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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第97回【メノン】賢者の教育 後編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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目次

テミストクレス

アニュトスによると、アテナイに住んでいる人なら全ての人がアレテーを宿しているそうですが、そんな中でも飛び抜けて優秀とされている人物であれば、確実にアレテーを宿しているだろうと、テミストクレスの名前を挙げます。
テミストクレスという人物は、将軍や執政官を勤めていて、アテナイギリシャの中でもトップクラスの海軍国家に仕上げて、進軍してくるペルシャに対抗した人物と言われています。
ソクラテスは『アテナイに住む普通の市民でもアレテー教えることが出来るのなら、このテミストクレスにも、他人にアレテーを教える能力はあったのだろうか?』とアニュトスに尋ねます。

有名でもない、アテナイに住んでいるだけの人でもアレテーを教えることが出来るわけですから、アニュトスは当然、テミストクレスならアレテーを教えることが出来たと答えます。
これによって、アレテーの教師はテミストクレスということが分かったわけですが、ソクラテスの性格上、この意見も鵜呑みには出来ないので、この答えが本当に正しいのかを吟味していく必要があります。
吟味する方法として一番わかり易いのは、彼がアレテーを教えた生徒の動向を見ていくのが良いと思いますが、残念ながら、テミストクレスはアレテーの教師という職業についておらず、生徒もいません。

しかし幸いにも、彼には子供がいます。 大抵の親は子供を愛し、それ故に、自分の分身とも呼べる子供を優秀で卓越した存在にしようと教育を施します。
おそらく彼は、自分の子供を熱心に教育したでしょうから、その子供がどの様に成長したかを観れば、テミストクレスが本当にアレテーを教える能力があったのかどうかを推測することが出来ます。
プラトンが書いた別の対話篇の『プロタゴラス』によると、アレテーは教える側の能力だけが優れていても身につかず、それを学ぶ生徒の方にも、生まれ持った素質というものが必要だという事だったので、まずはそちらから見ていきます。

賢者の息子

テミストクレスの息子のクレオファントスは、馬術を習った際に、その才能を発揮し、訓練を受けることでその能力を飛躍的に伸ばしたとされます。
これから分かることは、クレオファントスという人物は、無能というわけではなく、教えればそれを吸収して自分のものにする能力がある事が分かります。
もしかすると彼は、馬術の才能だけに恵まれていた可能性というのもありますが、少なくとも、人の話に耳を傾けて実践するという力は備わっていると思われるので、アレテーに関しても正しい教育を行うことで、身につけてくれる可能性があります。

そして実際に父親のテミストクレスは、息子にアレテーを教えようとしたでしょう。
いくら有名な権力者の息子だからといって、馬術の技術だけでは人の心を引きつけることは出来ないでしょうから、正義や節制や勇気といった概念を教え込んで、優秀で卓越した人間にしようと試みたはずです。
では実際に、ギリシャ内でも最高峰の教育を受けたと思われる、その息子は、どの様に成長したでしょうか。 父親と同じ様に偉業を達成して、人々から優秀で卓越していると絶賛されているのでしょうか。

もしそうだったら、ソクラテスは満足の行く答えを得て、対話を終えることが出来たのですが… そうは問屋が降ろしません。
テミストクレスの息子は、特に偉業を成し遂げることもなく、優秀だと人々から評価されることもなく、特に目立った成果がないために、その後の足跡を辿ることすらも困難な状態です。
実際にgoogleで『クレオファントス』と入れて調べてみても、特に記事はヒットしません。 私達と比べれば、ソクラテス達が生きていた時代の方が、遥かにクレオファントスを身近に感じていたと思いますが、それでも、何の噂も聞きません。

これは、教育が成功したと言えるのでしょうか。

賢者の教育

繰り返しになりますが、アニュトスは、アテナイに住む人間であれば、誰でもアレテーを教えることが出来ると主張していました。
そのアテナイ人の中でもトップレベルに優秀とされているテミストクレスは、自分の息子を自分と同じ様に優れた人間にしようと頑張ったはずなのに、成果は出ていません。

仮に教育に成功していれば、父親と同レベルには業績が知れ渡っているはずだからです。 それとも、テミストクレスは子供の教育には熱心では無く、子供にアレテーは教えなかったのでしょうか。
幸いにもアテナイには、テミストクレスの他にもペリクレスなどの歴史上の偉人が数多くいるので、彼らの弟子や子供たちの成長を追っていけば、偉人とされる父親からアレテーを教えてもらったかどうかを推測することが出来ます。
では、ペリクレスの息子は、どの様な人生を歩んだのでしょうか。 皆から尊敬されるような、成功を収めた人物だったのかどうかを見ていきましょう。

先程のテミストクレスは、ソクラテスが青年時代に無くなっているので、彼が息子をしっかりと教育したのかや、その息子の動向を正確に掴むことは出来ませんでした。
しかしペリクレスは、ソクラテスと生きた時代が結構かぶっている為に、テミストクレスに比べれば身近な存在ですし、息子がどの様な人間だったのかの情報も入手しやすい状態です。
ということで、早速、ペリクレスが息子にどの様な教育を施し、その結果、息子がどの様に成長したのかを追っていきましょう。

ペリクレスは、アテナイ民主化した人物で、パルテノン神殿を立てた事でも有名なアテナイの指導者で、アテナイについて熱心に考えた人物ですが、同じ様に、子供の教育にも熱心でした。
自分で教えるだけでなく、立派な教師を雇うなど、持てる力の全て使って子供に教育を施していることからも、ペリクレスが子供にアレテーを授けようと必死だったことが伝わってきます。
では肝心の息子は、親の期待に答えるように優秀で卓越した人物へと成長したのかというと、そんな事はなく、酒に溺れて連日のように飲み歩き、その代金は、有名な父親の名前を出す事でツケにしていたようです。

連日のように呑み歩くのは良いとしても、親の名前を出してツケ払いというのは、どう考えても、優秀な人間の行動とは言えませんよね。

これは、単にペリクレスの息子が『どうしようも無い人間』だったというわけではないようです。
アテナイには大金を持つ資産家も数多くいますが、彼らは、自分の可愛い子供の為に最高の教育環境を与えているようですが、それが実を結んで子供が立派に育ったという例は無いそうです。
無いというよりも、少なくともソクラテスは、聞いたことが無いと言います。

論破されるアニュトス

これに対してアニュトスは、効果的な反論を思いつかなかったのか、『君は、平気で他人の悪口をいうような人間なんだね。 私の話を聞きたいのであれば、今後、その様な行為はやめたほうが良い。』と言い出します。
ただ、アニュトスとの対話の冒頭部分を思い出してほしいのですが、彼は、自分が関わり合いを持ったことすら無いソフィストの悪口、それも、人格否定レベルの悪口を言い続けています。
正直、『お前が言うか』という気がしないでもないですが… この辺りのやり取りから、アニュトスが非常に高いプライドを持っていることが伺えますね。

アニュトスは、自分は物知りだから、無知なソクラテスに教えてあげるというスタンスで対話に付き合っていたわけですが、その無知なソクラテスに、自分が教えていた事に何の根拠もなかった事を暴かれてしまい…
それに対して言い返すことも出来なかった為、アニュトスはヘソを曲げて、討論を打ち切って去っていきます。
対話の結果としては、優れているとされている人物や、多額の資産を持っていることで、優秀で立派な教師を雇える人物を親に持つ子供は、最高の教育を受けれるはずなのに、教育の成果は出ていないということが分かりました。

アニュトスが去ったので、再びメノンとソクラテスの対話に戻りますが、この続きは、また、次回にしていきます。