【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第97回【メノン】賢者の教育 前編
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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com
目次
今回も前回と同じ様に、プラトンが書いたメノンの読み解きを行っていきます。
著作権の関係から、本を朗読するわけではなく、私が読んで重要だと思った部分を取り上げて、考察する形式になっていますので、興味のある方は、ご自身で本を読まれることをお勧めします。
アニュトスの父親
前回は、メノンとの対話が行き詰まってしまった時に、近くに、この話題について質問できるアニュトスがいたので、ソクラテスは彼に意見を聞くことで、行き詰まった状態を打開しようと思いました。アニュトスという人物は、裕福な資産家の元で育った政治家で、彼の父親は、莫大な財産を築き上げた人物です。
それも不正などは行わずに、真っ当な方法で大金を得ている為、彼の父親は普通の人間よりも優れていて卓越した人物と言えます。
普通の人にはない優れた能力によって、卓越した人物ということは、この父親はアレテーを宿している可能性があります。
父親がアレテーを身に着けているのなら、アニュトスは父親からアレテーを教えてもらっている可能性もあります。大抵の親は、自分の子供が可愛いと思っていて、自分の持っているものは与えてやりたいと思うものですからね。
また、それだけでなく、有り余る財産を使って、教師を雇うことで最高の教育を受けさせることも可能です。
メノンとソクラテスは、『アレテーが教えられるもの』という結論には辿り着いたけれども、実際にアレテーの教師と呼べるものを見つけ出せずに行き詰まっていました。
しかし、このアニュトスであれば、その答えを持っているかもしれない。 そんな思いから、ソクラテスはアニュトスに声をかけました。
ソクラテスは、世間一般ではアレテーの教師と呼ばれているソフィストという職業が有るが、アレテーを身に着けたいのであれば、彼らの元で学べば良いのかと尋ねます。
ソフィストの評価
これに対しアニュトスは、『彼らと関わっても良いことはない。 彼らは単純に嘘をついてお金を奪い取るだけでなく、間違った事を吹き込んで人を堕落させる様な奴らだから、近寄ってはいけない』と警告します。しかしソクラテスは、この返答が理解できません。 というのも、ソフィスト達と関わった人達を観てみると、『嘘を教えられた!』といった不満を漏らしていないからです。
本当に悪いことを吹き込んで、関わる人を堕落させて不幸にする様な人達なら、もっと罵られていても良いし、悪い噂が広まっていて、彼らは仕事ができなくなっているはずです。
ですが実際には、彼らは40年にも渡って仕事をし続けています。逆に言えば、40年間、弟子入り志願者が絶えなかったという事になるわけです。
仮に、アニュトスの主張が本当だったとして、関わる人を不幸にしていく人が、ここまで支持される理由が分かりません。
ソクラテスは、『アレテーを宿していて、それを他人に教える能力が有るソフィストが、敢えて生徒に嘘を教えて、悪の方向に引きずり込もうとしているのが理解できない、彼らは、正気を失っているのでしょうか。』とアニュトス尋ねます。
これに対してアニュトスは、ソフィストはアレテーを宿しているなどとは思っていないので『正気を失っているのはソフィストの方ではなく、彼らの様な存在に教えを請いに行く生徒や、その親の方だ。』と一刀両断します。
このアニュトスの、強烈な批判を込めた返答に困惑したソクラテスは、『何故、そこまでソフィストを憎んでいるのですか? 彼らに親でも殺されたんですか?』と尋ねます。
しかしアニュトスは、害悪を撒き散らすソフィスト達には、出来るだけ近づかない様に気をつけていると言い出します。
ソクラテスは不思議に思い『関わった事が無いのに、何故、彼らが害悪を撒き散らす存在だと言えるんですか?』と尋ねるも、アニュトスはそれぐらいの事は、関わり合いにならなくとも分かると言い放ちます。
想像して判断する
これを受けてソクラテスは、『自分が関わったこともない事を知っているなんて、貴方は、預言者か超能力者ですか?』と皮肉を言うのですが…このアニュトスの理屈は、分からなくも無かったりします。
前回では、ソフィストの事を、炎上芸人が開いているネットサロンに例えましたが、同じ例えで考えていると分かりやすいと思います。
この炎上芸人達には、多数のアンチが存在しますが、そのアンチ達は全員、一度サロンに申し込んで実際に授業を受けた上で、『あんなモノには何の意味もないだけでなく、情報を鵜呑みにすると損をする』と理解し、批判しているのでしょうか。
実際には、そんな事はないですよね。 ちゃんと統計をとったわけではありませんが、おそらく、実際にサロンに申し込んだ人数よりも遥かに多い人数のアンチがいるはずです。
そんなサロンに参加したことも無いアンチに対して、『何故、実際に体験してもいないのに、役に立たない内容だと分かるんですか?』と尋ねても、アニュトスと同じ様に『それぐらいの事は経験しなくても分かるよ。』と答えるでしょう。
人は、自分で実際に経験しないことでも、今までの経験と照らし合わせたり、他人の体験談などを聞いて、ある程度の憶測が出来るので、それぐらいは分かると答えるのでしょう。
しかし実際には、それは憶測でしか無く、本当のところは、ソクラテスの言う通りに体験してみないと分からない事だったりしますけれどもね。
ただ、この理屈でいうのなら、反社会的勢力と呼ばれる暴力団が、本当に悪い集団なのかを知る為には、実際に組織に入ってみないと分からないことになってしまいます。
世界中でテロを起こしたり、様々な迷惑行為とされる事を行っている集団であっても、本当にそれらの組織が悪いのか、悪くないのかを知る為には、組織の一員にならないと分かりません。
ですが、先程も言いましたが、人は周辺にある情報を集めることによって、対象となるものがどの様なものかを推測することが出来ます。
アレテーの教師
ソクラテスの言う通り、体験してみることで、推測だけでは分からなかった部分も見えてくるとは思いますが、体験しなければ分からないという言い分も、極端だとは思います。実際にソクラテスもその様に思ったのか、この部分のやり取りは深掘りすること無く、あっさりと次の話題に移ります。
次のテーマは、『誰の教えを受ければ、アレテーを学ぶことが出来るのか』という事です。
これについてソクラテスが尋ねると、アニュトスは『アテナイ人であれば、誰に聞いたとしてもアレテーについて答えてくれるよ。 人々の意見を素直な気持ちで受け止めれば、誰でも立派な人間に成れる。』と答えます。
この件についてはプロタゴラスも、プロメテウスの神話になぞらえて説明した際に、『ゼウスは、アレテーの核となるものは全人類に与えた』と言っていたので、それと似たような意見と言えます。
ただプロタゴラスの意見では、核となるものは全員が持っているが、それを育ててアレテーにする為には、持って生まれた素質や訓練が必要だと付け加えていましたけれどもね。
ですが、アニュトスの主張はもっと突っ込んだ意見で『アレテーなんてものは誰でも持っているし、誰でも教えれることだから、特別な教師がいるわけではない。』とまで言っています。
しかし、この意見は、少し考えただけでも矛盾していることが分かります。
先程、アニュトスは、ソフィストに対して散々、悪態をついたわけですが、そのソフィストがアテナイ市民である場合、そのソフィストはアレテーを宿しているのでしょうか。それとも、ソフィストだけがアレテーを宿していないんでしょうか。
これまでにも何度も言っていますが、アレテーとは、宿すことで優れた卓越した人間に成れるという概念のことです。
アレテーを宿すとは、善悪の区別が付き、自分が悪の道に進んでしまうような欲望を押さえ込み、正義ある行動を知恵と勇気を持って行える美しい人間のことです。
仮に、アテナイに住むソフィストがアレテーを宿している場合、そんな優れた人物が、自分を慕って弟子入りを希望してきた若者から金を奪った挙げ句、わざと害悪がある事を吹き込んで悪の道に引きずり込もうとするのでしょうか。
逆に、アテナイに住んでいるけれども職業がソフィストであるが故に、アレテーを宿していないとするなら、『アテナイ人であるなら、誰でも』というのは正確な表現とは言えなくなります。
つまり、アニュトスの主張は、片方を立てれば片方が立たずといった状態になってしまい、明らかに矛盾しているわけですが…
その矛盾を突いてアニュトスが機嫌を損ねてしまうと、対話が進まないからか、ソクラテスは敢えてそこに突っ込まずに、対話を続けます。