな非科学的なことを堂々と発言することは、恥ずかし過ぎて出来ないでしょう。

こういったことが出来るのは、科学的な知識がないからこそ、それを無視して背景にストーリーを作ることが出来る、文系の人だけでしょう。

その一方で理系はというと、中村さんという方が苦労して青色発光ダイオードを作ったら、『会社の金と設備を使って作ったんだから、会社のもんだよね。』と作ったものを取り上げてしまう。
その日亜化学工業という会社の行為にあまりにムカついて、日亜をやめてアメリカの別会社に再就職したら、日亜がアメリカの再就職先の会社に嫌がらせをしてくるしまつ。
その嫌がらせに耐えきれなくなった中村さんは、とうとう裁判を起こすという事態にまでなってしまった。
しかし日本のメディアは、日亜の嫌がらせ部分には触れず、『発明が成功した途端、今まで支えてくれていた会社をやめてアメリカに!』って感じの報道しかしない。
中村修二 ‐ 通信用語の基礎知識

青色発光ダイオードなんて世紀の大発明をした人ですらこんな扱いをされるわけですから、他の無名な科学者なんで、本当に飼い殺し状態なんでしょう。
その一方で文系は、先程も書いた通り、科学理論なんて無視して、聞こえの良いストーリーやベースさえ作ってしまえば、一攫千金が可能です。

この前も、ほぼ日手帳が上場しましたよね。
科学者が、試行錯誤をしながら理論や実験を繰り返す一方で、手帳のレイアウトで上場まで出来てしまうのが文系の凄いところです。
手帳が大ヒットして売れるだけでも濡れ手に粟状態なのに、創業者は株式上場に伴う株の売却益でも、ものすごい額を手にしたことでしょう。

本来、上場というのは、資金が必要な企業が株主を公募することによって返済不要の資金を得て、それを設備投資などに使って、更に成長するというのが目的で行われます。
キャッチコピーや手帳のレイアウトなんて、基本的には大掛かりな設備投資は必要ないので、上場目的は、株式売却による上場益以外はない。つまり、上場ゴールなんですが、創業者の方は、ここでも独自のストーリーを展開して、周りを納得させていましたよね。
そのストーリーは、自分がいなくなったとしても、会社が残るようにだそうです。 別に、上場しなくても会社は残りますよね。
でも、こんなストーリーを作って誤魔化すことが出来るのが、文系の強みです。

ただのバッグも、ストーリーを付けて、有名なロゴを付けるだけで、5万のものが150万になる。
LSDをキメながら、上から絵の具を垂らしただけの作品も、ストーリー次第で150億で売れる。
これらの文系の可能性を考えたら、今の社会で理系を選ぼうとは思えません。
だって、理系で同じぐらいの注目を浴びようと思ったら、ノーベル賞が必要ですから。。

ノーベル賞を取ることに比べたら、一つのストーリーで一発当てる方が、確立は遥かに高いでしょう。
本当に理系を増やしたいと思うのであれば、単純に助成金を出すといった短絡的なものではなく、理系が認められやすいように社会構造から変革させていく必要があると思うんですけどね。