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【漫画 ネタバレ感想・考察】 かんかん橋をわたって

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今回は、私が愛聴しているネットラジオ『BS@もてもてラジ袋』
moteradi.com
にて紹介されていた、『かんかん橋をわたって』を読んだ感想などを書いていきます。

ネタバレ全開で書いていきますので、まだ読まれていない方は、注意をしてください。
今現在(2018年9月)、Amazon Unlimitedにて、全巻読むことが可能です。

嫁姑ランキング

『かんかん橋』と呼ばれる、隣町とを結ぶ橋を渡って、川南に住む主人公の萌が川東に、嫁いできます。
この物語は、それから1年経ったところから始まります。

良い家族に恵まれて、何不自由ない暮らしをしていると思いこんでいた、主人公の萌。
ですが、生活の端々で、少し変だなと想う出来事が続きます。 自分が炊いたご飯は、水の量をしっかりと測っているにも関わらず、何故か固い。
自分の部屋の導線上に、濡れタオルが干してある… 些細なことですが、そういった事が積み重なって、生活の中に違和感を感じるようになっていく。

そんな日々が続く中、町内の人々から、自分の姑が『川東一のおこんじょう』だということが知らされる。『おこんじょう』とは、意地悪とかそういった意味合いで、今までに萌が感じてきた生活の中の違和感は、姑による意地悪だと気付かされる。
それが判明したぐらいの時期から、姑の嫁イジメが加速し始める。 そんな状態に、身も心も衰弱していく萌だが、その前に表れたのが、権藤木さやか という人物。
権藤木は萌に向かって、『あなたは、嫁姑ランキング4位よ!』と言い放つ。

この川東には、萌と同じ様に嫁姑問題に苦しんでいる人間が多く、その中でも上位10人には順位付けが行われている事を知らされる。
そして、『川東一のおこんじょう』と呼ばれる人間を義母に持つ自分が、1位ではなく4位だと知らされるところから、物語は始まります。

この最初の出だしを読んだ私の素直な印象は、『嫁姑問題を取り扱った作品なんだな…』といったものでした。
姑がどんな嫌がらせをしていくのか。そして、嫁は、それに対してどのように耐えるのか、仕返すのかといった内容が続くのかなと思いましたが、中盤、そして後半まで読み進めるに連れて、自分の認識の甘さを思い知らされる事になるとは、この頃は思いもよりませんでした。

団結していく嫁グループと姑グループ

序盤の大半は、姑である不二子が、嫁に対して微妙な嫌がらせを行うというのがメインになります。
この頃の萌は精神的には強くなく、情報通の権藤木を頼って他のランカーが達に会いに行き、嫁同士のネットワークを築いていき、不幸を皆で共有していく事で、団結力を強めていきます。
その一方で姑の方も、『山背のまむし』と呼ばれるようなアクの強い方々が団結していく… というより、萌の義母である不二子に心酔し、その配下へと加わっていく感じとなります。

ココら辺りまで読み進めて、少し、違和感が出てきます。
というのも、不二子という人物は、街一番の意地悪な人間なのに、何故か、カリスマ性を持っていて、みんなを引きつける魅力を持っているからです。
街中の人間が意地悪な人間と噂しているわけですから、みんなから嫌われていて当然なのですが、皆が一目を置いている…

不二子の人心掌握術

この、不思議な魅力を持つ不二子ですが、何故、ここまで魅力的なキャラクターなのかが、この物語の中盤以降、萌の変化によって描かれます。
萌は、嫁同士のネットワークを築いていく中で、自分たち高位ランカー達が、嫁たちから尊敬されている事に気が付き、その立場を利用して、川東の嫁たちの相談役になり、様々な嫁姑問題を解決していきます。
その解決の仕方が、単純な善意、つまり、『皆で仲良くしましょう!』といった感じの解決方法ではないんです。

例えば、嫁が作った料理を姑が食べずに、そのまま三角コーナーに目立つように捨てるという行為を行うことで、嫁が精神的なショックを受けるという相談を受けるのですが、その解決方法は、旦那を共通の敵に仕立て上げる事だったりします。
姑が三角コーナーに嫁が作った料理を捨てていたのは、息子が嫁が作った料理に対してだけ、『美味しいよ!』と賛辞を送っていたことに対する嫉妬でした。
しかし萌は、その褒め言葉が旦那の本心ではない事を見抜き、敢えて、嫁姑問題こじれる形での解決方法を提案します。 その方法が、リサイクル料理。
ハンバーグを作って捨てられた翌日に、パスタのミートソースを作る。貝のおすましを捨てられた翌日に、貝の炊き込みご飯を作るなど、三角コーナーの料理をリサイクルしている風を装った献立にする事で、嫁に姑を攻撃させます。
その攻撃に参った姑は、炎天下の元、自宅の物置に立てこもります。 それを確認した上で、萌はこの家族の旦那に連絡し、現場に来させて『何故、奥さんの作った料理だけ褒めるんですか?』と質問します。それに対して旦那は、『それは、嫁がいちいち聴いてくるからだよ。』と、本音をぶちまけます。
それを聴いた嫁は、姑に同情。 毎日、献立を考えてご飯を作ることがどれだけ大変かを旦那に訴え、共通の敵とすることで、嫁姑問題を解決させます。

その解決の手腕に、多くの人が、萌の背後に不二子の存在を感じてしまいます。
そう、効果的な意地悪とは、相手が何を最も嫌だと思っているのか、自分がどんな情報を与えれば、相手がどんな反応を起こすのかというのを知り尽くしていないとできない事。
つまり、『川東一のおこんじょう』は、川東の中で誰よりも人の心理を知り尽くし、最も効果的な手を打つことが出来る策士だったという事が分かってきます。
不二子は、長年に渡る観察によって、街中の人の心理を知り尽くし、自分が街中の人から嫌われないギリギリのラインで行動をし続けることで、『川東一のおこんじょう』と噂されながらも、不思議なカリスマ性を帯びる人物へとなっていったんです。

この辺りまで読み進めると、この物語が単純な嫁姑問題だと思っていた自分が恥ずかしく思ってしまう程、打ちのめされた感じになり、同時に、ページをめくる手が止まらなくなりました。

千尋の谷

不二子が、街中の人間を観察し、行動パターンや思考パターンに至るまで解析してまで、何故、意地悪なんて事をしているのか。 単なる趣味なのか。
それは、萌が嫁ネットワークを築き、相談役になった辺りで放たれた一言で、その片鱗がわかります。
『萌さん。 人を自分の思い通りに動かすのは楽しいでしょ?』

人の世話をやくのも意地悪をするのも紙一重で、それを効果的に行うためには、人の行動バターンの解析と、心理の解析が欠かせません。
不二子は、嫁の萌が人を疑うことを知らず、無垢な存在でいる事に対して不満を持っていました。その為、意地悪とギリギリできすくか気づかないかの嫌がらせを行い続け、萌に人の行動を疑う気持ちを植え付けました。
『おこんじょうの目』と呼ばれる、第一印象で物事を決めずに、真実を見抜く目をもたせる為、嫁を千尋の谷に突き落とし続けていたんです。

何故、そんな事をするのか。 それは、不二子の宿敵とも呼べる、この街を牛耳る『真の悪』が存在していたからです。
不二子は、自分自身でその悪と対峙するつもりだったのでしょうが、僅かな希望を嫁である萌に見出し、来るべき宿敵との対決の為に、鍛えていたんです。
とはいっても不二子のことなので、萌のことも完全には信用していなかったのでしょう。 あわよくば、戦力になってくれれば良いなという程度の期待でしか無かったんだと思います。

無垢な気持ちや信じる心は駄目なものなのか

ここで、『人を無垢な心で信じる事が悪いのか』と疑問を持つ人もおられるかもしれませんが… そうなんです。悪いことで駄目なことなんです。
私達は、小さな頃からの教育のせいか、無垢である事や無条件で信頼する事に、一種の美しさのようなものを感じてしまいますが、そういった行動は、一種の思考停止、無視と同じで、美しいことでも何でもない事なんです。
物事に対して真摯に向き合うという事は、眼の前にあることを徹底的に疑い、吟味し、本当に信用できると思ったものだけを、自分の判断で受け入れる事です。

これは、少し考えてみれば分かります。人の言う事を吟味もせずに、すんなり信じる人というのは、それが間違っていたり、騙されていたことが分かると、その原因を外部に求めます。
『貴方が言ったから信用したのに!!』 これは、相手の言う事に真摯に向き合っているのではなく、何かあった時には『他人のせいにすれば良い』という不誠実な態度であって、誠実に向き合おうとした場合は、自分が納得できるまで疑って吟味すべきなんです。
そして、自分自身の判断で、信じる信じないを決めるべきなんです。

相手の事を疑う。 その為に、相手の表情などの情報は、どこまでも細かく読み取る。
その事を、『おこんじょう』という行動を通して、嫁に教え続けていたのが、不二子だったんです。

読み終えた感想

この漫画、最初は、嫁アベンジャーズが、不二子率いる姑ヴィラン連合と総力戦を行う漫画?と思いきや、そんな底が浅い話ではありませんでした。
人というのは、見る観点や置かれている環境によって変わる。一番わかり易いのが、不二子に対する印象でしょう。
不二子が取る行動は、一貫して変わりませんが、序盤ではあれだけ嫌な奴だった不二子が、終盤では最も頼りになる人物に写ったりもします。

これは、姑軍団全ての置いて言える事です。
人は、社会性を持つ動物なので、自分にコミュニティに対して貢献できるものがなにもないと思いこんでいれば、卑屈な態度になりますし、卑屈になって皆から無視されれば、『私はここにいるよ!』と知らしめるために、迷惑行為に走ったりします。
しかし、コミュニティの中に『居場所』があれば、人は本来持っている優しさなどのプラス面を発揮できます。

ですが、第一印象だけで相手を決めつけて、その印象に引きずられてしまうと、人が持つ他の面を見ることができない。
では、どうすれば見ることが出来るのかというと、先入観を捨てること。 入ってくる情報を全て疑い、納得するまで吟味する『おこんじょうの目』が重要になってくるんですよね。

ネタバレ感想ということで、結構な部分まで書きましたが、本当のクライマックスを書くのは控えようと思うので、もし気になった方は、読んでみてください。
読み終えた感想としては、久しぶりに、良くまとまった、良い物語を読んだ気がします。 最後は涙なしでは読むことができませんでした。