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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第117回【クリトン】まとめ回 後編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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国家と法律

そこでソクラテスは、脱獄するのか、それとも処刑されるのか、どちらが良いのかについて考えていくことにします。
考える方法は、仮に法律や国家が人格を持っていて、討論が可能だとする場合、ソクラテスが脱獄したいと申し出たら、彼らはなんと言うだろうといういう思考実験です。
逃げ出したいと主張するソクラテスに対し、擬人化した法律と国家がどの様な主張を行うのかを想定問答していきます。

仮にソクラテスが、法律や国家に対して『脱獄したい』と伝えたら、擬人化した法律や国家はきっと、この様に切り返してくるはずです。
『脱獄する理由が「死にたくないから」といった感情的な理由で、それがまかり通るのであれば、法律を守るものはいなくなり、秩序は崩壊し、国家は意味をなさなくなる。そんな事が許されると思っているのですか?』と
これに対しては、どの様に答えるべきなのか『不正によって不当な判決を受けたのは私の方で、この死刑判決に意味はない。』とでも言い返せばよいのでしょうか。

これに対しクリトンは、『その通りだ、そうやって法律に対して言い返してやるべきだ。』と同意します。
しかし、この様に返答した場合は、法律や国家はこの様に反論してくることでしょう。

ソクラテスよ、アナタは私が定めた法律によって作られたシステムが出した答えを拒否するというが、アナタは今まで、私が定めた法律によって出来上がったシステムに守られて生活し、そのことに対しては何の不満も持っていなかったのではないですか?
ルールは人の行動を規制しますが、同時に、人が安心して暮らせるように守ってもくれます。
例えば、アナタの両親は国の定める婚姻制度に則って結婚し、子供を作った。 幼少期のアナタは学習や運動を行う機会が与えられたし、その教育によって、一人前の大人に成長できたわけですが、それに不満があったのですか?』と

システムの改変

これに対してソクラテスは、不満がなかったと答えるしか無いと言います。
なぜなら彼には、法律が定めた秩序によって誕生し、そのシステムの中で教育を受け、70歳になるまで暮らしてこれたという事実があるからです。

では、国家というシステムは完全で非の打ち所がないのかといえば、そうではないでしょう。現にソクラテスは、そのシステムによって殺されようとしています。
ですが、国家というシステムは完璧ではないということも織り込み済みで構築されています。 これはどういうことかといえば、間違いが起こってしまうような欠陥がある場合は、その都度、その部分を修復することができるということです。
具体的には、政治家が法改正を提案し、議会で承認されれば、時代に合わない法律を廃案にし、新たな法律を通すことができるということです。

当時のアテナイは民主主義国家であったため、民衆の意見は政治に取り入れられやすい状況だったと考えられるので、システムに不具合があったのであれば、それを是正するために行動を起こせば良かっただけです。
ただし、民主主義国家では大多数の意見が採用されるため、自分の意見が少数派である場合は改正案は受け入れられない可能性もあります。ですが、そういった人には、国から出ていくという選択肢も残されています。
アテナイという国は住民が領土から出ていくことを規制してはいませんし、自分の所有物を他国に持ち出すことも制限していないので、国の方針が自分に合わなければ、自由に出ていくことが出来ます。

つまり、システムが気に入らなければ、それを変えるための制度も用意されているし、それが出来なかったとしても、自分の肌に合う国を探して移住することも許されているということです。
ではソクラテスは、政治家を目指したり、アテナイ以外の永住できる国を探すような旅に出るといった行動をしたのかというと、していません。
ソクラテスは、移住どころか旅行に行くといったこともせず、アテナイから出ようとしませんでした。

では、政治家になるために行動したのかというと、『公人になると言いたいことも言えず、信念を曲げなければならない。』として、これもしていません。
つまりソクラテスは、政治に参加してシステムを変えようと頑張ったわけでもなく、アテナイの法律が自分に合わないとして他国に移り住んだわけでもなく、法律に関しては文句を言うことも無かったということです。
何の文句も言わずに、生まれてから老人になるまで一つの国で暮らすというのは、傍から見れば、ソクラテスアテナイのシステムに文句がなかったとしか捉えようがありません。

国家による規制と保護

これに加えてソクラテスは、自分に対して死刑判決が下された裁判の場でも、自身に妥当な刑罰として国外追放を提案していません。
ソクラテスの主張では、自分は何も悪いことをしておらず、なんなら国民のためになるような行動を取り続けていたのに、その国民たちによって死刑判決が下されています。
この様な状況から、ソクラテスと国民は考え方や物事の捉え方が全く違う事がわかります。そのため、ソクラテスにはアテナイに住む人達とは気が合わない可能性が大いにあります。

であるならば、ソクラテスは死刑を提案された時点で、自ら国外追放を提案していれば、法律を破ることなく国外に逃げることが出来たはずです。
しかしソクラテスは、その判断をせず、敢えて裁判官を煽って感情的にさせて、死刑判決が下されるように誘導しました。
にもかかわらず、処刑されたくないという個人の感情を押し通して法律を破り、国家の秩序を乱すという行為は、認められるものなんでしょうか。

当然ですが、こんな行動が認められるはずがありません。なぜなら、皆がそのようなことをしてしまえば、法律は形骸化し、国家は破綻してしまうからです。
先程も言いましたが、国家の法律は国民の行動を規制しますが、一方で国民の生活を守っています。 その国家を破綻させれば、多くの市民が苦しむこととなるでしょう。
ソクラテスはこれまでに、幸福になる方法や最高善であるアレテーを探求する人生を送ってきましたが、その様な人間が『死にたくないから』という理由だけで、多くの人が不幸になる行動をとっても良いのでしょうか。

当然ですが、その様な行動をとってよいはずはありません。何故なら、その行動を取ることによって、ソクラテスのこれまでの人生は無意味なものとなってしまうからです。
ソクラテスはこれまで、人が幸福になるために必要なのは不正を行わないことで、その行動の先にアレテーが存在するといった主張をし続けています。
当然、その逆の不正を行うことが人を不幸にすることだと主張してしますし、不正によって財産を溜め込んだり武力を身に着けたりしたところで、幸福には辿り着けないと言い続けています。

そんな彼が、死にたくないからという理由だけで、法律を破って脱獄するという不正を行った場合、彼のこれまでの主張に対しての説得力は消えてなくなるでしょう。

納得するクリトン

これは、哲学に人生を捧げ、真理を得ようと努力し、その行動を市民たちにも勧めていたソクラテスにとっては、最大の不幸といえます。
クリトンに対してここまで説明したところで、ソクラテスはもう一度、クリトンに対して質問します。『私は、脱獄すべきなんだろうか?』

クリトンは、これを肯定することが出来ず、ソクラテスが処刑されることに納得してしまいます。
以上がクリトンのまとめとなります。

次回は、エロスを題材にした饗宴を読み解いていこうと思います。

参考文献