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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第96回【メノン】炎上芸人とソフィスト 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次

今回も前回と同じ様に、プラトンが書いたメノンの読み解きを行っていきます。
著作権の関係から、本を朗読するわけではなく、私が読んで重要だと思った部分を取り上げて、考察する形式になっていますので、興味のある方は、ご自身で本を読まれることをお勧めします。

アレテー(最高善)の教師

前回の内容を簡単に振り返ると、メノンとソクラテスが仮説を立てて推測した結果、それを宿すことで卓越した優れた存在に成れるというアレテーの正体は、『知識のようなもの』という結果になりました。
ただ、これは仮説を基にした推測でしか無いので、これが本当に正しいかどうかを吟味していく作業に入ります。

もし、本当にアレテーと言うものが知識のようなもので、伝え教えることが可能であるならば、それを職業としている人達がいても不思議ではありません。
人間の最終目標が幸福を手に入れる事とするなら、それを手に入れる助けとなるアレテーは人々から大いに求められる事になるわけですから、生徒になりたい人は大勢いると思われます。
大量の需要があるのなら、そこに供給を行うことで大儲けが出来るわけですから、アレテーの教師を名乗る人達はすぐにでも見つけられるはずです。

しかし、ソクラテスは今までに、アレテーを他人に伝えられる人に出会ったことがありません。
これは、先程の『仮説を基にした推測』で出てきた答えに矛盾してしまいます。
ソクラテスとメノンは、ここで答えを得るための進むべき方向を見失ってしまうのですが…

二人が対話をしている近くには、この疑問に答えてくれそうなアニュトスという政治家がいたので、次はこの人物に質問をして、『アレテーとは何か』を探っていこうとします。

アニュトスという人物

このアニュトスという人物ですが、今後のソクラテスの運命に大きく関わってくる人物です。 どの様に関わってくるのかというと、ソクラテスの最期にです。
ソクラテスは、あらぬ罪で裁判にかけられて、死刑になってしまうという最期を迎えるのですが、この裁判をでっち上げたのがアニュトスを始めとする3人の人物なんです。

この裁判については、『ソクラテスの弁明』という対話篇で語られているのですが、それについては、今取り扱っている『メノン』が終わった後に取り上げる予定です。
このアニュトスですが、ソクラテスを裁判にかけて死に追いやる前は、人気・実力ともにあった人物だったと思われます。
というのも、この人物は、一度、三十人僭主政という政治体制に変わったアテナイを再び民主制に戻した人物の1人だったからです。

当時のアテナイは、自身が率いるデロス同盟とスパルタが率いるペロポネソス同盟との間で争っていましたが、その戦争は最終的にスパルタ側が勝利します。
戦争の理由は様々なものが絡み合っていたと思われますが、その一つに国の統治の仕方もありました。
アテナイは国民が国を治める民主政で、スパルタは王様が治めるスタイルで、双方が自分たちの政治システムを押し付けようとしていたようですが、この争いにスパルタが勝ったことによって、アテナイの民主政は一時的に終わります。

アテナイの政治は、民衆が治めるのではなく、30人の親スパルタの代表が統治する三十人僭主政に変わります。
ソクラテスは、その政権下で役職を貰って働いていたようですが、アニュトスは民主政を推していたので、一時的にアテナイから逃げ出して、別の土地に亡命します。

この三十人僭主政ですが、当初は、民主政によるシステムの腐敗も起こっていた為に、好意的に受け止められた部分もあるようですが…
民主政よりも上下関係がしっかりとした僭主制のシステムによって恐怖政治が行われて、徐々に、この政治体制に反発する勢力が出てきたようです。
そして1年後、反対運動が本格化した頃を見計らって、アニュトスはアテナイに帰ってきて、民主化運動に参加し、再び政治家に返り咲いたようです。

この様な行動は、人気も無い、単なる一般市民が出来るようなことではないので、それなりの支持者がいて、世間からも認められていた人物だということが分かります。

徳を学べる環境

話を『メノン』の方に戻すと、このアニュトスに対して、何故、ソクラテスが、アレテーについて訪ねようと思ったのかというと、アレテーが教えらるものだとするなら、アニュトスは、誰かから教えてもらっている可能性が高いからです。
アニュトスの親であるアンテミオンという人物は、相当な資産家で、その資産は偶然によってではなく、実力で手に入れたと言われています。
巨万の富であったり、それを手に入れる実力というのは、それを持っているだけで、他人から憧れたり尊敬されるものです。

一般の人が持たない優れた能力を持ち、それによって他人から尊敬されるという状態は、アレテーを宿している状態とも言えるわけで、彼の父親はアレテーを宿している可能性があります。
多くの親は、自分の子供に善い教育を与えてあげたいと思いますし、優れた卓越した存在に出来るものなら、させたいと思っています。
自分が子供に伝えられる事は伝えるでしょうし、カネを払うことで優秀な教師が雇えるというのであれば、雇うでしょう。

幸いにも、アニュトスの父親は莫大な資産を得る能力によって、人からの尊敬を集めているので、金に関しての心配はありません。
アニュトスは、父親から、そして、実際にいるかどうかは置いておいて、ギリシャの中で最高レベルのアレテーの教師からも、アレテーを学べる環境にあるので…
もし、アレテーの教師というものが本当にいるなら、彼が知っている可能性が高いと思ったので、彼に尋ねたというわけです。

ということで早速、アニュトスに対して質問を行います。

優れた教師は高収入?

ソクラテスは、今までのメノンとの対話の結果を簡単に説明し、アレテーの教師、その中でも、最も優れた教師に会ってみたいという思いを伝えます。
知識を教える職業である教師は、取り扱っている『知識』という商品を目で見て確認することが出来ない為に、何を持って優れているのかという判断がつきにくい類の職業ですが…

それでも、客観的に判断する材料はあります。 それは、お金です。
どんな職業でも、優れたものを取り扱っている人達の収入は高い傾向にあります。
例えば彫刻は、皆が『あの作品を買いたい』と思うような優れた作品は値段が高いですし、それを作れる彫刻家に弟子入りしたいと思う人も多いでしょう。

料理にしても何でもそうで、皆が『欲しい』と思うものを提供できる人は、取り扱う商品の値段を上げていきますから、その人が提示するサービス料は高くなります。
これは、今現在の資本主義の社会に当て嵌めても同じですよね。 価格は需要と供給のバランスによって決まり、供給に対して需要が増えれば増えるほど、価格は高くなっていく一方で、供給が多くて需要がない商品は安くなります。
ソクラテス達が住んでいた時代は特に、殆どのものが人力で行われていた為に、商品を供給できる量そのものが限定的です。 その為、人気が高ければすぐに、価格に反映されます。

これは、教師のような職業でも同じで、一人の人間が1回に教えられる人数には限界があります。
現代のようにマイクがあるわけでも、配信サービスがあるわけでもないので、自分の声が届く範囲の人達にしか教えを授けることは出来ません。
そうなると、限られた生徒の枠を取り合うことになりますが、どのようにして取り合うのかといえば、どれだけ高い授業料を払うことが出来るかで争うわけです。

つまり、授業料の値段が高く、その高い設定にも関わらず、沢山の弟子がいる教師というのは、優れた教師である可能性が高い事になります。

ソフィストには近寄っては行けない

ソクラテスはアニュトスに、メノンがアレテーを身に着けたいと思っていて、優秀なアレテーの教師を探しているが、見つからないどころか、実際にいるのかどうかも分からない。

だが、ギリシャ内には、高い授業料を取って生徒にアレテーを教えると宣伝している人達がいます。
それは、ソフィストと呼ばれる人達です。
『私は、『アレテーを身につけたい』というメノンを、ソフィストの元へ送った方が良いのでしょうか?』と尋ねます。

これを聴いたアニュトスは、『ソフィスト達と関わってはいけない。』と、ソフィストという職業全体を強く否定します。
アニュトスに言わせれば、ソフィスト達は若者に適当なことを吹き込んで、話を聞くものを堕落させてしまう様な存在なので、彼らと関わっても害にしかならないと断言します。

古代ギリシャでのソフィストは、アレテーの教師という意味もありますが、世間一般では詭弁家と捉える人も少なくなく、アニュトスもその様に考えていた一人なのでしょう。
アニュトスにとってのソフィストは、現代でいうところのオンラインサロンを開いている炎上芸人の様なもので、彼らの話を聞いたところで、彼らが儲かるだけだと言いたいのでしょう。
そして、授業内容に全く意味がないだけであれば、単純にお金を損するだけで済むけれども、彼らは尤もらしい口調で出鱈目なことを平気でいうので、その意見に影響を受けてしまうと、今後の人生を歩む上で悪影響すら出てしまう。

その為、ソフィストには絶対に近づいては行けないと強調します。