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だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【本の紹介】 経済学・哲学草稿 マルクス

久しぶりの本紹介。今回紹介する本は、『経済学・哲学草稿 マルクス』です。


      

共産主義の父と呼ばれているマルクス
資本主義者からは批判されることも多く、『マルクス』という名前を出すだけで、一部では極左扱いされる感じの方ですが、具体的にどんなことを主張されているのかを知らなかったため、今回この本を読んでみました。

訳された方が当時の話し方や原文を忠実に訳そうとされているからか、途中、非常に読みにくい部分なども多々あり、学がない私が理解出来ているかどうかは分からず、誤解して解釈してしまっている部分も多くあるとは思いますが、そんなことは気にせずに、簡単な感想や内容を書いていきます。
この本では、賃金・土地といった経済的なことから哲学的なことまで書かれていますが、今回は経済を中心に書いていきます。

マルクスといえば、冒頭でも書きましたが、アンチ資本主義で共産主義の父なんて呼ばれている方で、経済方面で有名な哲学者。
経済といえば、現在は世界中に失業者が溢れ、失業率が低いと言われている日本では二極化が進み、貧困層の収入がより下がる悲惨な状態になっています。
この様な現状を前に、テレビの経済系コメンテーターなどは、『デフレなんて現象は教科書に乗ってない異常な状態!』なんていってますが、この本を読めば、これらのコメンテーターやアナリストが単なる無知・勉強不足であることがよくわかります。
というのも、マルクスは今から170年も前に資本主義の矛盾に気づき、デフレ経済になって二極化が進み、貧困層がより貧しい生活を送らなければならないことを指摘していたからです。

マルクスが指摘する資本主義の矛盾を、簡単に観ていきましょう。
まず大前提として資本主義社会では、資本家が資金を投資しなければ事業が起こらないわけですが、その資本家が『投資をする』という判断を下すのは、儲けが出る時に限ります。

例えば、金利が6%の場合。(今でこそ超低金利だが、金利6%は高金利ではなく通常の金利
資本家は何も行動を起こさなくても、金融機関にお金を預けるだけで6%の利益を得ることが出来ます。
この資本家が投資をして事業を起こす判断を下す場合、最低でも6%より多い利益を出さなければ、投資する意味がありません。
事業の失敗などのリスクを考慮した場合、最低でも10%超の利益がないと事業を起こす意味が無いということ。
仮に、1億円の資金を投資して事業を起こす場合、投資家が手にする利益は最低でも1000万円以上でないと意味がない。当然、利益は多ければ多いほど良い。
これが大前提。

次に、事業を起こした場合、実際に作業を行う人間を雇わなければなりません。
この際、当然のように人件費が発生するわけですが、この人件費は、考えられる限りで最低の値段に抑えられることになります。
というのも、投資家が受けとる利益は、売上から材料費やその他諸々の経費を差し引き、そこから人件費を差し引いたものであるため、資本家が最大の利益を手にしようと思えば、人件費は最低の額に抑えなければならない。
当然、引き下げすぎると必要な人員が集まらない為、必要な人員が集まるギリギリのラインというものは存在するが、そのギリギリラインに給与額は落ち着くことになります。

この様に資本家は、必要な経費をより低くする事で自身の利益を最大化出来るわけですが、この資本家の間でも競争が起こります。
需要と供給の関係で、市場に供給するものが少なくて需要が多い場合は問題ないですが、供給が勝る供給過多の状態になった場合、似たような商品間で販売競争が起こります。
大抵の場合は値段の勝負になる為、自社の商品のシェアを伸ばすためには、商品価格を引き下げなくてはなりません。
商品価格を引き下げる為に必要な事は原価の削減。材料費などをは大量購入する事である程度は安くなりますが、それでも限界は有る。となると、経費削減対象は最も高い固定費である人件費ということになります。
製造機械の導入や、賃下げ・サービス残業の強要などで製品価格を引き下げる事で市場シェアを奪い、資本家は他の資本家に勝とうとする。

この一方で効率化によって起こることは、従業員の価値の低下です。
今まで、1個制作して5000円の手間賃を貰っていた従業員がいたとしましょう。
これを、生産工程を細切れにして効率を高める分業によって5倍の生産が可能になった場合、商品1個の制作に対する手間賃は1000円以下に引き下げられます。
単純作業を機械によって自動化し、機械に出来ない部分を人間が補うことで更に10倍の生産が可能になった場合、商品1個辺りの手間賃は100円以下にまで引き下げられる。
この様に、効率化・合理化が進めば進むほどに労働者が制作するものの価値は下がり、労働者は技術を持つ職人ではなく、生産設備のパーツとなり下がる。
資本家は上手く動かないパーツは他のバーツと入れ替えることで最高の生産体制を手に入れようとし、その一方で労働者は『いくらでも変えのあるパーツ』となる。
これは、人が、労働市場で売買されるパーツという商品に変わるということです。

当然のように、資本家間の戦争で不利に立たされた資本家は、より、労働者に過酷な条件を突きつけて働かせることになる。
従業員はこれに逆らうことが出来ず、従うしか無い。
何故なら、自分が属する資本家がその戦争に負けた場合、資本家は投資した資本を失うだけだが、労働者は収入源を失うことになるからです。
資本主義社会では、あらゆるものがお金によって取引される為、生存する為に、お金を手に入れ無ければならない。
資本を持たない人間は投資によって稼ぐことが出来ないため、お金を手に入れる為には労働せざるをえない、選択の余地はない。
選択の余地がない人間は資本家によって安価で買われ、資本家間の戦争の兵隊とされる。

唯一、労働者が資本家に対して強く慣れる環境は、供給不足で人員の獲得合戦が行われている状態だけですが、この状態も『効率化』によって、直ぐに解消されてしまいます。

資本家間の戦争に負けた資本家は、一部の資本を失ってしまう。撤退時期を見誤った資本家は資本全てを失い、生存する為に労働者とならざるをえない。
小資本家は中資本家に食われ、中資本家は大資本家に食われ、そして大資本家同士の戦争となる。
負けた資本家とその奴隷である労働者は、再び労働市場に投入される為、需要と供給の関係から労働者の価値はドンドン下がっていく。
その一方で戦争に勝った資本家は安価な奴隷を買い放題となる為、その環境を利用して更に収益を高めることが可能となる。

結果として世界は、大多数の貧困にあえぐ労働者と、一握りの資本家の二極化状態になる。

今の先進国の状態を箇条書きで説明しているかのようですが、冒頭にも書きましたが、これは170年前にマルクスによって指摘されている資本主義システムの欠陥です。
その指摘方法も、需要と供給という経済において最もシンプルで分かりやすいもので批判されていて、かなり分かりやすい。

こんな風に絶賛した感じの感想を書くと、『社会主義国家はことごとく悲惨な運命を辿っているだろう!』なんて指摘をドヤ顔でカマしてくる人間もいるのでしょうが、この本でも書かれている『労働』についての記述をみると、崩壊の原因はマルクスの主張が間違っているというより、マルクスの主張の中から自分たちにとって都合のいい部分だけを取り上げて改造して採用したからでしょう。
長くなってきた為、そのことを踏まえた感想はまた次回という事にさせて頂きますが、ここまで読んで興味をもった方は、一度読んでみることをオススメします。

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