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第66回【プロタゴラス】まとめ回 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
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目次

対話篇『プロタゴラス』おさらい

今回は、前回の最後でもお知らせしましたように、プロタゴラスの全体を振り返って オサライをする回にしたいと思います。
プロタゴラスの読み解きだけで9回もやっているので、最初の方を忘れていたり、全体像がつかめなくなっておられる方も少なくないと思いますんでね。

その前回までの9回でも言っていた事ですが、このコンテンツでは、著作権の関係から、作品の朗読をしたわけではなく、作品を私が読んだ上で、理解した範囲の事を考察を入れながら説明する形になっています。
その為、私自身の認識不足や理解不足や、偏った考えによって、作品が本来伝えたい事が、そのまま伝えられているかどうかは分かりません。
このコンテンツを聞いて、もし、興味を持たれた方は、作品そのものを読まれることをお勧めします。

という事で、まとめと おさらいに入っていきたいと思います。

徳を理解できていなかった『徳の教師』

今回取り扱った対話編に登場するプロタゴラスソクラテスは、難解な学問の問題に取り組んでいるわけではなく、物事の善悪であるとか、正義や勇気といった、一見すると、誰でも知っていると思い込んでいるものについて、深く追求しただけでした。
ソフィストであり、アレテーの教師として、多くの弟子と多額の収入を得ているプロタゴラスは、それを手に入れる事で、他人よりも卓越した存在になれるというアレテーを理解していると主張し…
そのアレテーの教師であるプロタゴラスに対して、無知なソクラテスが、アレテーを教えてもらうという事がきっかけで、二人は対話をする事になったんでしたよね。

しかし結果としては、プロタゴラスはアレテーを構成しているとされている勇気についてすら、理解していないことが分かってしまいました。
これは、一番最後の結末を読み解いてみても分かりますよね。
プロタゴラスは当初、アレテーとは教えられるものだと主張し、教えられる存在だからこそ、自分はアレテーを弟子たちに教えて、報酬を得ているんだと主張していました。

『アレテーとは、運動の才能のように、他人に教えられるようなものでは無いのではないですか?』というソクラテスの投げかけに対しても、アレテーとは知識のようなもので教えられる存在だと否定していました。
アレテーそのものが、プロタゴラスの主張する通り、知識の様に教えられるような存在であるのならば…
当然のことながら、それを構成している『正義』や『節制』『敬虔』『知識』そして『勇気』も、他人に教育によって伝えることが出来る知識のようなものであるはずです。

しかし、対話を進めていく内に、勇気とは『恐怖となる対象の知識』を持っているかどうかという類の知識であるという事を、ソクラテスによって指摘されると、それに対しては頑なに受け入れることはしませんでした。
このソクラテスの主張は、単純にソクラテスが憶測で断定しているものではなく、プロタゴラスの主張をまとめた結果が、勇気と『恐怖の対象となっているものに対する知識』は同じだという結論になってしまうという主張でした。
プロタゴラスは当初から、アレテーは他人に教えることが出来る知識のようなものだと主張していたわけですから、ソクラテスの言い分に反対する理由は、本来であれば無いはずです。

しかし、それでも頑なにソクラテスの意見を受け入れたくなかったというのは、自分の意見をソクラテスを通して客観視した結果、到底、受け入れられない何かを感じたからでしょう。
プロタゴラスの中での勇気という概念は、おそらくですが、もっと気高くて美しいものだったのでしょう。
気高く美しいものであるからこそ、誰しもが持つ事が出来るわけではなく、それ故に、勇気を持つ人は卓越した人として尊敬されるという、私達が勇気に対して思い描いている様なイメージを、プロタゴラスも持っていたのでしょう。

勇者と臆病者

現にプロタゴラスは、勇気を身につけるためには、精神的な素質を持ち、それを鍛錬した人間に宿るといった主張を展開して、勇気が打算の産物ではない事を強調しています。
しかし、自分がソクラテスに対して話した主張をまとめて、客観的に観てみると、勇気とは、知識を持つものが安全を確保した上で行う、打算的なものだという様にしか捉えられない意見となってしまいました。

この部分のやり取りを簡単に振り返ると、ソクラテスはまず、知恵がないものが大胆さ故に強大な敵に向かっていく場合は、その行動は勇気とは呼ぶのかという質問をし、プロタゴラスは否定します。
無知であるが故に、相手の恐ろしさを知らない状態で強大な敵に立ち向かっていく行為は、単に愚か者であって、勇気ある者とは呼ばないと主張します。
逆に、相手の恐ろしさをよく理解して、自分には勝てない敵だという事が分かった人物が、敵を前にして逃げる行為は、勇気ある撤退だけれども、臆病者が、相手の事をよく知らないのに逃げる行為は、褒められたものではないと言います。

無知であるけれども、大胆さだけは備えていて、どんな敵を前にしても立ち向かっていくという人間は、偶然にも勝てる相手に当たった際には、勇気ある者と同じ判断を下したことになります。
逆に、臆病であるが故に、相手がどんな者であったとしても逃げるという決断を下すものは、偶然にも、相手の強さが強大過ぎる場合には、勇気ある者と同じ決断をくだしいます。
しかし、勇気ある者と同じ選択をしたからと言って、彼らが勇気ある決断をしたとは言わないというのがプロタゴラスの主張です。

勇気という知識

では、勇気がある者と、臆病者や大胆な行動を好む者との間に、どの様な差があるのかというと、その差は、立ち向かう相手に対する知識だけという事になります。
ただ、この意見は、勇気ある者は『勝てると分かっている勝負しか受けない』とも読み取れますので、勇気とは知識を持つものが行う打算的な行為とも言えてしまうわけです。

ですが、私達のイメージ的にもそうですが、プロタゴラスにしても、勇気に対しては、もっと崇高なイメージを持っていたはずです。
そのイメージとは、例えば、自分の大切な者を守るために、絶対に勝てないとわかっている様な敵に対して、自分の命も顧みずに向かっていくような行動などです。
その為、ソクラテスが要約した話に対して否定的な態度をとるのですが、その後、ソクラテスは、良い人生について一緒に考えようと言い出します。

賢いものは危険を避ける

良い人生を歩むために必要なのは、ざっくり言ってしまえば、先を見通す力ということになります。
無知なものは、いま直面しているメリットやデメリットに目を奪われてしまって、もっと先の未来で待ち受けている、もっと大きなメリットやデメリットを見逃しがちです。
ですが、知識を得て、先を見通す技術を磨けば、自分が進もうとしている道には、どの様なメリットやデメリットが存在していて、最終的にどの様な未来に到達するのかが分かってきます。

自分が理想とする未来を見定めて、その道中に転がっているメリットとデメリットの大きさを比べて、今、選ぶことが出来る最善の道を選ぶことが、知識を持つ者が行うべき行動です。
目先のメリットやデメリットしか観ずに、それらに対して本能的に避けたり寄っていったりするといった行為や、感情に振り回されて行動するというのは、知識を持つ人間のやることではなく、動物と同じレベルになってしまいます。
人間は、本能や感情ではなく、知性を得ることによって得られる理性によって判断がくだされるべきであるというのが、対話を通して見えてきた、プロタゴラスの主張でした。

勇気とは美しいものなのか

このプロタゴラスの主張によると、理性的な人間は大きなデメリットを避けて、常に正解の道を選び続けることで、自分が目指す未来に到達できるということになります。
生きている人間にとっての一番のデメリットは、死んでしまう事と思われるので、理性的な人間は、当然、将来に自分が死んでしまうような道は選択しないという事になります。
知性のあるものは、常に正解を選ぶ為に、危機的な状況に陥ることが無いというわけです。

この意見を踏まえた上で、先程の勇気について考えてみると、プロタゴラスは、勇気とは賢いものが計算によって選択するような打算的な行為ではないと主張し、もっと崇高なイメージのものだと思うわけですが…
もっと崇高で尊い行動である、『自分の命も顧みずに、勝てないと分かっている敵に立ち向かう』という行為を行うという決断は、知識を備えた理性的な人間行わない。
というよりも、死が待ち受ける様な選択はそもそも行わないために、そんな状況に陥らない。という事が分かってしまいました。

つまり、勇気ある行動とは、知識を持つものが計算を行って、絶対的な安全を確保した上で行う行動という事になってしまいました。
結果として、勇気を含むアレテーとは、当初のプロタゴラスの主張どおりに、知識のように教えられるものという事にはなったのですが… それ程尊いものでも無いという事になってしまいました。
プロタゴラスが、この対話の結末に納得がいかなかったのは、アレテーを汚されたような気持ちになったからかもしれません。

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