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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿 】第25回【ヒッピー】ティモシー・リアリー(1) ~ビート・ジェネレーション

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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第20回21回では、ヒッピームーブメントが起こる時代背景について、そして、22回、23回では、そのムーブメントに大きな影響を与えた、LSDと、その開発に関わっていた政府や軍について話していきました。
過去の4回は、ヒッピー革命を理解する為に、その前提となる内容を中心に話してきましたが、今回からは、それらの話を踏まえた上で、より詳しく勉強していこうと思います。

本題に入る前に、何故、ヒッピームーブメントについて取り上げる事にしたのかについて、話していきます。
前回までの放送で、ヒッピームーブメントを取り上げた理由として、東洋哲学との関連についても話してきましたが、理由はそれだけではないんです。
その他の理由としては、思想の変化というのが分かりやすいからなんですね。

思想の変化とはどういうことかというと、例えば仏教の場合は、開祖のブッダは、そもそも宗教その物について否定的でしたし、主張していることも、哲学者の懐疑主義的なものでしたよね。
宇宙と個人の根本原理が同一という前提から、更に発展させて、私自身が無である無我という境地に達する。
自分以外のあらゆるものと個人の主観を同一視する事で、他人を自分と同じように考えることが出来る、また同時に、個人を客観視することが出来るようにもなる。
そして、それらのもの全てが無いという事を体験によって理解することで、現実を客観視する事が出来るようになります。

では何故、この様な考え方が重要視されたのかというと、それまでに社会の前提となっていた考え方では、身分制度というのが大前提としてあって、それを肯定するために輪廻転生やカルマと言った考え方があったからです。
これは、どういう考え方なのかというと、下の身分として生まれてきた人間というのは、前世で悪いことをしたから下の身分に生まれた。そして、身分の高い者たちは、前世で善い行いをしたから身分が高い状態で生まれたという考え方です。

この考え方に対して異論を唱えたのが、ブッダですね。
ブッダは、今までの前提となっている考え方を完全否定するわけではなく、根本的な主張である梵我一如、つまり、宇宙と個人の根本原理は同じものだというのは踏襲しつつ、その解釈を変える…というか正確に解釈し直すことで、
輪廻転生やカルマといった、身分制度を肯定する考え方に異論を唱えたんです。それが、輪廻転生なんて存在しないし、生まれながらの身分制度なんて無いという事ですね。
そして、目の前にある世界というのは、当然のように有るわけではなく、自分が認識しているから存在しているように見えるだけと考え、この世界そのものも、混沌とした状態である事を主張しました。

しかしこの考え方も、時代を経る毎に変化していくことになります。
輪廻転生やあの世、極楽や地獄という存在は、いつの間にか存在していることになりますし、その宗教が下で、派閥が生まれたり、派閥が生まれることで争いが起こったりもしています。
中国や日本なんかでは、お坊さんが武装していた時期があったりもしますよね。

これは、仏教に限ったことではなく、どんなものが対象であったとしても、起こっていますよね。
キリスト教なんかでも、訴えているのは隣人愛ですよね。『与えよ、さらば与えられん』というのも、自分の欲を満たすのではなく、施しを与えることによって、人間が一番欲しいと思っている承認欲求が得られます。
また、この行動によって他人が自分に接する態度も変わる為、幸福感も得られます。
そして、そういう行動を皆が取れば、皆が幸せになれるという価値観の提示ですよね。
でも、時が流れれば流れるほど、解釈はドンドンと変わっていき、最終的には、世界中で戦争を起こすようになっていってますよね。

この様な解釈の変化が、何故、起こってしまったのかというのは、今となっては、詳細に知ることは出来ません。
しかし、ヒッピームーブメントというのは、今から50年ほど前の出来事で、比較的情報量も多いんですよね。その上、期間が10年程度という事で、追っていきやすいんです。
という事で、前置きが長くなってきましたが、本題に入っていこうと思います。

まず、このヒッピームーブメントと呼ばれる白人の若者たちが中心となって始まった動きですが、いきなり登場したわけでは無いんです。
社会というのは、基本的には絶えず問題を抱えているもので、その問題を解決する為に、社会に関わる『人』そのものの考え方が変わっていくことで、社会全体に変化をもたらしていくもので。
その変化が継続的に起こり続けることで、社会そのも変わっていきます。

ヒッピー革命も、その流れの延長線上で起こっていて、その前段階となる社会の環境が存在していました。
それが、ビート・ジェネレーションと呼ばれる人達が関わっていた、ビート運動と言うものです。
ビート運動というのは、主に思想的な運動だったようで、簡単に調べてみたところ、詩人たちの活躍が目立ちます。
この運動の中でメインとなっていた音楽はジャズで、集会を開いては、自作の詩を朗読するポエトリー・リーディングなどを行っていたようです。

年代としては、1955年~1964年で、中心となっていた作家は、アレン・ギンズバーグウィリアム・バロウズなどですね。
余談になりますが、サブカルの世界では、ブレードランナーという作品が結構有名で、観ていないとバカにされるレベルなんだそうですが、この作品の原作は、フィリップ・K・ディックが書いた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』なんですが、何故、『ブレードランナー』というタイトルになったのかというと、先ほど名前を出したウィリアム・バロウズが書いた小説のタイトルから取ったそうです。

本題に戻ると、ビート・ジェネレーション、ビートニクと呼ばれた人達は、何に不満を持っていたのかというと、アメリカという社会の方向性なんでしょうね。
人間の社会というものは、基本的には大きくなればなる程、シゴトの分化と言うものが起こってきます。
例えば、少数民族の場合は、生活を成立させるために必要な仕事の大半を、自分達で行わなければならないですよね。

でも、人が集まって人数がドンドン増えていくと、生活に必要な全ての仕事を一人で行う必要はなくなって、専門職が集まって、一つの社会を形成し始めます。
例えば、農業を行う人、酪農を行う人、家具を作る人、政治を行う人、治安を守る人、人を裁く人といった具合に、生活に必要な仕事が分かれていって、それぞれの専門職となっていきます。
そして、この流れは、産業革命以降の製品製造の自動化や、それに伴う資本主義、そして通信機器の発達によって、更に加速することになります。

この社会の方向性と行き着く先というは、非人間的なものになってしまいますよね。
時代はもう少し古くなってしまうんですが、チャップリンのモダン・タイムスという映画の内容が、この思想を理解する近道だと思います。
機械や情報技術が発達することで、人間が生活をする為に機械を使うのではなく、人間が経済というシステムを回す為に、機械に使われる事になります。

機械に使われる程に進んだ社会では、仕事の分化が更に進む事となり、そこまで技術が進んだ社会では、人間は自分が任された狭い範囲の事柄しか理解することも出来ないし、知る必要もなくなります。
そして人はドンドンと無知になっていき、自分で情報を調べることもなくなっていきます。
こうなると、社会で起こっていることを知る方法は、テレビや新聞度、一方的に発信される情報を鵜呑みにしていくわけで、これらの情報でシステムをより強化するような事が論じられると、人はそれを疑うことなく信じることになります。

仕事を分化して細切れにすることで、全体を見れないようにして、一方的な情報を与える事によって、このシステムをより強固にしていく。
人は、生まれた段階でこのシステムに組み込まれてしまい、このシステムを回す為に、選択肢を限定されていくわけですが、情報操作によって、まるで自由が与えられているかのように錯覚し、与えられた選択肢を自分の腕で掴み取ったかのように錯覚してしまいます。

分かりやすいように、日本の現状で説明すると、子供が生まれた段階で、子供の将来のことを考えて、親は教育する事になります。
当然のように義務教育を受けて、当然のように高校に進学し、大学に行って就職する。
良い会社に就職できれば勝ち組で、ブラック企業に勤めれば負け組となるわけですが、じゃぁ、良い大学を出て良い就職先に務めることは、自分自身で勝ち取ったものなのかというと、そうではありません。
学歴というシステムによって選別されて選択肢を限定されます。その中で、性格や見た目などの情報によって、更に選別されて、社会の一員としてシステムに組み込まれていきます。

では、社会に入って仕事をすると、社会のことが分かるのかというと、そうでもありません。
社会はピラミッド構造になっていて、上の人間は下の人間に指示だけを出す為、現場のことが分かりませんし、下の人間は指示を受けた仕事を機械的にこなす為、自分のしている仕事の全体像が分かりません。
自分が何をしているのかわからない状態ですが、取り敢えず毎日出勤をして、意味があるのか無いのかわからない仕事をして、それを終えて帰宅する。
帰宅すると、夕方や深夜に放送されるニュースを観て、世の中が分かったような気になって、次の日に備えて眠りにつく。

この世の中には、一見すると様々な選択肢が与えられていて、自分の生活はその選択肢の中から自分で選び取ったものだと思わされているわけですが、実際には行動は縛られていて、限られた範囲の中で自由を与えられているにすぎないんです。

学校に在学中は受験勉強に追われて、学校を卒業する頃には就活に追われる。そして、就職が終われば仕事に追われ、その中で婚活をしなければならない。
婚活が終わると、子供を産まなければならない圧力に晒されますし、産めば産んだで、その子をレールの上に載せなければなりません。
全てが終わった頃には体力も限界に近づいているでしょうし、今度は死ぬための準備として、終わる活動、終活をしなければなりません。

これでは、自分達が生活する為にシステムを利用しているのか、システムを維持する為に繁殖させられているのか分かりませんよね。

こういった状態を管理社会とも言うのですが、この管理社会の現状に疑問を持ち、文学面から問題提起をして、反抗した人達というのが、ビート・ジェネレーションだったのでしょう。
ビートという言葉の意味は、『打ち負かされた』という意味で、ビート・ジェネレーションは当初は、『打ち負かされた人達』や『人生に疲れた奴ら』というネガティブな意味でドロップ・アウトした人達に向けて使われていたようですが、後に、『アップビートでいこう』とか、『幸せをあなたに』といったプラスの意味も付加されて、正と負の2つの意味を含むようになったようですね。

ヒッピーというのは、先ず、このビート世代を前提として、そこに新たな価値観が加わって大きく成長したものだと考えた良いと思います。
その新たな価値観というのは、LSDによる意識拡張ですね。
そして、このLSDという幻覚剤で、最も大きな影響を受け、そして最も大きな影響を周りに与えた人物というのが、ティモシー・リアリーという人物だと思います。

という事で、今回からのヒッピー・ムーブメントの考察は、このティモシー・リアリーという人物を中心に、考えていこうと思います。
一応最初に言っておきますけれども、今回からの放送では、人物名や団体名、年号などが結構多めに出てくると思いますが、別にそれらを覚える必要はありません。
受験勉強などではないんでね。 大体、どんなことが起こっていたのかというのを理解してもらえれば、それで大丈夫です。

という事で本題です。
このティモシー・リアリーという人物ですが、元々は臨床心理学者で、心理学関係の教科書なども執筆している、結構優秀な学者さんだったようです。
心理学を応用して心理テストなども制作し、その心理テストはできが良かったのか、CIAが社員を選別する為に使ったとも言われています。
この様に、心理学者としての道を順調に進んでいたリアリーは、その優秀さからかハーバードから声がかかりそこで教職を得ることになリます。

ハーバードでも、自分なりに心理学の道を進んでいたようなんですが、これまでが上り調子で順調に進んでいたのに対し、ハーバードに就職後は、思ったよりも功績も出せずに、足踏み状態、踊り場に差し掛かっていたようなんです。
1959年のそんなある日のことですが、同じ心理学者の友人から、マジックマッシュルームを進められることになります。
当初は乗り気ではなかった様なんですが、物事が順調に進んでいない時だったからか翌年の60年には、リアリーは誘いに乗って、幻覚成分を含むマジックマッシュルームを試してしまいまうんですね。

この最初のトリップで、リアリーの人生が大きく狂うことになります。
というのも、キノコによってもたらされた幻覚によって、今までの価値観が書き換えられてしまったからなんです。
幻覚成分を含むキノコというのは、キリスト教の世界では特に厳重に禁止されていたようなんですが、その理由というのが、この、価値観が書き換えられるほどの経験です。
うまい具合にトリップすれば、誰でも神の声を聞くことが出来るし、啓示を受けることも出来ます。天使が目の前に降りてくるという軌跡も、実際に見て体験することが可能となるわけです。
幻覚剤はそれ程までに強烈な代物で、リアリーはこの時、今までの人生が揺らぐほどの大きな影響を受けたようです。

リアリーは、これまでの心理学の研究で、人間の行動を変化させる鍵は自分自身を性格に知る事だと主張していたようなんですが、それが薬物によって瞬時に起こることが分かり、また意識拡張によって、自分自身の殻を瞬時に破ることが出来る。
そして、それを幻覚という形で実際に体験する事で、いつでもその体験を思い出すことで再現できる事に興味を持ち、このトリップ以降、リアリーは研究対象をキノコの幻覚成分であるシロシビンに移します。

この研究を進めていく中で、リアリーはオルダス・ハクスリーという人物の書いた、『知覚の扉』という本を知ることになります。
この、『知覚の扉』という本は、私は読んだわけではないんですけれども、作者自身が幻覚剤であるメスカリンを投与した際のサイケデリック体験と、その体験の考察を書いているようですね。
ですから、体験中に何を考えていたのか、また、体験後に、現実世界をどのように感じることになったのかと言った体験する前後の感覚の差や、その考察などでしょうね。

私自身は、幻覚剤に限らず禁止薬物は使用したことがないので、当然のことですが、幻覚剤も使用したことはありません。
ですので、これらの幻覚剤の話は出版されている体験記やネットからの受け売りが多いのですが、この幻覚剤体験を一番理解しやすいものとしては、LSDを投与直後に、自画像を描いてもらうという実験が面白いです。
実験内容はそのままなんですが、絵がかける人に短時間で簡単な自画像を描いてもらい、LSDを投与してからも、一定時間ごとに書き続けてもらうという実験です。
LSDのトリップは6時間ほど続くと言われているので、その中で人間の感覚がどのように変わっていくのかというのが、目で見て理解しやすいと思います。
『LSD 絵』なんかで検索すると、すぐに出てくると思いますので、興味の有る方は見てみてください。

この『知覚の扉』を書いた、オルダス・ハクスリーという人物ですが、多数の科学者を排出したハクスリー家に生まれて、父親はダーウィンの進化論を指示する有名な学者のようですね。
オルダス・ハクスリー自身は、科学ではなく小説家として有名で、『素晴らしき新世界』という作品では、ディストピアとしての管理社会を風刺しているようです。
SF作品なんかでは、完全管理社会の中で抑圧される人々が、自由を求めて政府に対して向かっていくなんて作品が多いですが、それらは、先ほど紹介したビート・ジェネレーションの影響があるのかもしれないですね。

リアリーは、本を通してハクスリーに興味をいだき、本人にも会いに行くのですが、これ以降の話は、また次回にということで。