だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

第67回【ゴルギアス】最強の能力を手に入れる為の技術 前編

広告

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
goo.gl

noteにて、番組のサポートを受け付けています。応援してくださる方は、よろしくお願いします。
note.mu

前回はこちら
kimniy8.hatenablog.com

目次

今回の内容は、プラトンが書いた対話篇の『ゴルギアス』を、私自身が読み解いた上で、解説する内容となっています。
本を朗読しているわけではなく、重要だと思うテーマの部分に絞って解説していく内容となっているので、対話篇のすべての内容を知りたい方は、本を購入して読まれることをおすすめします。

ソフィストと弁論家

第57回~前回までは、『プロタゴラス』というソクラテスを主人公とした、プラトンが書いた対話編を、読み解いていきました。
ものすごく簡単に要約すると、人を立派で卓越した人間にすると言って人を集めて、授業料を取って人々を教育するソフィストの代表格であるプロタゴラスという人物に、ソクラテスが会いに行って…
『立派で卓越する』とは、どの様な状態になることなんですか? 立派な人間というのは、人に教育を通して伝えられるようなものなんですか? という質問をしていき、そもそも人を立派な存在にするアレテーとは何かを追求していくという話でした。

今回から読み解いていく『ゴルギアス』は、プロタゴラスのように自分をアレテーの教師だとはいっていません。では、ゴルギアスという人物はどの様な人物なのかというと、弁論家という職業の人です。
弁論家とは、弁論術を使用する人のことで、弁論術とは、例えば裁判などで主張の違う相手と言い争いをしなければならない状態に陥った時に、話を有利に進めるための技術と考えてもらって良いと思います。
当時のアテナイではアテナイ代表の将軍であるペリクレスが国の役職を抽選制にしたために、誰でも、大物政治家になれるチャンスが有りました。

このチャンスをものにする為に、討論を有利に進めるための弁論術というものが求められて、それを教える弁論家が登場し始めました。 ゴルギアスもそんな中の一人です。
この弁論家ですが、弁論家の弟子も政治家を目指していて、アレテーを教えるソフィストの弟子も同じ様に政治家を目指していた上に、はたから見ると似たような技術にも見えたので、一般市民には混同されていたようです。
その為、ソフィストという職業は、アレテーの教師という意味合いの他に、詭弁家といった意味合いも含んでいたようです。

という事で、前置きが長くなりましたが、早速、メインのゴルギアスを読み解いていこうと思います。
この対話編にも、前回取り扱ったプロタゴラスのように、一応ストーリー的なものは存在するのですが、そのストーリーが直接本編に関わってくるというものでもないので、その辺りは飛ばして、ソクラテスゴルギアスの対話から始めていきます。

弁論家とは どの様な仕事なのか

ゴルギアスと対話をする機会に恵まれたソクラテスは、ゴルギアスに対して『あなたの職業は何ですか?』という基本的な質問をします。
当然ですが、ソクラテスはわざわざゴルギアスに会いに行っているわけですから、ゴルギアスが弁論家であることも知っていますし弟子を抱えていることも知っています。
ソクラテスが本当に聞きたかったことは、弁論家とはどの様な仕事内容で、どの様な技術を身に着けて使っているのですかということです。

この質問に対して、ゴルギアスの弟子のポロスが会話に割って入って、『この世には、様々な技術があって、その技術を磨くことで様々なことが出来るようになるけれども、先生が教えているのはそれらの技術の中でも最も凄い技術だ。』と答えるんです。
この答えを聞いて、中には納得される方もいらっしゃるかもしれませんが、この答えをよくよく聞いてみると、ポロスは何も答えていないですよね。偶に居ますよね。何か答えているようで何も答えていない人。
哲学者は疑うことが仕事みたいなところがあるので、当然ですが、ソクラテスはこの答えに納得せずに、もう一度、今度は分かりやすく、同じ質問をしていきます。

例えば、医者に対して『医者とはどの様な仕事なのですか?』と聞いたら、人の傷や病気を直したり、健康に保つために助言をしたりする職業ですと答えてくれるでしょう。
デザイナーに対して『あなたの仕事はなんですか?』と聞いたら、『私の仕事は、物が売れやすくするために人の目を引くデザインをする仕事です。依頼があるのは本の表紙が多いので、今はそれ専門でやってますね。』と答えてくれるでしょう。
大工なども同じで、複数の大工を集めて、『あなたの仕事はなんですか?』と聞いたら、『神社仏閣専門の宮大工です。』とか、『鉄筋コンクリートの建物専門の型枠大工です』といった具合に答えてくれる。

大工やデザイナーなど、大まかに分かれたカテゴリーの職業の人に仕事の質問をしたら、具体的に何をやっているのかを教えてくれる。
当然、弁論家に対しても同じ様な答えを期待したのに、返ってきた答えが、『数ある技術の中で一番すごい技術!』って言われても、何の答えにもなっていないし 意味がわからない。そこでソクラテスはもう一度質問します、あなたの職業は何ですか?
こういった感じで聴くと、弟子のポロスは『ゴルギアスは弁論術を教えている弁論家だ。』と、これまた分かりきったような抽象的な答えを返してくれます。

ゴルギアス登場

この弟子の失態に目が当てられなくなったのでしょうか。 ソクラテスが道場破りとするならば、弟子のポロスを手のひらで転がされたのを観た上で、コイツは私と戦う資格があるなと思ったからか、師匠のゴルギアスが登場します。
真打登場でソクラテスも本気になったのか、前回取り扱ったプロタゴラスでも出てきたソクラテスメソッドやソクラテス式問答法と言われるルールを持ち出して、『このルールに従って対話をしましょう』と持ちかけます。
ゴルギアスは弁論術を極めて、その実力が多くの人に認められて弟子が押しかけてくるほどの実力者です。弁論術を知らないソクラテスは、いいように丸め込まれて不本意な形で議論を終了させられてしまうかもしれません。

その可能性を事前に回避する為にも、ソクラテスは独自のルールを持ち出して、一方が主張をし続けて、疑問点があれば質問者は質問を短く簡潔にまとめ、回答者は短い言葉で答える。
質問者が行う質問内容の中に理解できない部分があれば、回答者が質問側に回り、先ほど質問をした人間は、何故、その様な質問をしたのかという主張を行う為に攻守逆転するというソクラテス問答法での対話を提案します。
これは、弁論家は言葉を扱う専門家なのだから、素人の質問に対しては、短くわかり易い言葉で答えて欲しいという要望を出した形ともいえます。素人にそう言われたら反論も出来ないので、ゴルギアスは、この要求をのみます。

準備が整ったところで、ソクラテスは再び、ゴルギアスに対して『あなたの仕事はなんですか?』と聞きます。
弁論家は、話す技術を駆使して様々なことを実現させていく技術を使うもので、その技術を弟子に教えることで授業料を受け取っていたりもする仕事なのですが、では、どの様なジャンルのどの様な言葉の扱いに長けているのでしょうか。

弁論家の仕事(再)

一言で話し方を教えるといっても、様々な分野に話し方というのがあります。 例えば、聴くだけで健康を維持できたり、身体の扱いについて詳しくなるような言葉を使いこなす技術を教えてくれるのでしょうか。
それとも、聴くだけで音楽の歴史や成り立ちが理解できたり、音楽の作り方や楽器の奏で方が理解できるような言葉の授け方を教えてくれるのでしょうか。
そういうものではなく、弁論家の技術は、落語家の弟子のように、大昔から有るような昔話を面白おかしく話せるような、話術や間のとり方を教えてくれるのでしょうか。

ゴルギアスソクラテスの質問に対して、『弁論術は、医学や音楽などの特定の専門知識について勉強するようなことはしない。』と否定して『人々に話をする能力を授けている。』と主張します。
この回答は、普通に考えれば分かりそうなものですから、普通の人なら質問すらしない問いかけですが、ソクラテスは何故、この様な質問をしたのでしょうか。
それは、教育を含めた人とのコミュニケーションの大半が、言葉によるものだからです。 その為、人に話をする能力を授けているという回答は、教育のほぼ全てに当てはまってしまうからです。

例えば、医学を専門的に勉強して、人の体の構造を勉強すれば、どの様な食習慣をすれば体に良いか、又は悪いかを知識を持たない人達の前で話すことが出来ます。
これはジャンルを変えても同じで、数学についての知識を高めて、数学の知識が様々な事に利用できることを理解できるようになれば、身の回りの問題を数学で解決できると人に伝えることが出来ます。
大工も同じで、その技術を高めれば、他人に頑丈な家の建て方を伝えることが出来るでしょう。 弁論術に限らず、全ての知識や技術は、それを深く勉強して身につけることによって、他の人間に自分が学んだ事を話して伝えることが出来るようになります。

これらの、弁論術以外の知識や技術と弁論術との差は、何なのでしょうか。 ゴルギアスによると、弁論術は言葉のみで完結するのが弁論術だと主張します。
確かに、家を建てる技術や知識をみにつける場合は、実際に木を切ったり木を組み立てたりと、体を動かして実践を積み重ねていかなければ、その技術や知識は身につきません。音楽の場合も同じでしょう。
医者にしても同じで、医学書を呼んだだけの人に手術などは絶対にして欲しくはありませんよね。 実戦経験を積んで、信頼できる技術を持つ人間が、医者と呼ばれることになります。

弁論術と座学の違い

しかし、数学などの座学だけで完結するものはどうでしょうか。 数学は、勉強する際にテキストやノートを使うという意見もあるでしょうが、それなら、弁論術も師匠のいっていることをメモするといったことがあるでしょう。
メモをとっても良いのであれば、ノートを取るのも良いでしょうから、数学などの座学の場合は、ゴルギアスが主張する弁論術と変わりがないことになります。 それなら、学校の教師の大半は弁論家ということになるのでしょうか。
もちろん、ソクラテス自身は、学校の教師と弁論家が同じだとは思ってはいません。 しかし、専門家である弁論家自身に、他の座学と弁論術の違いをビシッと線引してもらいたいと思い、質問を続けます。

手を動かさない、単純に言葉だけで伝えられる他の学問と弁論術には、どの様な違いが有るのでしょうか。 弁論家は、言葉によって生徒に何を伝えるのでしょうか。

この質問に対してゴルギアスは、『人間は、いろんな事に関心を持つ。 金持ちになりたいだとか、モテたいとか、様々なことに関心を持つが、その中で一番重要な事を教えている。』と答えます。
ただ、この答えは、ポロスが先ほど答えた『数ある技術の中で一番すごい技術!』という返答とほぼ同じ回答と言えます。 言葉を発して何かをいっているようで、実のところ何もいってないのに等しい回答です。
具体的にどの部分が重要で、他の技術と比べてどのような点で勝っているのかというのが、何一つ伝わってきませし、そもそも、人間が一番求めているものすらも明言されていません。
kimniy8.hatenablog.com