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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第77回【ゴルギアス】幸福とは満足感のことなのか 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次

今回の内容も、プラトンが書いた対話篇の『ゴルギアス』を、私自身が読み解いた上で、解説する内容となっています。
本を朗読しているわけではなく、重要だと思うテーマの部分に絞って解説していく内容となっているので、対話篇のすべての内容を知りたい方は、本を購入して読まれることをおすすめします。

欲望が生きる原動力

前回の話を簡単に振り返ると、カリクレスが、欲望の重要性について語った回でした。
欲望を抱き、それを満たすために行動を起こして 実際に欲望が満たされれば、欲望が満たされたという満足感によって人は幸福になる。
人が抱く欲望は、人間を幸福へと導いてくれるものなんだから、その欲望は抑え込んでは駄目で、むしろ、人が幸せになる為には、より多くの、そして大きな欲望を抱かなければならない。

そして、その欲望を満たすために努力をするなりして力を得て、その力でもって欲望を満たすというのは、人生のあるべき姿だと主張します。
幸せの源泉となるのが欲望なので、それを抑え込んで無欲になってしまうと、人は何も感じなくなってしまう。 何も欲しいと思わないし、何かを手に入れても満足感を得ることもない。
満足感を得られないのであれば、幸福になれることもないので、その様な人生は道端に転がっている小石のような人生と同じで、無意味だと言います。

確かにカリクレスの言う通り、人は何かを欲しいと思うことで、それを手に入れる努力をしますし、努力が実って欲しいと思っていたものを手に入れることができれば、満足感や達成感を得られて、幸せな気持ちになります。
仮に欲しいものが手に入れられなかったとしても、その努力によって少しは前進できているので、悔しさをバネにして努力をすれば、いずれは欲しいものが手に入れることもできるかもしれません。
この様な人生は面白いですし、生きている意味を感じさせてくれます。

しかし、本当にカリクレスの主張する通り、欲望を満たすことが幸福で、欲望がない人生というのは意味がないものなのでしょうか。

欲望の思考実験

疑問に思ったソクラテスは、例え話を始めます。
まず、2人の人間がいて… 便宜上、2人はAさんBさんとしておきましょうか。その2人の前にはそれぞれ、液体が入っている樽があるとします。 その樽の大きさが欲望で、樽が液体で満たされている状態が、満足できている良い状態だとします。
樽の中を満たしている液体は、簡単に入手することは出来ずに、手に入れる為には、それなりの努力や苦労が必要で、能力の低い人には手に入れることが難しい様な、貴重なものだとします。

この状態で、Aさんの樽だけに穴が空いていて、樽の中に入った貴重な液体が流れ出している状態だとします。
樽の大きさは欲望の大きさで、樽が液体で満たされている事を満足した状態だとしているので… 穴が空いていて液体が常に漏れ出ていて、樽に満たされていないスペースがある状態というのは、欲望が満たされていない状態と言い変えることができます。
Aさんが満足感を得るためには、常に、樽から流れ出た分の液体を補充し続ける必要がありますが、先程も言った通り、液体は貴重なもので、満たすためには努力をする必要がありますし、頑張っても液体を見つけられるかどうかは分かりません。

一方でBさんの樽はというと、穴どころか傷すら付いておらず、当然のように、液体が漏れ出るなんてこともありません。

AさんとBさんの状態を比べてみると、Aさんの方は、欲望という名の樽から貴重な液体が漏れ続けている状態なので、満足感を得るためには、常に、貴重な液体を見つけ出してきて、樽に注ぎ続ける必要があります。
液体を注いで樽を満たすことで、一時的には満足感を得ることは出来ますが、樽には穴が空いている為に、その満足感は一瞬で終わってしまい、再び、流れ出た水を補給するために、液体を探しに行かなければなりません。
貴重な液体を見つけ出せずに時間だけが過ぎていくと、樽の中の液体はドンドン流れ出ていき、樽の空きスペースはドンドンを増えていくことになります。

樽の空きスペースはそのまま、満たされていない欲望の大きさとなる為に、Aさんは常に急かされるように液体を探し続けます。
一方でBさんの樽は、穴が空いているわけではないので、欲望という名の樽を1度満たしてしまえば、それが減ることはありません。 常に満たされている状態であるため、Aさんのように必死に貴重な液体を探し続ける必要がありません。
この2人を比べた場合は、一体どちらの人生が幸福なのでしょうか。

欲望の思考実験 2

この質問に対してカリクレスは、Aの人生の方が良いと即答します。 やるべき事があって、常に動き続ける事こそが人生で、何もせずに樽の前で座っているBの人生は、生きているとは言えないと言います。
カリクレスのこの返答は、今までの主張と一貫しているように思えます。 しかし、これを聞かれている方の中には、この例え話を聞いて、動き続ける人生よりも見守る人生の方が楽で良いと思う方も出てきたのではないでしょうか。

次にソクラテスは例を変えて、アトピーや蕁麻疹になった人を例に挙げます。 これらの人達は、肌に異常がない人達とは違って、常に肌を掻きむしりたいという思いを抱いています。
そういった意味では、アトピーや蕁麻疹などの人達は、そうではない人達と比べて『肌を掻きむしりたい』という欲望を持っていることとなります。
蕁麻疹になった人達は、肌を掻くと気持ちよくなれますし、掻くのを止めると、掻きむしりたい衝動に駆られます。 掻いても掻いても痒さが収まることはなく、むしろ悪化してしまう可能性もありますが…

先ほどの話を踏まえて考えると、蕁麻疹を発症した人には『掻きむしりたい』という欲望が生まれ、それを満たす為に掻きむしると、その間だけは心地よい状態になります。
ですが、一度掻きむしったからといって収まるのかというとそうではなく、掻くのを止めてしまうと、掻く前よりも強く、掻きたいという衝動に襲われてしまう事もあるでしょう。
これは、欲望を満たしてしまうと、更に大きな事を実現したいという、欲望が生まれる構造と同じです。

幸福に欲望は必要か

会社で出世した人間は、更に上のポジションを目指しますし、欲しかったバッグを手に入れた人は、更に上のブランドのバッグや、バッグに似合う服や靴が欲しくなるでしょう。
頑張って年収を上げた人が、更に上の年収を目指す様に、欲望は満たせば満たすほどに膨張していきます。 同じ様に、蕁麻疹になったり、蚊に腕を噛まれたりした場合、その部分を掻きむしりたい衝動に襲われます。
そして、一度掻いてしまうと、掻き続けなければ収まらないようになってしまいます。

一方で、健康的な肌を持っている人は、肌を掻きむしりたいとは思わず、肌に対しては何も注意を払わず、何も異常がないので考えることすらしません。
これまでのカリクレスの主張では、何も感じずに心も動かされず、それ故に行動も起こさない人生は、道端に転がっている石のような人生でしかなく、生きている意味がないと主張していましたが…
この例でも同じ様に、健康的な肌でいるよりも、蕁麻疹になったり蚊に刺されたり皮膚病にかかるほうが、幸せだと主張するのでしょうか。

この質問に対してカリクレスは、本心では、健康的な肌を維持して肌のことで何も悩まない人生のほうが良いと思いつつも、それでは今までの主張と矛盾しているからと、皮膚病になる方が幸せだと答えます。

欲望を満たせるものは力があるのか

この皮膚病の例え話と、それに対するカリクレスの答えを聞く前であれば、カリクレスの主張を受け入れるという人は、結構、沢山おられたと思います。
特に日本は自己責任論が好きな お国柄なので、力がない人間は悪で、強者こそが正しいという理論がもてはやされる傾向にあります。
結構前ですが、大成功をおさめたお笑い芸人が、金持ちは多額の税金を収めてるんだから、選挙で投じれる票が貧乏人と同じ様に1票というのはおかしいんじゃないかと堂々といってましたが、それが大した問題にならない国だったりします。

カリクレスは、力を持つ人間は自由に振る舞うべきだし、それに対する文句というのは、能力がない人間のヒガミでしか無いと主張しますが、似たような事を言っている成功者と呼ばれている人は大勢居ますよね。
そして、その人達は口々に、『自分は努力したから成功した。』と言い放ちますが、これは逆にいえば、成功していない人間は努力していない人間だといっているのと同じです。
成功していない、貧しい人間は努力を怠った怠け者なんだから、酷い目にあっても自業自得で、哀れみなんて掛ける必要もないという理屈は、結構耳にします。

しかし、実際には、成功や失敗というのは、運によるところが大半ですよね。
親が元々金持ちであるとか、友達に恵まれるとか、生まれた時代や国が良かったとか、運動の才能や外見の良さを備えて生まれてきたとか…そういった、本人の努力ではどうしようもない部分で恵まれている人間が、成功をおさめています。
仮に、日本で成功しているとされている人が、最貧国の独裁国家に貧乏人の子として生まれたとして、その人は同じ様に成功できるんでしょうか。 この世には、努力しても報われない環境というのは確実に存在します。

強者の理論

そして、カリクレスが言っていることは、自分が高い地位を手に入れることができる位置にいる成功者だから言えることであって、自分が転落人生を歩んでいる時には口に出せない主張です。
また、力を持っている人が、力を持っている人間は何をやっても良いんだと主張するのは、単に自分に甘いだけのようにも思えます。
欲望に流されて生きていくことが良いし、欲望は大きくなればなるほど良く、欲望を満たし続けることが幸福に繋がる道と言いますが…

では、投与するだけで最高の幸せを感じることが出来るけれども、ものすごく依存性が高いドラッグがあったとして、そのドラッグを定期的に購入できる金持ちは、そのドラッグを使用し続けることが、幸福につながる道なんでしょうか。
とても値段が高く、打つ度に体はボロボロになっていくけれども、そのドラッグを使用すれば、体や精神の痛みは全て吹き飛んで、普通に生きているだけでは絶対に味わえないような快楽を得られる薬で…
依存性が高く、一度でも使用してしまうと、そのドラッグを再び使うことしか考えられなくなる程、薬に対して強い欲求が出るドラッグの場合、それを打てば、一時的にはとてつもない快楽を得られるでしょう。

この様なドラッグがある場合、ドラッグを継続的に買うことが出来る金持ちは、このドラッグを使用し続けることで幸せに到達できるというのでしょうか。
カリクレスは、自分の主張と矛盾しないようにという理由だけで、健康的な身体よりも皮膚病にかかる方が幸せだと主張したので、おそらく、このドラッグの例でも、過去の発言と整合性を取るために、薬物中毒になる方が幸せだと答えるのでしょう。