だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

不自由な生活を求める人々

先日、文化レベルと自由の関係というタイトルでブログを書きました。
簡単に振り返ると、文化レベルが上昇すると、自由が無くなるという話です。
その不自由も、他人から強制されるわけではなくて、むしろ自分達で自由を抑制してしまうという話でした。kimniy8.hatenablog.com

この、自分達で不自由な世界を望むという部分が、納得されずらいのではないかと思ったので、別の例を用いて書いていきます。

少し前に騒がれていて、今では定着しつつある【防犯カメラ】
今では、店舗前や路上など、色んな所に取り付けられています。
これらのカメラは、犯罪が行われた際にも活躍、犯人の行動を記録することで、犯人逮捕に役だっています。
最近のニュースを見ても、監視カメラ映像が映し出され、操作強直を求めるケースが増えてきました。

防犯カメラは、映し出す映像そのものにも価値がありますが、『記録されているかも知れない』という認識そのものが、犯罪を留まらせる効果もあります。
また、そこら中で撮影されているということは、自分が無実の罪で捕まった場合、防犯カメラの映像がアリバイを立証してくれるというケースもあるでしょう。
そもそも犯罪を犯す気が無い人間からしてみれば、映されたとしても不都合があるわけでは有りませんし、防犯カメラが彼方此方にある事で犯罪が減るのであれば、歓迎するという人も多いでしょう。

しかしこの【防犯カメラ】が導入された当初は、反対が結構多かったんですよね。
カメラがそこら中に有る世の中というのは、言い換えれば監視社会。
当然、自由を抑制する社会です。
その状態は受け入れられないとして、人権は弁護士等が全面に出て、人権侵害と主張して反対していた時期があるんですよね。

しかしその後、実際にどうなったのかというと、防犯カメラはそこら中に付けられて、それだけに限らず、自己の際に活躍する車載カメラ、ドライブレコーダーなんかも結構売れているわけです。
つまり庶民は、犯罪・事件が起こるかもしれない自由な社会よりも、少しぐらい自由が抑制されても、監視される安心感を選んだといえます。


その他で、現在進行形で進んでいる例を上げるのであれば、【タバコ】が分かりやすいでしょう。
昔の映画やテレビなどを見ると、タバコを吸うシーンがやたらと出てきました。
例えば、ブレードランナー
主人公がある店の扉を開けて中に入ると、中にいる人間の大半がタバコを吸っていて、煙で見えないというシーンが有りました。
これが、結構格好良いシーンなんですよね。
キャラクターでも、ハードボイルド・ダンディーといった、男が憧れるようなキャラクターはタバコを吸っているシーンが結構多かったですよね。

そんな影響もあったのでしょうか、昔は煙草を吸う人を沢山見かけましたし、飲食店などで煙草を吸っている人も結構いました。
昔はそんな状態が普通でしたし、文句の声は有ったのかもしれませんが、今ほどは大きく有りませんでした。

それから時が過ぎて現代。
今はどうなったかというと、多くの場所でタバコを吸えなくなっています。
喫煙者は、喫煙スペースに追いやられ、肩身の狭い思いをしているようです。
同じ映画の例えでいえば、宮崎駿監督の『風立ちぬ』で、煙草を吸うシーンが有ったというだけで、苦情が来たという話も聞きました。

この現状は、国が強制的に煙草を禁止しているというよりも、一般市民側の気持ちが大きく作用しているんですよね。
煙草を吸う人間にとっては自由の抑制になるわけですが、私の様に煙草を吸わない人間にしてみれば、単に住みやすくなっただけ。

煙草を何処でも吸うことが出来る自由を捨てて、受動喫煙を受けない抑制された社会を選んだんです。
歴史的に見ると、この様なケースは繰り返されてきて、その都度、自由は少しづつ抑制されてきました。

タバコより前で印象的だったものは、覚醒剤でしょう。
私が子供の頃は、『覚醒剤止めますか?それとも人間やめますか?』といったCMが毎日の様に流れ、そこら中に死神のポスターが貼られていました。

そして今現在では、覚醒剤はやってはいけないことが浸透。
やらない事が常識ですし、大半の人は、覚醒剤に接すること無く暮らしています。

しかし、私の祖父母が若かった時代は、覚醒剤ヒロポンという名前で普通に薬局で販売されていたようです。
用途は、今でいうところの栄養ドリンクのような扱いだったようです。
飲むことで、眠気が収まって元気・やる気が出て、集中力が増す。
数十年前の日本では、ユン○ルを飲むように、ヒロポンを飲んでいたようです。

この状態を、長い年月をかけて『悪い』というイメージを浸透させ、覚醒剤を使用する自由を抑制させていったのです。
といっても、この手の薬物は、意思の弱い人が使用すると身を滅ぼすので、使用禁止は正解だったんだろうと思いますけども。

この覚醒剤が一段落したので、次のターゲットがタバコに切り替わったのでしょう。
タバコも今では、『悪い』イメージが定着しつつありますし、若い人の喫煙率も下がってきています。
吸わない事が常識になるのも、時間のもんだなのでしょう。

そしてその次は、【酒】がターゲットになるのでしょう。
これも、どこかから圧力がかかって抑制されるのではなく、自然と抑制されるような空気に支配されて、いつの間にか自分達で自主的に抑制していくのでしょう。

何故こんな事になるかというと、人は自由よりも、ルールを求めるものだからでしょう。
人は息抜きとして、ゲームをして遊びます。
テレビゲームだったり、カードゲームだったり、体を使うサッカーや野球やボーリング。
これらのものは全て、しっかりとしたルールが存在します。
遊びとは、ルールの中で精一杯頑張るもので、普段の生活と比べてもかなり抑制された世界に身を投じるものです。

自由こそが素晴らしいと思われている世界で、抑制されて自由を奪われる事で、ストレスが発散される。
このことからも、抑制された不自由な生活を求める姿勢が分かりますよね。

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