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ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

マルクス青年期の草稿を読んでの考察 (後編

今回の投稿は、『経済学・哲学草稿 マルクス』を読んでの考察の続きです。
簡単な本の説明はこちらでしています。
kimniy8.hatenablog.com
今回は前回投稿の続きとなりますので、そちらを読まれていない方は、まず、そちらから読んでいただければ幸いです。
kimniy8.hatenablog.com

前回までの投稿では、崩壊した共産主義国の行動とマルクスの主張は関係がない。いってみれば、マルクス擁護で書いてきたわけです。
では、マルクスが主張する通りの社会になれば上手くいくのかについて、もう少し考えていきます。

結論からいえば、前回の冒頭に書いた結論通りになるのですが、実践したくても実践できないのが現状でしょう。
その理由は、人間はマルクスが考えるよりも遥かに愚かだからです。

マルクスの主張を実行するためには、全ての人々が客観的な目線を元に、社会に何が足りていないかを感じ取って、需要を埋める必要が有ります。
しかし人間は愚かなので、例え求められていたとしても、辛いことはしたくない。
多くの人が、大した努力をしなくても、周りからチヤホヤされて自己承認欲求を満たせる仕事をしたいと考えるでしょう。
結果、人気の有る労働と無いものに分かれてしまう。
労働の成果をを評価する側が労働内容を熟知していて、人気が無く、面倒くさい仕事ほど高評価を示すような社会であれば、人気の偏りも徐々に修正されていくのでしょう。
ですが、そこまで考える人も現状では少ない。

これは、人々が客観的目線を持たないことによって、やりたい仕事と求められている仕事の間にミスマッチが起こっているということ。
マルクスが主張するような社会になる為には、人が自分の欲望に正直になって職業を選ぶのではな、客観的な目線で自分の価値を見直し、社会に必要とされていて、且つ、自分が出来る事を選択する必要が有ります。
また評価する側も、その労働の価値を知る必要があり、大変な仕事ほど評価をして尊敬できる社会にならなければならない。

しかし現状をみると、有名になりたいという一心で芸能界を志す人は多いし、もっと手軽に人気ものになる為にyoutuberになる、多くの人がそう考えて底辺youtuberが大量に生産されている状態で、まだyoutuberになりたい人も多い。
その一方で、コンビニ店員などの、覚える・実行する業務が多い割に薄給という職業の人は見下されがちです。
どちらが社会の重要度が高いかを客観的に考えれば分かることなのに、人はテレビに出ているというだけで芸能人をチヤホヤし、低賃金労働者を見下す行動を取る。

つまり、労働の選択と評価を人の自由にさせてしまうと、結局のところは人気の偏りが出て、労働のミスマッチが起こってしまう。

その一方で資本主義の場合は、生きる為に労働が強制される為、儲からない人は市場からドンドン淘汰されていきます。(もちろん、それでもしがみつく人はいますが。)
仕事にあぶれた人は、人が嫌がるような仕事を引き受けなければ生きていく為のお金が手に入れる事が出来ない為、結果としてミスマッチが解消されて上手くいってしまいます。

では、資本主義は優れているのかといえば、そうでも無い。
前回も書きましたが、仕事が強制される世の中で供給過多の状態が生まれれば、労働者の立場に比べて圧倒的に資本家の立場が強くなります。
資本家は圧倒的な立場の差を利用して労働者からの搾取を強める事で、その差は更に広がって決定的なものとなります。

先日発表されたニュースでは、世界でTOP8人の資産総額が、下位36億人の資産総額と同じになったようです。
www.mag2.com
つい1年前は上位62人と下位36億人が釣り合っていたことを考えると、格差はより広がったことが分かるでしょう。

資本主義による競争社会では、資本家と資本家が争うことで優劣を決め、負けた方は資産を失い、そこで働いていた従業員も職を失います。
その人達が新たに労働市場に供給されることにより、労働者は供給過多の状態になり、資本家にとっては有利な状態が生まれます。
これが繰り返される事で、勝者の資産はより高く積み上げられ、労働者の生活は、より、厳しくなります。

ノブレス・オブリージュって言葉を資本家が知った上で実践してくれていれば問題はないのですが、資本家は自分達の資産を増やすことにしか興味が無いので、格差は広がる一方になる。
今は上位8人と下位36億人で資産額が釣り合っていますが、数年先には1人の資産家と下位36億人が釣り合うことになるのでしょう。

こうして考えると、マルクスが考える理想的な社会を実現するのは現状では無理で、人間はもっと精神的にも成長する必要がある。
ただ、人間の精神的な成長などは紀元前から議論されていることですが、いまだに実現していないことを考えると、この先も難しいと考えるのが妥当。
資本主義の場合は、社会の一部となって労働することが強制される為に、社会自体は成立しやすい状態にあるが、労働者を使う資本家は自分の利益を伸ばす為に行動をする為、結局のところ格差が広がってしまう。
格差は少しなら競争心を呼び起こして原動力にすることが可能だが、差が決定的に広がると労働意欲が削がれてしまう為、最悪、システムは止まってしまう。

解決策としては、本来であれば社会貢献しなければならない資本家が役割を果たさないのだから、その資産家の財産が再分配されるシステムをつくっていくことなのでしょう。
具体的には、資産家により重税を課すような累進課税の実行なのでしょうが、競争社会ではこれも簡単なことではなかったりします。
何故なら、課税も競走対象になるからです。

仮に日本で所得税や事業税の大幅な増税を行った場合、自分のことしか考えない資産家達が行う行動は、日本を捨てて税金の安い国に逃れることです。
逆に、他国よりも安い税金を提示することで金持ちを誘致することが出来れば、労せず税金を得ることができる。
競争社会では全てが勝者である資本家に有利に働くため、根本解決は資本家が精神的に成長し、自らの意思で再分配を行うしか無く、再分配された人々が心からその行動を評価して尊敬することしか無いのでしょう。
ただ、先程の繰り返しになりますが、精神的成長は紀元前から指摘されていることなのに、数千年経った現在でも出来ていない。

人間は、行き着くとことまで行って、また、戦争や革命が起こって全てが御破算になるのを繰り返す事しか出来ないのかもしれませんね。

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