だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

徐々に変化する価値観と経済

この投稿は、前回までの続きです。
読まれる方は、先にそちらからお読みください。

kimniy8.hatenablog.com

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前回の投稿は、競争社会の行き着く先には争いが待っているという事について書いてきました。
競争社会というのは合理的な面も多いのですが、突き詰め過ぎると、いかにライバルを市場から追い出して一人勝ちするのかという思考に陥りやすいんですよね。
それよりかは、共産主義的な考えに移行した方が良いというのが、私の主張です。

では、そんな競争社会に意義申し立てをして、共産主義革命を起こすべきなのかといえば、そんな事も考えていなかったりします。

同じ様な事を考えている人は他にも沢山いて、既に行動を起こしていたりします。
そんな人達の足を引っ張らないでおこうというのが、私の主張だったりします。

誤解のない様に書いておきますが、国会前でプラカードを持って抗議していたりする人のことを言ってるわけでは有りませんからね。

では、共産主義的な行動を起こしている人・組織は、どんな人かというと、GoogleだったりAmazonだったりします。
例えばGoogleの行動などを見てみましょう。

ここ最近で有名な活動といえば、自動運転車が挙げられますよね。
あの自動運転車ですが、単純に運転しなくて良いから楽で、事故や渋滞が減るのであれば、さらに良いという話をよく聞きます。
しかしGoogleの考えは、その更に先に行っているようです。

車といえば、今までは所有することが当然だったものです。
日本でも田舎などでは、家族1人に対して一台が当たり前なんて言われていたりしますよね。

しかしGoogleは、自動車を一人一人が所有するのは効率が悪いと考えます。
例えば通勤で使う場合、家から職場まで自動車を使うと、その後は退社時間まで会社のガレージに置きっぱなしになります。
これでは非常に効率が悪い。
ですが、車が自動運転だとしたらどうでしょう。

いたる所に車が配置されていて、利用者はスマートフォン等のアプリで呼び出しボタンを押すだけ。
それだけで、一番近くの車が迎えに来てくれて、職場まで送ってくれます。
職場まで送り届けると、園周辺の呼出信号を拾い、また別の人を送っていく。
このシステムはカーシェアリングの強化版のようなもので、個人個人が車を所有する必要が無くなります。

これが実現すると、当然の様に必要とされる車の台数は減少します。
また、一人が一台を所有するわけではないので、個人が負担する金額も大幅に減るでしょう。
クルマの供給は今よりも更に安定的になるので、『人が求めている時に求めている量のサービスを受ける』という、共産主義的な考え方ともいえます。

他の取り組みとしては、人工知能の開発などもありますよね。
先日は、人工知能のディープランニングによって囲碁の達人が負けるというニュースがありました。
人工知能の発達によって、多くの人の仕事が機械に置き換わるなんていわれていますが、逆の言い方をすれば、人がやらなければならない仕事を機械が引き受けてくれるわけで、労働からの開放という考え方も出来ます。
阻止ごとが無くなって収入も減るという人もいますが、今まで高い人件費をかけて開発していた新システムの開発や改良を人工知能が電気代だけでやってくれるのであれば、提供されるされるシステムはかなり安価になります。
無料提供されているデジタルコンテンツが多い現状を見ると、最終的に無料に近いかたちで提供されると言っても過言ではないでしょう。

他に名前を上げたAmazonなんかも、別の方向で共産主義的な動きを指定ますよね。
例えば、Amazonプライムです。
年間で4000円程度とお金はかかりますが、月額325円のお金で、毎月1冊の本と1万本近い動画、そして100万曲の音楽が聴き放題というサービスを行っています。
これらのデジタルコンテンツを、所有すること無く、僅かなお金でいつでも楽しむことができる。
僅かなお金で膨大な商品棚の使用権を得ているようなシステムは、共産的なサービスではないでしょうか。

この様に、個々の企業が提供するサービスで、無意識的なのか意識的なのかは分かりませんが、所有ではなくシェアという共産主義的な考えに変化していっています。
食料などの使用してしまうと無くなってしまうような実物を、皆が望むだけ豊富に取り揃えるというのは、今現在では無理です。
しかし、デジタルコンテンツなど技術的に可能なものから、世の中は変化していっています。

これらのサービスによって引き起こされる事は、お金よりも時間の重要度が増すということです。
サービスを利用する為のお金が少量で良い一方で、豊富なサービスを堪能するためには、大量の時間が必要となってきます。

ここ最近の若者が、週に1度しかやる身がなく、残業が当然だけど給料は良い職場よりも、給料は少ない代わりに、週に2~3日の休日がある職場を選びたいというのも、この価値観の変化が大きいのでしょう。
これらの若者の行動は、競争社会に生きる人には理解が出来ないでしょうが、そもそも所有欲がない人間からすれば、当然の選択だったりします。

私は別に、皆がこの様な新しい価値観に基づいた考えをすべきだと思っているわけでは有りません。
人にはそれぞれの考え方がありますし、所有欲を満たしたい人は、そのように行動すれば良いでしょう。
では何が言いたいかといえば、新しい価値観に基づいて行動している人の足を引っ張るなと言うことです。

マスコミなどを見ると、すぐに『若者の○○離れ』なんて事を話題にしがちで、若者のそんな行動が経済を停滞させているなんて結論に持って行きがちです。
しかし若者は、年寄りが導きたがっている競争社会には未来がないと思っているから、行動してないだけなんでしょう。
その代わりと言ってはなんですが、若者は年寄りが認識すらしていないようなサービスを利用し、独自の文化圏を築いています。

それを、昔の価値観を当てはめて『異常』だと決めつけ、無理やり競争社会を続けるという行為は、なんだかなぁ…と思ってしまうわけです。

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