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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿】第57回 『プロタゴラス』優れた人間は作れるのか 前編

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回はこちら
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目次

プラトン著『プロタゴラス』

今回からは、プラトンが書いた対話編を読み解くことで、ソクラテスがどの様な考え方をしていたのかを見ていきます。取り扱う作品は、プラトンが書いた『プロタゴラス』です。
著作権の問題が有るので、単純に朗読をするといったことはせずに、作品内の文章を少し引用したり、簡単な要約をした後に、それに対する説明や解説、考察を加えるという形で話していきます。

この作品は、ギリシャ内でもかなり有名な賢者であるプロタゴラスが、ソクラテスが住むアテナイに訪れて、それをソクラテスの友人が知るところから始まります。
ソクラテスの友人であり、裕福な家庭に育ったヒッポクラテスは野心溢れる若者で、プロタゴラスが教えているというアテレー、これは、徳とか卓越性とされるものですが、それをを知りたいと思い、授業料をかき集めてプロタゴラスに会いに行こうとします。
その行為に対してソクラテスは、『そこまでの高額な授業料を用意してでも教えて欲しいと思うのは、一体、どんな技術や知識なのか?』と訪ねるんですが、ヒッポクラテスは、教えて貰いたいと思っている対象の内容をよく知りません。

そこでソクラテスは、もう少し答えやすくする為に、複数の例を出して聴いてみる事にします。
例えば、医者に教えを請う場合は、将来医師になる為に、医師の生徒として医学生になるんだよね? 大工に弟子入りする場合は、大工の技術を身に着けて、いずれは棟梁になるわけだ。
じゃぁ、ソフィストに教えを請う場合には、将来、何になりたいと思って弟子入りするのかな?といった感じでソクラテスは質問をします。

自分がなりたいものが明確にある場合は、その分野で優れた能力を持つ人に、弟子入りしたり生徒になる事で教えを請う事は、効果的な方法ですよね。
例えばお笑い芸人になりたい場合は、自分が好きな落語家や漫才師に弟子入りするとか、今では、養成所に通うなんて事をしたりもするでしょう。
格闘ゲームのプロゲーマーになりたいと思うのであれば、ウメハラさんに意見を聞きに行ったり、youtubeを観るというのも、後に役立つ行為ともいえるかもしれません。

自分が目指している分野の第一人者に話を聞きに行くというのが、その道を極める近道とするなら、プロタゴラスは、どの分野の第一人者かを考えれば、この質問に答えられる事になります。
この質問に対してヒッポクラテスは、『これまでの話からすると、ソフィストということになるんだろうね。』といった感じで、フワフワした返答をするんですね。
その答えを聞いたソクラテスは、『じゃぁ、ソフィストが何をする職業か知ってるの?』と聞くんですが… ヒッポクラテスは上手く答えられません。 ソフィストがどんな職業なのかを知らなかったんですね。

ソクラテスは友人のヒッポクラテスが心配になったからか。それとも、賢者と呼ばれるプロタゴラス自身に興味が湧いたのか。
とにかく一緒について行って、彼が教えるアテレーが何なのかを見極めようとするところから、物語は始まります。

ソフィストとは情報商材詐欺なのか?

世の中には、この様な出来事って身近に存在しますよね。
この物語でプロタゴラスが教えると主張しているのは、アテレーと呼ばれる『徳』とか『卓越性』と呼ばれるもので、それを手に入れることによって、他人よりも優れた存在になれると信じられてきたものですが…
これは、『教えるもの』を別のものに変えると、現代でも十分に有り得る話です。

例えば、不動産投資や自己啓発などのセミナーや、オンラインサロン。ネットワークビジネスなどにテーマを変えれば、多くの人が、『自分自身や友達が勧誘されたり興味を持った』なんて事は、1度は経験したことが有るのではないでしょうか。
ここに挙げたテーマに共通する事は、『楽して金持ちになる方法』なのですが、そんな物が存在するのであれば、何故、彼らは大掛かりな手間を掛けてセミナーを開いたり、自分の自由な時間を潰してサロンを開くのでしょうか。
既に楽をして儲ける手段を身に着けているのであれば、その秘訣を誰にも教えずに自分だけのものにして実践して、自分だけが金持ちになれば良いだけの話です。

セミナーを開く人が善人で、『多くの人に幸せになってもらいたいから』という気持ちから教えるのであれば、セミナーやサロンでお金を取る意味もよくわかりませんよね。
何故、よく知らない不特定多数の人に、自分が生み出した大切な秘密を教えるのか。 答えは簡単で、そうする事で、セミナーに参加しに来た人達ではなく、主催者である彼ら自身が儲けることが出来るからです。
つまり、彼らが儲ける手段というのは、セミナーやサロンの月会費などの、信者が貢いでくれるお金や、信者が自分を崇めることで、社会的な影響力を強めて、その影響力をお金に変換しているだけなんです。

もし、身近な人間が、この様なセミナーやサロンや勉強会に参加すると言い出したら、誰だって心配になって、興奮している友達を冷静にしようと思うのではないでしょうか。
ソクラテスも同じ様に、友達のヒッポクラテスを冷静にするために、『プロタゴラスに会って、何を教えてもらいたいのか』を問いただします。

アテレーを身につける為の方法は何なのか

先程も言いましたが、例えば、家を建てる勉強をしたいと思う人間であれば、建築学校に通うとか、大工の元で修業をすると行った方法で、知識や技術を習得することが可能です。
これは他のことにも当てはまります。 絵を書きたいと思うのであれば、絵画教室に通ったり、既に技術がある人の絵を模写して真似するといった行為によって、思い通りの技術を身に着けることが出来るでしょう。
格闘ゲームの勉強をしたいと思うのであれば、上位プレイやの動画を観たりだとか、ウメハラさんなどの有名な方にアドバイスを求めるといった方法もあるでしょう。

ですが、『それ』を勉強することによって、他の人間よりも卓越した優れた人間になれる『アテレー』という存在は、どうやって勉強すればよいのでしょうか。
優れた人や卓越した人というのは、定義自体が漠然としすぎていますし、どんな勉強をしたり行動を起こせば、技術や知識が身につくのかも不明です。

また、漠然と『良い人になる』方法が、言葉や行動によって伝達可能なのかも分かりません。
ソクラテスは、冷静になって考えさせる為に質問を投げかけた上で、自分も一緒について行って、その正体を確かめようとします。

ちなみにですが、先程は不動産投資や自己啓発やオンラインサロンといった、胡散臭い例を挙げて例えてしまったプロタゴラスさんですが、この人物は、当時のアテナイでは相当なビックネームです。
アテナイの将軍で、アテナイというポリスの代表的な立場であるペリクレスと知り合いで、彼から、憲法の草案を考えて欲しいと依頼を受ける程の人物だったりします。 つまり、実際に優れているとされてた人なんです。
また、哲学者としても、『万物の尺度は人間である。』といった言葉を残し、この世に相対主義という考え方を確立させた人物でもあります。

プロタゴラスとの邂逅

プロタゴラスと対面したソクラテスは、さっそく、『徳とは何なのでしょうか。 あなたは、それを教えることが出来ると主張していますが、そもそも、他人に教えられるような知識なのでしょうか?』と、率直に質問をぶつけます。
これに対してプロタゴラスは、雑誌裏の広告などに書かれているような『このサービスをご利用されたお客様の声』の様な感じで、『私から教えを受けた人間は、皆、私の元に来る前よりも成長して帰っていくし、感謝もされてるよ。』と返します。
そして、『もし、私が教えたことに納得がいかないのであれば、お金を払わなくて良いし、いつでも私の元から去っても良いです。』とクーリングオフの説明までしてくれます。

常人であれば、納得して、直ぐに契約してしまいそうな返答ですが、ソクラテスは、これに対しても鋭い切り返しをします。
『例えば、貴方が笛の吹き方を教える教師だったとして、貴方の元へ笛を吹けない客が訪れたとしましょう。 貴方は彼を指導して、笛を吹けるようになった場合、彼は、笛をふけるという点に置いて、貴方の元を訪れる前よりも優れた人間になったと言えます。
これは、全ての事に当てはまってしまいます。 計算ができない人間に足し算を教えて、九九を覚えさせれば、その人物は、それを学習する前よりも優れた人間になったと言えるでしょう。
仮に、あなたの授業を受けなかったとしても、人が日々勉強を重ねさえすれば、勉強をしていなかった頃と比べて優れた人間になるのではないでしょうか?』と、質問します。

この質問を言い換えるなら、『具体的には何を教えているのですか?』と聴いているのと同じです。
大工に対してこの質問をするなら、『家の部品の加工の仕方や、組み立て方。』と答えるでしょうし、音楽家に質問をするなら、『楽器の演奏の仕方。』と答えるでしょう。
ウメハラさんにストⅡについて訪ねたら、波動拳の撃ち方について教えてくれるかもしれません。

やりたい事だけやっていれば優れた人間になれる

これに対してプロタゴラスは、指を指しながら『良い質問ですねぇ!』と言って、持論を展開しだします。
『私の元に駆け込んでくる人の多くが、自分がやりたくない学問から逃げてきたような人達なんですよ。
しかし、他のソフィスト達は、そんな人に対して『数学を勉強しろ!音楽もだ!体育も出来るようになっておきなさい!』と、本人が勉強したいと思わないものまで詰め込み教育をしようとするようです。
だが私はそんな事はしません。 私は、本人が学びたいことだけを学ばせます。 私の元で学ぶことで、身近な話だと家庭内がうまくいくし、政治に関していえば、権力者の右腕になることだって出来るでしょう。』答えるんですね。

これを聴いたソクラテスは、自信なさげに、『つまりまとめると、生徒を『優れた人間』にするということですか?』と聞き返すと、プロタゴラスは調子よく『その通り!』と答えます。

これまでをまとめると、プロタゴラスは本人が望む知識を惜しみなく与える一方で、生徒が嫌がる授業は一切行わず、その結果として、何事も上手く行うことが出来るような『優れた人間』を作れると主張している事になります。
しかも、本人が学んだ上で『自分には合わないな。』とか『この内容でこの授業料は高いな。』と思えば、申し出ればいつでも自分が納得した金額だけを支払って弟子を止めることが出来る、生徒にとって都合の良いものとなっています。
そして、金を払う価値もないと思えば、何も払わずに帰ってもよいというクーリングオフ制度付きという、非常にお得な内容となってはいるのですが…

『優れた人間』になる為には何を勉強すればよいのかといった具体的な事は、何一つ教えてはくれないという状態です。
とにかく、『私のもとで学べば優秀になれるよ!』というセリフボタンを連打してるだけで、具体的に何を教えてくれるのかは不明です。
普通の人間であれば、ギリシャでもトップレベルの知名度を持つ人間が教えてくれて、その上、内容が気に入らなければお金は返すと言ってくれてるわけですから、直ぐにでも契約してしまいそうな雰囲気はありますが…

ソクラテス自身の性格が用心深いからか、それとも、何事に対しても、すんなりと信用することはなく、吟味した上で受け入れられる事だけ信じる性格だからか、ソクラテスは納得しません。