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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿 】第23回 LSD (2) 文化に影響を与える意識拡張

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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ここ最近の放送内容を簡単に振り返ると、近年で起こった代表的なカウンターカルチャーである、ヒッピー・ムーブメントについて焦点を当て、前回は、その運動に大きく関わったとされる幻覚剤、LSDについて話していきました。
LSDという幻覚剤は、今では多くの国が禁止薬物に指定している代物なんですけれども、そのルーツを辿ると、開発にはアメリカ政府が大きく関わっていて、多くの犠牲者が出されていたという事を、前回は話していきました。

前回の内容を簡単に振り返ってみると、ソ連がまだあった時代、核保有国通しのソ連アメリカの間に、直接的な戦争が無い冷戦の状態というのがありました。
この冷戦というのは、互いが直接ぶつかりあうような戦争になれば、核戦争は避けられず、互いに大きな損失を出してしまうということで、お互いに敵視し続ける状態は維持し続けながら、実際には戦争をしない状態の事です。
この時代は、実際にドンパチやっていたわけではないですが、一応は戦争と似たような状態だった為、お互いが、相手を出し抜く為に、様々な研究を行っていたんです。

その研究の一つが、薬物研究で、CIAと米軍がそれぞれの目的を達成する為に、様々な研究を行っていたんです。
この研究によって、LSDは大量生産が可能になり、改良なども加えられることになりました。

という事で今回からのテーマですが、このLSDが、どのようにして、カウンターカルチャーに取り込まれていったのかについて、みなさんと一緒に勉強していこうと思います。
テーマが禁止薬物という事で、これは前回にも言ったことなのですが、もう一度、誤解の無いように言っておこうと思いますが、この放送は、LSD等の禁止薬物を摂取させることを目的として行っているものではありません。
このテーマで取り扱う時代的には、この薬物は禁止される前で合法だった為、多くの方が試す事になったのですが、その影響として、精神に大きな負担がかかって病気になった方も数多く存在します。

幻覚剤は、意図的に一時的な精神病を引き起こすような薬物ともいえる代物ですが、幻覚を見ている本人にとっては現実の体験となってしまう為、その体験によって、薬物投与以降の考え方などが変化したり、引きずられたりもするようです。
そして何より、現在では多くの国で禁止薬物となっている為、使用その物が違法となっていますので、絶対に摂取をしないようにお願いします。
注意喚起が終わったところで、早速、本題に入っていこうと思います。

前回の放送では、CIAや軍による、政治や軍事的な利用方法とか、その為の研究や実験について話していきました。
今回は、LSDその物の効果などを、政府ではなく研究者側の視点に立ってみていこうと思います。

この薬物は、今では禁止薬物に指定されている代物ですが、幸福感や快楽が味わえるとか、リラックスできるという様な効果が得られるものでは無く、幻覚剤という名前の通り、幻覚が見える様になるようです。
私は、禁止薬物の類は一切やったことがないのですが、海外で体験した方が出されている体験記等を読むと、普段見ている世界がリアルに変わるようです。
どのように変わるのかというのは、人それぞれの心理状態にも影響を受けるそうで、毎回決まった効果が得られるわけでもないようなのですが、上手くいくと、神秘的な体験をすることも出来るそうです。

この様な効果により、LSDに限らず、幻覚剤や類似する効果を持つキノコの存在というものは、昔はカトリック教会によって隠されていたようなんですね。
何故、この様な宗教団体が、幻覚剤の使用を規制するようにしたのかというと、キリスト教の信仰のベースとなる聖書というのは、神から言葉を預かった預言者が、神の言葉を書き記したものとしているからなんでしょう。
神という、常識を超越したものと会話して、それを書き記すという行為は、それを傍から見ている人間にとっては、精神異常者のようにも見えますよね。
ですが預言者は、自分のリアルな経験として、演技ではなく自身を持って、その体験を書き記すわけで、周りの人間は、その自信に満ちた行動を元に、その話を神聖なものとして受け止めるわけです。

しかし、幻覚剤というものを利用してしまえば、神に選ばれて人間ではなく、誰でも、その超常的な体験を行うことが可能になってしまいます。
誰でも、この世のものとは思えないような光を、実際に目にしますし、信仰心の高い人であれば、その光の中に神や天使の姿を見出すでしょう。
また、幻覚剤によって自分の中にある恐怖が具現化すれば、観るのもおぞましい悪魔を目にすることも出来てしまいます。

幻覚剤の使用によって、誰でも神秘体験が出来てしまうという事は、それだけ、その体験の価値を下げてしまうことにもつながってしまいます。
また、CIAや軍の研究による結論としては、幻覚剤の投与による症状は、分裂病等の精神病という結論が下されたのですが、逆にそれを聖書に当てはめると、聖書という書物は、精神病患者が幻覚や幻聴を元に書いた作品だという考え方も出来てしまいます。
どちらにしても、教会側にとってはマイナスにしかならない為、その存在を隠蔽しようとしたのかもしれませんね。

この様に隠蔽されてきた幻覚剤ですが、諜報機関や軍が主導で研究するという状態になってから、大学や製薬会社の研究者も研究対象に加えるようになった事で、幻覚剤の症状に対する解釈の幅が広がっていく事になるんです。
今までは、精神病に陥らせるという見方だけだったのが、未知の体験を出来るものといった感じでも受け止められるようになります。
そして、その効果を利用して、精神病の治療薬としての研究も始まります。

これは、どういう事なのかというと、人間の考えや生活習慣というのは、生きていく上で体験する経験によって、大きな影響を受けます。
例えば、兵士が訓練過程を経て、実際の戦場を体験してしまうと、その強烈な体験によって、精神に大きな影響を受けるなんて話はよく聴きますよね。
戦争というのは、今の日本で暮らしている人にとっては馴染みの薄いものかもしれないので、もっと身近な例を挙げると、交通事故にあったことで、PTSDになってしまったなんて話もよく聴きます。
トラウマなんて言うものも、これに当たりますよね。昔いじめられた経験があったり、虐待を受けていると、心的外傷、つまり心に傷を受けてしまって、その後の考え方や行動が変わってしまうというものですね。

体の傷は放置していれば治ることも多いですが、この様な心の傷というのは、基本的には治りにくいですよね。ですが、これらの体験による傷は、同じ様な大きな体験によって、治療が可能という考え方もあるんです。
身近で、もっと小さな出来事で考えると、例えば、ニンジンが大嫌いという人がいた場合に、その人の『嫌い』という感情を、時間や言葉で変えるというのは、結構難しかったりしますよね。
でも、この考えを簡単に変える方法があるんです。それは、その人が本心から『美味しい!』と思えるようなニンジンを食べされる事なんです。

安くて粗悪な食べ物を食べて、その食べのものが大嫌いになったけれども、品質の良い同じ種類の食べ物を食べる事で、逆にその食べ物が大好きになるというのは、そんなに珍しいことではありませんよね。
この他にも、男女の恋愛関係でいうと、結婚まで進んだカップルの、それぞれの第一印象を聴いた所、最初の印象は最悪だったというものも多いようです。
印象が最悪だったものが、何らかの体験によって感情が裏返ったという話は珍しい事ではありませんよね。

これと同じように、強烈な体験には強烈な体験をぶつける事で、治療できるという考え方が存在するようなんです。
その強烈な体験を容易に作り出すことが出来るのが、幻覚剤というわけです。 1950年当時は、LSDやメスカリンといった幻覚剤を利用した、精神病やアルコール中毒の改善といった治療法などが試されていたようですね。

アプローチの仕方としては二通りあって、一つは、少量の幻覚剤を投与して、自分自身と世界との境界線をゆるくしていって、精神を裸にしていくという方法です。
エヴァンゲリオン風にいうなら、ATフィールドを剥がしていく様な作業を行って、その状態で意識改善を促すと行った方法ですね。
この方法でも、単なるカウンセリングなどに比べると、効果は高く、半数近くの方に効果がみられたようです。

もう一つの方法は、これよりも過激な方法で、更に多くの幻覚剤を投与することによって、患者の自意識・エゴとも言いますが、そういった物を壊してしまうという方法です。
主にこの2つ目の方法が、カウンターカルチャーに多大な影響を与えたと考えてもよいのかもしれませんね

LSDのような幻覚剤は、摂取することによって脳が混乱するようで、外から入ってきた情報が、混戦したりもするそうです。
例えば、音が見えたり光を聴いたりといった感じで、情報の処理を正常に行なえ無い状態に陥ることがあるそうです。
また、それだけではなく、自分自身を構成しているものがドンドンと崩壊していくようなイメージを体験する場合もあるらしく、この場合は、最終的には自分のエゴといったものと、世界または宇宙とが溶け合って一つになるような体験を得られるようです。

この、自分自身と宇宙が溶け合って一つになる体験をするというのは、どこかで聞いたことが無いでしょうか。
そうですね、このコンテンツで、過去に東洋哲学と仏教関連の事を取り上げた際にも説明した、宇宙の根本原理と個人の根本原理が同じである事を、体験を通して理解するという、梵我一如の考え方ですよね。

人間というものは、自分というものに輪郭線や境界線、言い方はなんでも良いのですが、自分と自分以外という概念を持っていて、明確に分けているわけですけれども、この境界線を曖昧にして、自分自身と外側とを同じものとして同一視するという体験を、
幻覚剤によって強制的に行うというのが、この2つ目の方法です。
この、エゴの崩壊と、エゴと世界との同一視というのを体験を通して行うことで、今までの価値観が崩壊し、新たな価値観によって世界を再認識することが可能になる様です。

ただ、幻覚剤を使用したこれらの治療方法は、科学者によって反論されることになるようなんですけれどもね。
というのも、前回にLSDはCIAや軍が、強制的に精神病に陥らせる為につくったと説明しましたが、その観点から見ると、エゴが崩壊して宇宙と一体化する事を体験する何ていうのは、精神病患者の妄言でしか無いわけです。
幻覚剤の投与で、どんなに素晴らしいイメージを直接見ても、言葉で言い表せないようなイメージを聴いたとして、トリップから覚めた後にそれを第三者に説明したとしても、観察者が、精神病患者という偏見の目を通してみて入れば、それは妄言なんです。

この様な理屈で反論されるわけなんですが、この問題が複雑なのは、この反論自体も、ちゃんとした反論にはなりえないという事なんですよ。
何故なら、ここでの問題は、幻覚剤を摂取した人がどの様に感じているのかという主観的な問題なのですが、その主観的なものを第三者が適切な方法で観察することは出来ないからなんです。
つまり、怪我の様に分かりやすいものではなく、精神病のように外から観察しにくいものは、本当に病気なのかそうではないのかというのが、見分けがつかないということなんですね。

例えば、普通の人間が、到底、体験できないような体験をしたとして、それを他人に話した場合、それを信じてくれる人間もいるかもしれませんけれども、その発言を聴いて、頭が狂ったと思う人も結構いるということですね。
Netflixのドラマに、アメコミ原作のアイアンフィストという作品がありますが、その主人公は、理解に苦しむ発言を連発する為、精神病院に入れられることになるんですが、そこでは本当のことしか話していないのに、話せば話すほど信用を失って、
病気と認定されてしまう事になります。 つまり精神病云々というのは、当事者だけでなく、その人物に関わる人間の偏見によっても変わるということなんです。

この様に批判する人達は一定数、存在したようなんですが、その人達をよそに、この実験は続いていくことになります。
そして、単なる精神病の治療薬というだけでなく、人の精神や内面を浮き彫りにする為の手段としても使われるようになっていきます。

先程も言いましたが、人というのは、自分と外の世界との間に境界線を引き、その境界線の中に、『自分らしさ』や『自己の意識』といったものを作り上げて、それを自分だと信じて生きていあす。
この、今までの常識的な世界観を壊す目的で、使用されていくんですね。
つまり、自分自身と外の世界との境界線を、幻覚剤によって取り払い、『本当の自分』というのは何を考えているのか。
また、自分という曖昧な概念を、自分だと決めつけて信じている理性というものを取り払って、無意識下ではどのような事を考えているのかと言った事を探るという研究ですね。

その他には、幻覚剤というのはイメージの世界が見えるものです。
例えば、一枚の絵画を見た際に、美しいというイメージを感じたとしても、その美しいというイメージは、プラトンがいうところの美のイデアには程遠いものであるといえます。
プラトンの理屈では、美しいという概念はイデアの世界にだけあって、現実世界に持ち込んだ時点で、それは美しいという概念の模倣品となり、本当の美というものからは劣ったものとなります。

しかし、幻覚剤の使用によって、究極的な美という概念を、幻覚という形で実際に視覚を通して、その目で観るという体験を行うことで、その人間は美のイデアを体感することが可能となります。
LSDの実験によって、一部のアーティストなどは、『一回のトリップは、美術学校4年分の価値がある』といったそうです。
また、この幻覚による体験は、普通の体験と同じように、その後の考え方や感じ方にも影響をあたえることも分かったようです。

LSDを投与した状態で、一枚の絵画を見せるという実験を行ったようなのですが、被験者は、トリップ中にその絵画をみて感動したという経験をした後、トリップがとけた状態で、もう一度、その絵画を見た際に、同じ様な感動を得られたそうです。
人は、好きな音楽や壮大な景色を観る、衝撃的な世界観を目にした際に、その後、世の中の見方が変わって、生き方が変わるといったことが結構有ります。
幻覚剤によって引き起こされた体験も、同じ様に、その後の生き方に大きな影響を与えるということで、一部の人達からは熱狂的な指示を受けたそうです。

この様な体験は、少し前に話した、自我が崩壊して全宇宙と一体化する体験。つまり、悟りを開くという体験などと合わせて、意識拡張と呼ばれたりしています。
この意識拡張は、当時、ビートニク、ビート・ジェネレーションと呼ばれた、ヒッピーの前身となる人達に受け入れられ、様々な文化が生まれていったようです。
例えば、LSDでトリップした際に体験をした出来事を、小説に書いたりだとか、感じた美のイメージを絵に描き起こすといった感じでしょうかね。

ちなみにですが、研究が盛んだった1950年当時に、「精神を開示する」という意味を持つ『サイケデリック』という言葉が生まれるんですが、この言葉を冠するアート・音楽と言った物が登場するようになり、活動も盛り上がることになります。
同じ様な流れを持つ言葉には、『アシッド』というのもありますが、このアシッドは、LSDの事を指す言葉のようです。
この流れは、一部では今でも続いていたりもしますよね。 まぁ、今やると、違法なんですけれどもね。

また、当然のことなのかもしれませんが、意識拡張は神秘体験を伴うということで、宗教的なものとも結びつきやすくなります。
幻覚剤の投与によって、神の啓示と似たような事が起こる為、誰でも、キリスト教でいうところの預言者になれますし、ジャンヌ・ダルクにも成れるわけですしね。
そして、この様なアプローチで研究を進めていく人は、どのようにすればLSDのトリップで、神秘体験を行うことが出来るのかといった方法を探り出します。
これは、セッティングやセットと呼ばれる方法なのですが、一定の儀式を行う事で、トリップをコントロールしようと言う方法で、儀式を行っている本人達的にはどうなのかは分かりませんが、傍から観ると、宗教的にも見えますよね。

この様な、儀式を通して神秘的な体験を得るという流れから、昔のシャーマニズムとも絡んできたりします。
これらの、神秘的体験から英雄的な行動を取るとか、シャーマニズムと幻覚剤という組み合わせは、最近のコンテンツでいうと、UBIソフトが作っているファークライシリーズをプレイしてみると、分かりやすいかもしれませんね。
ファークライシリーズは、私自身は4とプライマルしかプレイしたことがないのですが、その両方で、幻覚剤が儀式などとセットで演出として出てきます。

この様な感じで、幻覚剤は様々な価値観を盛った人達に受け入れられ、その後、その様々な価値観を元に、多くのカルチャーが生み出されていくことになるのですが、それについては、また次回に。