【Podcast原稿】第68回【ゴルギアス】人を説得するとは 前編
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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
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目次
今回の内容も、プラトンが書いた対話篇の『ゴルギアス』を、私自身が読み解いた上で、解説する内容となっています。
本を朗読しているわけではなく、重要だと思うテーマの部分に絞って解説していく内容となっているので、対話篇のすべての内容を知りたい方は、本を購入して読まれることをおすすめします。
弁論術は説得して支配する力
前回の話を振り返ると、弁論家のゴルギアスに対し、ソクラテスが『弁論家とはどの様な職業なのですか。どの様な技術を身につけられるのですか。』という質問を投げかけて、弁論術を使う弁論家とはどの様な職業なのかを解き明かそうとしました。しかしゴルギアスや弟子のポロスは、『弁論家の技術とは、一番優れた凄い技術だ。』といった感じの曖昧な答えしかしてくれません。
ソクラテスは、弁論術を身につけることによって、どの様な能力を手に入れられるのかを言葉巧みに聞き出し、弁論術とは『説得を作り出すもの。』で、その説得によって、人々を支配する事が出来るということだと教えてもらうことが出来ました。
人を支配する能力は、他人の力を自分のものの様に使える能力なので、これが本当のことであれば、かなり強力な能力です。
では弁論家は、どの様に言葉を使って相手を説得するのでしょうか。 医者に対して医学の知識で勝とうと討論をしても、口先の技術だけでは限界があります。
これは、どのジャンルの専門感に対しても同じことで、専門家に対して専門知識で張り合っても、口先の技術では勝てないでしょう。 では、弁論家は、どの様な場面でどの様な事柄について相手を説得することで、人を支配するのでしょうか。
ゴルギアスによると、弁論術は法廷や政治の場などの集会で効果を発揮する技術で、主に、何が正しくて何が不正なのかといった事について説得する技術だと答えます。
ソフィスト達が主張する相対主義の価値観では、全ての人が、自分のスタンスこそが正義だと考えていますし、その反対意見は悪だと決めつけています。
この様な価値観の中では、自分の立場こそが正義で、その意見に反対する相手は悪だというのを何らかの形で納得させることができれば、自分の正義を相手に押し付けることが可能になります。
例え、自分自身が不正を犯していたとしても、それを口先の技術で正当化してしまえば、自分は罪に問われる事はありませんし、なんなら、相手が言いがかりをつけてきたとして名誉毀損で相手を訴えることも可能です。
この様な感じで、自分の言っていることが正しく、それに反抗する人間は悪だというふうに周囲や反発している本人を説得することで、自分の主張を押し通して自分の思い通りに動かすことが出来るというわけです。
自由を勝ち取れる弁論術
また、ゴルギアスの主張では、弁論術を身に着けたものが、本当の意味で自由になれると主張していましたが、確かに、弁論術にはそれ程の能力があるかもしれません。例えば、私が不正を行ったとして、その事を警察が嗅ぎつけて捕まえに来たとしても、自分の正当性を主張して警察を説得して納得させることができれば、警察は私を捕まえることは出来ないでしょう。
警察というのは取締システムの部門に過ぎないわけですが、その警察を動かす権限を持つ人間を説得できれば、そもそも警察は動かないでしょう。
この様に、自分よりも権力がある上のものであったとしても、自分の正当性を訴えて説得に成功すれば、相手はこちらに手出ししなくなるわけでうから、弁論術を身に着けたものは自由に振る舞えることになります。
何をしても咎められることがないし、なんなら、権力者を説得することで自分の味方に引き入れてしまえば、その権力者が持つ力も使えるようになるわけですから、凄い力と言えます。
この話が本当であれば、弁論術を学ぶ為に膨大な金を出すことは惜しくはないでしょう。
しかし、その様な弁論術は本当に存在するのでしょうか。 本当に存在するとして、その本質・正体はどのようなものなのか。
ソクラテスは、説得を生み出す弁論術を吟味する為に、まず、ゴルギアスとの間で前提条件の確認を行います。 違う前提のもとで議論をしても、意見が食い違うだけですからね。
人を説得するとは
ソクラテスはまず、『学んでしまっている状態』と『信じ込んでしまっている状態』の2種類の状態があるかどうかの確認をゴルギアスに対して行います。学んでしまっている状態とは、学校で勉強をするとか、本を読むとか、ゴルギアスに弟子入りをして師匠から教えてもらうなどして、特定の分野のことを学んで知っている状態の事です。
信じ込んでしまっている状態とは、例えば宗教に入信するなどして、自分で見て確認をしたわけでもないのに、その宗教のベースになっている世界観を信じ込んでしまっている状態と考えれば、分かりやすいかもしれません。
この他にも、自分の信頼している人やネットのサイトに書かれていることを、裏付けも取らずに信じ込んでいる状態も含まれます。
実際に自分が学んだわけでも研究したわけでもなく、ただ、自分が信頼している人の言葉だからといって、無条件で信じ込んでいる状態のことです。
次に、『学んでしまっている状態』と『信じ込んでしまっている状態』の2つは、同じことなのかを考えていきます。
学ぶという行為は、教科書を読むだとか教師から教えてもらうなど、誰かが書いた書物や専門知識を持つ人から教えてもらう事で学ぶわけですが…
その情報源を信頼できるかどうかが重要になってくるという点においては、信じ込んでしまっている状態と同じと言えなくはありません。 教師の発言や教科書に書かれている内容が本当のことである事を信じていないと、学べないということです。
しかし、学ぶというのは誰かから教えてもらう以外にも、自分自身の経験によって法則性を見つけ出すという事もあります。また、教師から教えてもらった事を疑って、そこから新たに理論を発展させて違った法則性を見出すという場合もあるでしょう。
一方で『信じ込んでしまっている状態』というのは、そこに学びが必要ない場合もあります。 有名な人物が主張しているから無条件で信じるというのは、学ぶことではありませんよね。
これらの事を考慮すると、『学んでしまっている状態』というのは、『信じ込んでしまっている状態』とは違った状態であることが分かります。
信念と知識の真偽
次に、信念と知識には、偽物と本物が存在するのかを確認します。まず、信念ですが… 信念とは、それが正しいと固く信じていることですが、これには真偽があるのでしょうか。人というのは、なにか大きな決断をしたり、それを行動に移したりする際には、信念を持って行うと思います。間違っていると分かっている状態で、敢えて自分の状況を悪くする決断を行うといった人は少ないですよね。
しかし、その決断が間違っていることはよくあります。 事前の情報が不足していたり、勘違いしていたり、間違った介錯をすることによって、悪いものを正しいと思い込んで行動することは、少なくありません。
では知識はというと、知識には真偽は存在しません。 何故なら、間違った知識は知識とは呼ばないからです。
例えば、誰かが貴方に対して『金持ちになる為の知識を教えてあげる。』といって、お金と交換で間違った知識を教えたとします。 教えられたアナタは、教えられた通りに実行するも、全く儲けられません。 当然ですよね知識が間違っているのですから。
この場合にあなたは、どの様な行動に出るでしょうか。 間違った情報を少なくない金で売った相手に対して『嘘を教えたな!』とか『騙したな。』といった感じで詰め寄ると思います。
間違った知識というのは、間違っている時点で知識ではなく、それを知識と言ってしまうと嘘になってしまうものなので、知識に真偽は存在しません。 正しい情報だけを知識と呼びます。
ここまでに出揃った前提条件をまとめると、『学んでしまっている状態』と『信じ込んでいる状態』が存在し、その2つは同じではない。
信念には真偽がある一方で、知識には偽物がなく、本物しかない。 ソクラテスとゴルギアスはこの前提条件を確認し合い、本格的な対話に入っていきます。
説得された状態とは
まず考えていくのは、弁論術が生み出す『説得する状態』。 言い換えるなら、弁論術が作り出す『説得された状態』について考えていきます。説得された状態というのは、『学んでしまっている状態』と『信じ込んでいる状態』の両方に当てはまります。 知識を伝えることによって、相手が知識を受け取って学んでしまえば、こちらの主張に納得し、説得された状態になります。
知識に偽物はないので、知識を授かったと認識した時点で、相手は説得されている状態になるわけです。
一方で、知識を伝えなかったとしても、演技や演出によって相手がこちらの言い分を信じ込んでしまえば、相手はこちらの言い分に説得されたことになります。
こちらが騙そうとしている場合、相手は、こちらの口先の技術や演出などによって騙されている事になりますが、先ほどの前提条件で信念には真偽があると確認しあっているので、間違ったことを信じることに問題はありません。
相手が、こちらの嘘を真実だと思い込んで信じ込んでしまうという状態は、こちらの嘘に説得されてしまっている状態と言えます。
つまり説得というのは、相手に知識を授けて学んでしまっている状態にするのと、相手に知識を与えずに、こちらの言い分を信じ込ませている状態の2種類がある事になるわけですが…
では、ゴルギアスが教えている弁論術は、学んでしまっている状態と信じ込んでいる状態のどちらの状態を作り出す技術なのでしょうか。 この質問に対してゴルギアスは、『信じ込んでいる状態を作り出すものだ。』と答えいます。
これまでの内容をまとめると、ゴルギアスが提供する技術とは、相手を説得する技術ではあるけれども、聞き手に知識を与えるための技術ではないことが分かります。
政治や法廷の場で、相手をうまく誘導して自分の思い通りに事が運ぶようにする技術ではあるけれども、決して、正しい知識が必要なわけではありません。
相手は、正しい知識を得る事によって説得させられるのではなく、議論の演出の仕方によって、正しいのではないかと信じ込まされて説得させられるだけということです。
ゴルギアスは、弁論家は医学などの専門的な知識は一切教えずに、弁論術だけを教えると主張していましたが、これで謎が解けました。
弁論術とは、説得しようとしている人に知識を伝えて納得させるのではなく、相手がこちらの言い分を信じ込むように言葉巧みに演出する為の技術だったわけです。