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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第114回【クリトン】国家と法律 後編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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国家と法律

ソクラテスは、自身がこれから語る主張は正当防衛すら許されない、どの様な理由があろうとも不正行為や害悪を他人に与えるという行為は行ってはいけないという前提で話していくが、この前提条件は納得できるのかとクリトンに訪ねます。
そして、クリトンの同意を得て、『他人から害悪を押し付けられたとしても、報復として害悪を返すのはやってはならない。』という前提で話を進めていくことにします。

ソクラテスはまず、国家と法律という概念を擬人化するところから始めます。
国家や法律を人に見立てて、彼らと討論をする様子を見せることで、クリトンにとっても問題を理解しやすいようにし、彼が主張しやすいようにしようと考えたのでしょう。
クリトンはソクラテスに対して、法律で決まった死刑判決を無視して逃げようと提案しているわけですから、擬人化された法律は、ソクラテスにこのように質問をしてくるはずです。

ソクラテスよ。 アナタは今、何をしようとしているのか? アナタは、国の法律によって裁かれて死刑判決がくだされたが、それを個人的な理由だけでなかったことにしようとするのか?
もしそんなことが許された場合、法律は存在感をなくしてしまうことになるが、その状態で、国という枠組みが維持できるとでも思っているのか?』

この質問を投げかけられた場合、ソクラテス達はどのように反論すればよいでしょうか。
ソクラテスに下された判決も課された刑罰も、正式な手続きを踏んで与えられたものなので、正当なものと言えます。
それを個人で覆そうとする場合には、どの様な言い訳をすれば良いのでしょうか。『私達こそが、国家によって不正行為を行われて、あらぬ罪で拘束されている。』と反論をすべきなんでしょうか。

これに対してクリトンは、『その通りだ、そうやって法律に対して言い返すべきだ』と同意します。
では次に、法律がその反論を受けて、このように質問を投げかけてくるとします。

法律の役割

ソクラテスよ。 あなたは、私が定め法律によってくだされた結果が不服だとして、個人的な理由で法律である私の決めたことを無視して、国を崩壊させるような判断を下そうとしている。
しかしアナタはこれまで、私が定めた決まり事、ルールの中で育ってきたわけだが、そのルールに不満があったのだろうか?

例えばアナタの親は、私の定めた婚姻のルールによって結婚し、法律に守られながらソクラテスという人間を誕生させた。
そしてその子供であるアナタは、私が定めた育成方法によって、勉強や体育を行い、一人前の人間に育った。
アナタは、これらの私が定めたルールに沿って生まれて、この年齢になるまで生きてきたが、そのルールになにか不満でもあったのだろうか?』と。

この部分をもう少し具体的に、現代の基準に合わせて考えてみると…
法律というルールは、人の行動を制限するためだけに存在するわけではなく、人間を守ったり、平等な機会を与えるという役割も負っています。
例えば、人を殺してはいけないという単純なルールは、人を殺したいと思っている快楽殺人者の行動は制限しますが、その代わり、他人から殺される可能性を大きく下げるため、一般人にとっては安全のためにもなくてはならないルールといえます。

また法律というのは、このように安全を確保するためだけに存在するわけではなく、義務教育の制度を設けて最低限の教育の機会を平等に与えたり、働けなくなった際に生活の保護をしてくれたり、病気になった際に助けてくれたりもします。
この様に、法律によって環境が整備されることで、人はそのルールを前提にした社会を作っていきますし、その環境の中で守られながら生きていきます。
これらのルールがなければ、守られずに淘汰されていた人たちが大勢出てくることは簡単に想像できますが、ではこのルールは、自分が死刑になったからという理由だけで否定しても良いものなのかということです。

法律への態度

この法律からの疑問に対しソクラテスは、法律や、それによって生まれた社会に対して不満は無かったとしか答えられないと言います。
なぜなら、法律が定めた秩序によって自分は守られ、ここまで育ってきたというのは否定できない事実だからです。
そうすると、この返答を聞いた国家や法律は、ソクラテスの返答を踏まえて上で、さらに、この様な主張をしてくるでしょう。

『では何故、アナタは私が下した決断に従わず、国家が定めた法律を無視することで、秩序を破壊しようとするのですか?
アナタは、自分を生んで育ててくれた両親が、自分の行動を規制しようとしたり、そのために躾と称して嫌なことをやられたからと言って、同じ方法で仕返しをしようとはしないはずです。
それは何故かといえば、自分を生んで育ててくれた親を敬って、自分自身とは同列には考えていないからです。

国家や法律は、その親やさらにその親、アナタの先祖代々を生んで育ててきた存在と言えますが、その者が下す決断を、何故、自分勝手な都合で放棄することができるのでしょう。
本来であれば、国家や法律は、親以上に敬わなければならない存在で、決して、自分自身と同格だとは思えない存在のはずです。』
…と、この様に法律や国家が主張してきたとしたら、どうしましょう。彼らの主張を正当なものとして受け入れるべきなんでしょうか、それとも否定すべきものなのでしょうか。

これに対してクリトンは、その意見には賛同するしか無いと答えます。
これを聞かれている方の中には、もしかすれば、この意見には賛同できないと主張される方もいらっしゃるかも知れません。
というのも、現実問題として、ルールに則って行われること全てが正しく、ルールに従ってさえいれば、その国に住む人みんなが幸福になれるのかといえば、必ずしもそうではないからです。

冤罪について

例えば身近な例で言えば、男性は通勤電車を利用する際に、痴漢冤罪で捕まってしまうケースが稀にあります。
そういった場合に、自分は実際には痴漢はしていないけれども有罪判決が出てしまったとして。この判決は、正式な手続きに則って行われたんだから、黙って従うしか無いと受け入れるのかといえば、大半の人は受け入れないでしょう。
中には、やってもいない罪を認めて早々に示談に持ち込んだ方が、実質的な被害は少ないんだから認めるという人もいらっしゃるかも知れませんが、その場合でも、心のなかでは罪を認めていないはずです。当然ですよね、やってないんですから。

警察や裁判所の判断がオカシイと思いながらも、否定すると長期間勾留されることになるので、自分のみを守るために仕方なく示談金は支払う。
けれども、納得はしていないし、この様な冤罪が生み出されるシステムそのものがオカシイし、この流れが秩序を維持しているとは到底思えないと考えてしまうのは、当然だと思います。
また、以前に見たニュースによると、数そのものは少ないですが、示談金目当てに痴漢をでっち上げて金を稼いでいた。なんて人も実際にいたりもします。

繰り返しになりますが、この状態はシステムが正常に機能していて、秩序が保たれている状態なのかといえば、そうとは思えません。
にも関わらず、国家や法律というのは親よりも敬うべき存在なんだから、疑うことなく信じ続けろと頭ごなしにいわれても、納得はでないでしょう。
ただ… この解釈をしてしまうのは、ソクラテスが代弁している国家や法律の主張を誤解しているからです。

この後、その誤解を解くために細かい条件付がされていくわけですが、その話はまた次回にしていこうと思います。


参考文献