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ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

プラトン著『ゴルギアス』の私的解釈 その1

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このエントリーは、私自身がPodcast配信のために哲学を勉強する過程で読んだ本を、現代風に分かりやすく要約し、私自身の解釈を加えたものです。
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序章

この対話編は、遠征してきたゴルギアスが街の広場で演説をするという噂を聞きつけたソクラテスとカイレポンが、その演説を見に行くところから始まる。
しかし、カイレポンが まごついた せいか、ソクラテス達が広場に到着した時には、既にゴルギアスの演説は終わってしまっていた。
呆然と立ち尽くす二人でしたが、そんな二人を発見したのが、ソクラテスの友人のカリクレス。

カリクレスは事情を聴くと、『ゴルギアスさんは、この地域に滞在中は私の家で寝泊まりしているので、会いたいのであれば、家に来ればよいよ。』と言ってくれる。
この言葉に甘える形で、二人はゴルギアスに会いに行くというところから始まる。

弁論術とは何ですか?

ソクラテスが、わざわざ足を運んでまで広場に赴いたのは、ゴルギアスが他人に教えている弁論術に興味があったから。
しかしソクラテスは自分で質問をするのに気が引けたのか、カイレポンに『ゴルギアスは、何の職業をしている人ですか?』と聞いてもらう。
当然、ソクラテスゴルギアスが弁論術の教師であることは知っている。 ソクラテスが聞きたかったことは、その教えている弁論術とは、どの様な技術のことなのかということ。
だが弟子達の1人であるポロスが、『先生は、先程の広場の演説で疲れているので、私が変わりに答えましょう』と割って入る。

ソクラテスは、答えさえ知れればそれで良かったので、代わりにポロスにその質問に答えてもらうことにする。
ポロスによると、『人々の技術は全て、経験を積み重ねることによって発展発達してきたが、このゴルギアスは、その中でももっとも優れた技術を身に着けている。』と自信満々に答える。
だが、この答えを聞いたソクラテスは、意味を理解することが出来ない。 何故ならポロスは、質問に答えているようで、実のところ何も言ってはおらず、『凄いことを教えている!』と言っているに過ぎないから。

この様な返答をする人って、現代でも結構見かけますよね。
怪しげな商売をしている人たちや、不正を指摘された政治家などが行う答弁と同じで、重要なことは何一つ答えずに、何となくすごそうな雰囲気だけを醸し出して、相手に勘違いさせるという方法です。
例えば占い師などは、何一つ具体的なことはいわずに、抽象的なことばかりをいって、相手に都合の良い勘違いをさせたりもします。

ソクラテスはポロスに対して、『貴方は私の質問に答える気がなく、弁論術の技術を使って有耶無耶にしようとしているんじゃないですか?』と不信感を抱く。
例えば、医者に対して、『あなたの仕事はなんですか?』と聞いた場合、医者は、『怪我や病気の治療をしたり、健康状態を維持するための助言をする仕事ですよ。』と仕事内容を答えてくれるでしょう。
同じ様にデザイナーに対して質問をしても、『私はデザインをすることでお金を貰っています。 依頼があるのは、本の表紙のデザインが多いので、今はそれ専門でやってますね。』と答えてくれるだろう。

複数人の大工に質問をしたら、『私は宮大工で、主に神社仏閣の建築や修繕をやっている。』だとか、『私は型枠大工で、鉄筋コンクリートの建物を作る作業の一部をやっている。』といった具合に、答えてくれる。
大工やデザイナーなどの漠然とした職業の質問をしたとしても、突っ込んだ質問をすれば、自分が従事しているそれぞれの専門の仕事内容を答えてくれるでしょう。
振り返って、ポロスはソクラテスの質問になんと答えたのかというと、『凄い技術を教えている。』といっただけ。 これは、答えになっているのでしょうか。

この事を告げると、ポロスは『ゴルギアスは弁論術を教えていて、職業は弁論家』だと答えます。
弟子の失態に耐えられなくなったのか、それとも、道場破りに乱入された道場の師匠のように、弟子との対話を観て相手の実力がわかったのか、真打ちのゴルギアスが登場し、ゴルギアスソクラテスとで対話が始まる。
以降は、ゴルギアスソクラテスによる対話へと移行する。

ゴルギアス vs  ソクラテス

ソクラテスは、対話の前に事前にルールを決めようと言い出す。
弁論術を極めて、その上、他人に教えることでお金まで取っているゴルギアスを相手に対話をするわけですから、弁論家ではないソクラテスがルール無しで対話を行った場合は、不本意な形で丸め込まれてしまう可能性がある。
ソクラテスは、質問者は質問を短く簡潔にまとめ、回答者が短い言葉で答える。質問者が行う質問内容の中に理解できない部分があれば、回答者が質問側に回り、攻守逆転するというソクラテス問答法での対話を提案する。

弁論家は、言葉を扱う専門家なのだから、素人の質問に対しても短くわかり易い言葉で答えて欲しいという要望を出した形ともいえます。そしてゴルギアスは、これを了承する。
このルールを決めた後で、ソクラテスは再び、先程ポロスに対して行った質問をゴルギアスに対してブツケます。『あなたの職業は何ですか?』と。

弁論家は、弁論術と称して生徒に対して言葉の扱い方を教えるわけだが、では、どの様なジャンルの、何についての言葉を教えるのだろうか。
例えば、それを聴くだけで、健康を維持したり身体について詳しくなるような言葉を教えてくれるのだろうか。それとも、聴くだけで音楽について詳しくなったり、楽器を奏でることが出来るようになる言葉なのだろうか。
ゴルギアスは、弁論術を身に着けたとしても、医学に詳しくなるわけでも音楽に詳しくなるわけでもない。 弁論術という技術の範囲には、その様なものは、入っていないと答える。

そこでソクラテスは『人々に話をする能力を授けているのでしょうか?』と質問をすると、ゴルギアスはこれに同意する。

弁論術と他の学問との違いは何だろう

普通に考えれば分かりそうなものだが、では何故、ソクラテスはこの様な質問をしたのだろうか。
そもそも、人のコミュニケーションの大半は言葉によって行われるため、全ての教育が言葉を介して行われる。であるなら、全ての職業が言葉を扱っている職業だし、専門知識について話せるようになる為の勉強といえる。
つまり、殆どの職業における勉強は、その専門分野の事柄について話せるようになる勉強ともいえる。 では、弁論術は他の学問と何が違うのかという、明確な差を知りたかったのでしょう。

これに対してゴルギアスは、他の技術は言葉だけでなく、実際に手を動かして技術を習得するが、弁論術は言葉だけで全てが完結すると答える。
確かに、画家にしても大工にしても医師にしても、本を読んだり話を聞くだけでなれるものではなく、実際に手を動かして何度も反復練習するという作業をしなければ技術は身につかない。
誰だって、本を読んだだけで医者を名乗る人物に手術をしてもらおうなどとは、絶対に思わないだろう。

しかし、ソクラテスはこれだけでは不十分だと答える。 何故なら、言葉だけで完結する職業は、弁論術に限らないからです。
確かに、画家や彫刻家や大工などの職業は、実際に手を動かすという作業を行わなければならない。 しかし、学校の教師などはどうだろうか。
例えば数学の教師は、教科書と言葉だけで生徒に対して数学の知識を伝えるのではないだろうか。 国語や社会の教師も同じで、特別な技術を身につける為に手を動かさなければならないということはない。

ソクラテス自身は、数学の教師と弁論家が違うものを扱っていることは理解しているが、その明確な差を、弁論家であるゴルギアスに明らかにして欲しいと主張する。
手を動かさない、単純に言葉だけで伝えられる他の学問と弁論術には、どの様な違いが有るのだろうか。弁論家は、言葉によって何を生徒に伝えるのか。

この質問に対してゴルギアスは、『人間が関心を持つ者の中で一番重要で、一番優れているものだ』と答える。
しかしこの回答は、ゴルギアスの弟子であるポロスが最初に答えた答えである『弁論術とは凄い技術のことです。』といった答えと根本的には変わらない。
具体的に何が重要で、どの点で一番優れているのか。 そもそも、人間が一番求めているものとは何なのか。 何一つ分からない。

一番優れていて 人間が一番に求める技術

そこでソクラテスは、世間一般で大衆が関心を持ち求めているものを3つ挙げる。1番目は『医者の技術』2番めは『健やかで優れた肉体』3つ目は『正しい方法で手に入れた財産』
医者の技術は、怪我や病気をして弱って悪くなった身体を治すことが出来る技術。
2番めの健やかな身体を手に入れる事により、人は健康な状態を維持できるし、能力的に優れていれば、様々なことに挑戦できるし、戦争に行った際も生き残れる可能性が高くなる。
3つ目の正しい方法、つまり、人を騙したりと不正を行わずに、正攻法で手に入れた財産は、誰に気兼ねすることもなく自由に使えるお金という事になり、1番目と2番目を金の力によって手に入れることが出来る。

この説明だけだと、湯水のように金が使える実業家が一番良いようにも思われるが、何故、これが3番めなのかというと、金を稼ぐというのは技術だけれども、金を使えるというのは技術でも何でも無いからだろう。
お金があるからといって、怪我や病気をした際に、いつでも優秀な医者を雇えるわけではない。 今現在は、ネットなどが発達している為、金をかければなんとか出来る範囲も増えてきて入るが…
古代ギリシャであるこの時代は、必要な時に医者をすぐに呼びつけることが物理的に無理。 その為、いざという時には、医者を兼ねで雇える能力よりも、医術の知識を持っている方が役に立つ。

これらの技術を職業に当てはめると、1番目は医者だし、2番目はトレーニングジムなどに所属しているコーチということになり、3番目は実業家ということになる。
ゴルギアスの主張では、人間が一番関心を持っていて、優れたものが弁論術ということだったので、当然、弁論術はこれらの技術よりも優れている事になるわけだが、では、どの点で優れているのだろうか。

ゴルギアスは、弁論術を学ぶものは様々な束縛から解き放って自由にすることが出来、その上、他人を支配することが出来ると主張する。
弁論術によって他人を説得し、自分の思い通りに動かすことが出来る能力を得ることが出来る。

弁論術とは人を支配する技術

先程、ソクラテスが挙げた医者や実業家などの人たちも、弁論術によって相手を説得してしまえば、相手を自分の好きなようにコントロールすることが出来る。
警察や裁判官や政治家といったものが相手だったとしても、弁論術さえ使ってしまえば、自分の意見を押し通して説得することが出来る。 弁論術を収めるものは、相手が誰であれ束縛されること無く、自由に振る舞える。
他の技術を習得したものを、説得によって自分の奴隷にすることが出来、その上、自分自身はいかなる権力からも束縛されることがない弁論術は、人が目指すべき最高の技術というわけです。

このゴルギアスの主張により、やっと、弁論術の本当の力を知ることが出来ます。
それは、『相手を説得する技術』のことです。

では、具体的には、何についての説得をするのでしょうか。
例えば医者の場合は、怪我や病気を治すという事以外に、人間の健康管理には何が必要なのかを語ることが出来て、それによって他人を説得することが可能です。
医者にも色々あり、身体について詳しい医者もいれば、人間の精神、心について詳しい人も存在し、この医者も同様に、この分野において他人を説得することが出来る知識と技術を持っています。

では、ゴルギアスが主張する弁論術の能力である『説得』は、何についての説得なのでしょうか。

この疑問に対してゴルギアスは、法廷や政治などの集会などの場で使うことが出来る説得術で、主に、何が正しくて何が不正なのかといった事について説得する技術だと答えます。
(つづく)
kimniy8.hatenablog.com

参考書籍