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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第106回【ソクラテスの弁明】神と神霊 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次

今回も前回と同じ様に、プラトンが書いた『ソクラテスの弁明』の読み解きを行っていきます。
著作権の関係から、本を朗読するわけではなく、私が読んで重要だと思った部分を取り上げて考察する形式になっていますので、興味のある方は、ご自身で本を読まれることをお勧めします。

憎まれて好かれるソクラテス

前回の内容を簡単に振り返ると、ソクラテスは、裁判を起こすことになったメレトスや、その後ろ盾となっているアニュトスやリュコンから恨まれていたわけですが、彼等だけが、ソクラテスに悪い印象を持っているわけではありませんでした。
その理由としては、アニュトスが積極的にソクラテスの不正を訴えていたということもありますが、ソクラテスの活動によって、恥をかかされた賢者や職人たちもアニュトス達に賛同したからです。
それなりに発言力の高い人達がソクラテスの不正を訴えたので、少なくない割合の市民たちも、同じ様な認識を共有することになりました。

しかしその一方で、『ソクラテスこそが、真の賢者だ。』という認識も広がります。
何故かというと、ソクラテスは賢者と討論を行って、打ち負かし続けた事で賢者からは嫌われたのですが、その際の討論は、誰でも見物できる場所で行われていました。
ソクラテスが賢者に対して対話で打ち勝つところを目撃した人達の一部は、『賢者に勝った彼こそが、賢者なのでは?』と思い、ソクラテスのもとで学ぶことを求めました。

彼らから言い寄られたソクラテスには、教えるものなど何もなかったわけですが、共に真理を追求する仲間として、行動をともにすることを拒否しませんでした。
こうして、賢者と対話を重ねる度に、ソクラテスの周りには人が集まりだし、その仲間の一部は、幾度となく見物したソクラテスの会話術を模倣して、自らも賢者に挑んでいきます。
しかし、ソクラテスの弟子に討論で負けた賢者たちの方は、師匠に当たるソクラテスを恨むようになり、アニュトスの活動に参加していくという流れで、双方の陣営の人数が増えていく。

このようにして、ソクラテスは多くの人達に慕われる一方で、多くの人たちから嫌われることになりました。
この環境を背景にして、メレトス達がソクラテスが不正を働いているとして裁判で訴えます。

身近なものを悪人に変えるメリット

では、そのメレトスは、どの様な罪状で訴えたのかというと『ソクラテスは、青年に良からぬことを吹き込んで堕落させ、国家で定めた神々を信仰せずに、独自のダイモニア(半神)を信仰している。』として裁判を起こしました。
ソクラテスは、この主張に対して、一つ一つ反論していくことにします。
まず最初は、『青年に良からぬことを吹き込んで堕落させ』という部分について反論を行ないます。

ソクラテスは裁判に出席していたメレトスに、『善人に囲まれて暮らすのと、悪人に囲まれて暮らす人生と、どちらが良いのか』という質問を投げかけ、『善人と暮らす人生だ。』という答えを得ます。
その上で、『君は私が、青年を悪人になるように教育しているというが、それは、私がワザとやっているというのか、それとも、私が意図せずに、青年が悪人となってしまったのか。』と尋ね、『わざとだ』という返答を得ます。
この返答を聴いたソクラテスは『身近にいるものを悪人に変えるという活動をして、何の得があるのか?』と聞き返します。

この一連のやり取りによって、メレトスが、この部分については何も考えずに、ソクラテスを罪人にしたい一心で訴えたことが分かったというのが、前回でした。

神を信じないソクラテス

次にソクラテスは、『国家で定めた神々を信仰せずに、独自のダイモニア(半神)を信仰している。』という部分について追求します。
メレトスは、ソクラテスが神々を信仰しない一方で、ダイモニア、これは半分神様の半神や神霊といった訳がされるものですが、そのダイモニアを信仰していると主張しますが…
ソクラテスは神を信じていないとして責め立てているのか、それとも、神の存在は信じているけれども、国が定めたものとは違う神を信じていると主張しているのか、どちらなのかとメレトスに確かめます。

ソクラテスは過去に『空に浮かぶ太陽や月は神々ではなく、別の何かだ。』と高らかに宣言したとでも言うのでしょうか。
これを受けてメレトスは、聴衆にアピールするように『ソクラテスは神々を信じてはいない。 太陽はアポロンではなく、灼熱する岩だというし、月はアルテミスではなく、ただの土だと主張している!』と返答します。
ですがこの理論というのは、ソクラテスが活動するより前にあったアナクサゴラスの主張です。

アナクサゴラスは、太陽はアポロンの化身ではなく灼熱する岩で、月はアルテミスではなく土の塊だと主張し、神々を信仰していないとして国外追放された人物です。
この人物はソクラテスの師匠に当たる人物だった為、ソクラテスも同じ様に考えているのだろうとメレトスは推測し、その様に主張したのでしょう。
ですが、ソクラテスは、師匠の説を盲信して、その様な主張を皆の前で主張したわけではないので、これに対しては堂々と、この様に反論します。

引っ込みがつかないメレトス

『君は、ここにいるアテナイ人たちを馬鹿にしているのか? 太陽が灼熱する岩だと答えたのは私ではなく、アナクサゴラスではないか。
アナクサゴラスが唱えた説は有名で、どこの店に行っても、僅かな金で彼の書いた本が買える。 一般常識と言って良いレベルの有名な話だが、君はその説を、アナクサゴラスではなく私が考え出したと、本当にそう思っているのか?
そんな話をでっち上げてまで、君は私が神々を信じていないことにしたいのか?』

これに対して、引っ込みのつかなくなったメレトスは『その通りだ。 君は神を信じていない。』と肯定します。
この反論も前と同じ様に、ソクラテスが神々を信じていない不敬な輩としておかなければ、罪に問えない可能性が有る為、無理矢理にでもそうしておきたいという思いが、この様な返答をさせたのでしょう。

これを聴いたソクラテスは、『メレトス、君は、自らの言葉の演出によって、裁判官が馬鹿げた冗談を信じるかどうかを試すといった遊びでもしているのか?』と指摘します。
というのも、メレトスの訴えには、明らかな矛盾があり、それは誰の目から見ても明らかなようにみえるのに、彼はその事を隠して、自分の主張が正しい事の様に言いふらしているからです。
では、その矛盾点はどこかというと、『ソクラテスは神の存在を信じていない一方で、ダイモニアの存在は信じている』という点です。

ダイモニア

ダイモニアとはどの様な存在か、プラトンが書いた饗宴という作品の説明によると、人間と神との間の存在のようです。
人間と神は、生きている次元が違うので、直接コンタクトをとる事は出来無いとされています。 ソクラテスの親友のカイレフォンが神の声を聴くために、わざわざデルフォイまで足を運んだのも、自分には神の声を聴く能力がないためです。
この時代のギリシアの人々は、大半が神々を信仰していたようですが、その人々は、信仰心があったとしても、直接は神の声を聴くことは出来ませんでした。

その為、神の声を聴く特別な能力が有るものが巫女となり、人々の代わりに神託を受け取って伝えるという役割を負っていました。
しかし、この巫女も、直接、神々の言葉を聞いているわけではなく、神と人間との間を橋渡しするメッセンジャー的な役割を持つものを介してやり取りをしていました。
その間を取り持つものが、ダイモニアと呼ばれる存在で、半分神の半神や、神霊と訳されるものです。

つまりダイモニアとは、次元の違う神々と人間とを繋ぐ為に存在しているものなので、神々という存在なくしては語れない存在です。
ソクラテスは、この矛盾を、様々な例え話をすることで聴衆に説明します。