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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第112回【クリトン】脱獄 前編

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目次

注意

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。

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kimniy8.hatenablog.com

前回までの放送では、『ソクラテスの弁明』という対話篇の読み解きを行ってきました。

ソクラテスの弁明

ものすごく短く内容を説明すると、ソクラテスは、あちこちで討論をふっかけては相手を論破し、対話相手が無知であることを証明してきたわけですが、そんな彼に言い負かされてプライドを傷つけられた人達は、ソクラテスを恨むようになります。
そして、その人達が集結し、政治家のアニュトスが後ろ盾になることで、ソクラテスを訴えるという行動に出ます。

罪状は、青少年に良からぬことを吹き込んで、堕落させたというもので、でっちあげである為、実際に被害者がいるわけではない罪で訴えられたわけですが…
ソクラテスに対して良い印象を持っていなかった人達は、ソクラテスに対する恨みを晴らそうと、そのでっち上げに乗っかる形で、彼に対して死刑判決を下してしまいます。
今回から取り扱うクリトンは、死刑判決を受けたソクラテスの死刑が執行される日の出来事を綴ったものです。

死刑までの猶予

前回の放送を聞かれた方は、死刑判決が下された直後に刑が執行されたと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、実際には、1ヶ月ほどの猶予があったようです。
この猶予というのは、何らかの宗教的な儀式が絡んでいたからという話もあります。

古代ギリシャでは、現代に比べて神々が身近な存在でした。 宗教的な儀式も頻繁に行われていて、その儀式を遂行するというのは、国にとって、かなり優先度が高いものだったようです。
例えば、300という映画がありましたが、20万人以上と言われたペルシャ軍の進軍に対して、何故、スパルタ側が兵士を出すことが出来ず、王様の側近の兵士300人しか出陣できなかったのかというと、オリンピックが開かれていたからです。
当時のオリンピックは、神々に捧げる儀式的な要素もあり、この儀式の開催中は、戦うという行動そのものが禁じられていました。

ペルシャの進軍というのは、国がなくなってしまうかもしれない一大事です。 その際に、王様が出兵するという主張を行ったにもかかわらず、宗教家によって意見が否定されてしまいます。
それほどまでに、ギリシャは宗教的なイベントを重要視していました。 オリンピックというのは、平和の祭典と言われていますが…
敵の兵士が自分の国に対して侵略戦争を仕掛けているにも関わらず、防御の為の兵士を出すことすら問題視されて、争いごとを嫌ったというところから、その様に言われているのかもしれません。

ギリシャはこの様な地域だった為、ソクラテスの死刑も、何らかの儀式の遂行のため、一定期間、猶予があったと思われます。

処刑の日

このソクラテスですが、置かれていた環境としては、牢獄には繋がれていて自由は奪われていたけれども、面会は許されていたようです。
法やシステムとして許されていたかは分かりませんが、当時の獄卒は買収が可能で、お金を握らせることで、ある程度の要求を押し通すことが可能だったようです。
その為、ソクラテスの弟子たちは、最後の時を過ごす為に牢獄に足繁く通って、彼と討論をしていたようです。

今回のクリトンは、対話篇の内容としては、死刑最後の日の対話内容に焦点が当てられていますが、ソクラテスが牢獄にとらわれてから刑が執行されるまでに行われた対話のまとめの可能性もあります。
ということで、前置きが長くなりましたが、クリトンの読み解きに入っていきます。

この対話編は、先程も言いましたが『ソクラテスの弁明』でソクラテスが死刑判決を受けた約1ヶ月後の、死刑執行の日に焦点が当てられています。
ソクラテスと同年代の仲間、クリトンが、いつものようにソクラテスの牢獄を訪れるところから始まります。

クリトンが訪れた際のソクラテスの様子はというと、死刑が迫っているにも関わらず、怯える様子もなく、ぐっすりと熟睡していました。
その堂々たる寝顔に、クリトンは少し驚きますが、起こすこと無く、その寝顔を眺めながらしばらく待っていると、ソクラテスが目を覚まします。

脱獄の誘い

このタイミングでクリトンが、牢獄から脱獄しようと提案します。
獄卒がそばにいるこの様な状況でクリトンが堂々と脱獄の話しを切り出したのは、先程も言いましたが、刑務所関係者の買収が可能だったからです。
映画や海外ドラマのように、壁に穴をほったり、変に小細工をしたり、超人的な能力を持っていなかったとしても、門番にそれなりの賄賂を渡せば、脱獄が可能な状態であったようです。

また、一説によると、今回のソクラテスの裁判は言いがかりのようなものだし、その判決にしても、口喧嘩で負けてムカついたからと言う理由だけで死刑になっていますので、それにしては罪が重すぎると考えた人も多かったので…
門番は、敢えて、投獄している牢屋に鍵をかけずに、いつでも出ていけるようにしていたという話もあります。
ソクラテスを訴えた人達や、彼に有罪判決を下した人達は、裁判の場では、一時的な怒りに身を任せて過剰な反応をしてしまったけれども、いざ、刑が確定してしまうと、言いがかりで人一人を殺したと避難された者も多かったのでしょう。

その様な人達からしてみれば、ソクラテスが法律を破って脱獄してくれれば、死刑判決を下した自分たちは殺人をした事にはならないし、ソクラテスは、脱獄をして秩序を乱すようなやつだとして、自分たちを正当化することが出来ます。
ソクラテスを逃した獄卒からしても、ソクラテスの支持者たちからは感謝されるでしょうし、有罪判決を下した者たちからも、先程の理由から責められることはないでしょう。
それでも文句を言ってくる人がいたとしても、僅かな金を握らせれば、口を閉じるはずだとクリトンは主張します。

何故なら、人は、世間体から反対せざるを得ないことでも、分かりやすい理由を与えてあげれば、簡単に意見を変えたりするからです。 口実を与えるために金を握らせれば、門番の買収よりも更に安く済ませることも可能でしょう。
以上のことから、ソクラテスはいつでも逃げ出すことができた可能性があります。
しかしソクラテスは脱獄すること無く、律儀に最終日まで牢屋に入っていた為、友達のクリトンが、『もう、流石にヤバいから、逃げよう!』ということで、誘いに来たというわけです。

残される者達のために

クリトンは、ほぼアテナイから出たことがないソクラテスとは対象的に、顔が広いらしく、アテナイの外にも知り合いが多数いて、その知り合い達はソクラテスの理解者である事を告げます。
アテナイから出ても彼らが支援してくれる為、生活の心配もない。 アテナイ軍も、流石に国の外までは追いかけてこないだろうから、安心して暮らせる。
その他には、ソクラテスの主張が理解でき無いような者、つまり、アニュトスやメレトスの様な人達を近づけない様にすることも出来るので、新天地で一からやり直さないかと持ちかけます。

また、それだけでなく、クリトンは、自分たちの事も考えて、この提案に乗って欲しいと言います。
これはどういうことかというと、先程からも言っているとおり、ソクラテスは脱獄しようと思えばいつでも脱獄できる状態で牢獄に入れられています。
牢屋の外には、ソクラテスを嫌っている人達も一定割合いますが、ソクラテスのことを賢者だとして持ち上げている人もそれなりにいます。

彼のことを賢者だという人達は、当然ですが、彼にはどんな手段を使ってでも生き延びて欲しいと思っていますし、クリトンの様なソクラテスの側近が、何らかの手段を使ってソクラテスを逃してくれる事を期待しています。
この状況で、もし、ソクラテスが脱獄をせずに死刑になったとすれば、クリトンたちは薄情なやつだと世間から石を投げられる可能性すらあります。

また、ソクラテスには子供がいます。 親が子供の面倒を見るのは義務です。 義務というのは権利では無い為、選択肢があるわけではありません。 親は、子供の面倒を絶対に見なければなりません。
その役割を放棄するような人間は、そもそも子供を生むべきではないとクリトンは主張します。 ソクラテスの弁明を扱った際にも言いましたが、ソクラテスは既に子供を生んでいます。 であるなら、生きて、子供の面倒を見るべきだ主張します。
仲間の私達が世間から避難されないように、そして、ソクラテスが親の義務を放棄しないためにも、クリトンは、是非、自分たちと一緒に逃げて欲しいと懇願します。

参考文献