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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿 】第34回【ヒッピー】ティモシー・リアリー(10) ~ムーブメントの終わりの始まり(前編)

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この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回までの振り返り  ~性質が変わるヒッピー

前回は、ヒッピーの性質そのものが徐々に変化してきたという話を中心にしてきました。
環境の変化は、ヒッピームーブメントの創始者的な存在であるリアリーを取り囲む環境にまで影響を与え始めます。
リアリーのパトロンであり投資家のヒッチコックは、自らの投資によってLSDの生産体制を確立しますし、リアリーを西海岸に誘致した永遠の愛兄弟団はドラッグの流通を担う事で、お金を稼ぐようになっていきます。

ヒッピーは、そもそもが 今まで前提とされていた価値観に疑問を持ち、そこからの脱却を第一の目標に置いていたわけです。
ヒッピーコミューンの一つ、ディガーズは、無料炊き出しやフリーストアー、無料の診療所の開設を行うことで、お金からの脱却を目指していたわけですが…
リアリーを取り囲む環境は、徐々に、資本主義という最も現実的なシステムに蝕まれていくことになります。

またその一方で、ヒューマンビーイン以降、イッピーと呼ばれる新たな層も誕生していきます。
この集団は、世の中に漠然とした不満を持つ層と、改革の為には、暴力をも 肯定する過激な反体制組織である新左翼が交わる事で生まれた集団です。
イッピーと呼ばれた集団は、反体制運動を拡大する為に、とにかく目立つ行動を取り始めます。
何故、この様な行動をとったのかというと、派手な行動を取り続けることによって、メディアの注目を集め、運動の参加者を増やす為です。

イッピー達の運動はドンドンと拡大していき、最終的には、ペンタゴンを包囲するところまで発展します。
そしてこの時、ペンタゴンを護衛する為に、銃を構えて威嚇していた兵士の銃に対して、デモの参加者の一人が、銃口に花を指すという行動で抵抗をします。
この行動は写真を通じて世間に大々的に発表され、フラワーパワーやフラワーチルドレンという名で有名になります。

お金でえられるものとは?

そして、この様な層が台頭してくる事によって、ヒッピーの性質は大きく形を変えられていきます。
この変化は表現がかなり難しいのですが、より現実的なものへの変化といえば良いのでしょうか…
ヒッピーというものが生み出された際の、【主張のコアの部分】というのは、常識と思っていたものからの逸脱というのものでした。

意識拡張によって、今まで当然と思っていたものが当然では無くなる。 その状態で、人間そのものや人生の本質的な部分を改めて見直すというのが、物事を考える上で中心にありました。
抽象的で分かりにくいと思うので、一つ、よく使われる例え話をします。

有るところに、朝から晩まで死に物狂いで働く、エリートビジネスマンがいました。
そのビジネスマンがプライベートを犠牲にして余りに働くので、不思議に思った人が、このビジネスマンに質問を投げつけました。
『貴方は何故、そこまで身を粉にして働くのですか?』と聴いたんですね。

そのビジネスマンは、質問に対して『この仕事を出来るだけ早く終えて、休暇を取って、旅行に出かけるんだよ。 ギリシャにでも行って、キレイな海を見ながら何日か釣りをしたいんだ。』って答えるんですね。
ビジネスマンにとってギリシャで釣りをする事は、多少の不自由と引き換えにしてでも体験したいことだったんでしょう。
一方その頃、ギリシャでは、無一文のホームレスが、する事がないので毎日、海に向かって釣り糸を垂らしていました… っと、こんな例え話が有るんです。

この例え話は、エリートビジネスマンが、自分の自由と引き換えにしてでも欲しいものを、ホームレスは一銭の金も支払わずに手に入れているという笑い話なんですが、この話には重要な事が結構含まれていますよね。
私達は、お金が絶対に必要だという価値観の中で生まれて育ってきていますが、何故、お金は必要なんでしょうか。
お金という価値だけを持つ存在が独り歩きしてしまったことで、人の行ってきた行動ではなく、お金の有無によって、社会によって人間の価値が決められてしまっているという状態になっているわけですが、これは、本当に正常な状態なんでしょうか。

こういったお金の話だけに限らず、先祖の代からやってはいけないと言われている行動や、そういうものだと決めつけられてきた価値観というものが存在します。
例えば、男のほうが女よりも、又は、黒人よりも白人のほうが偉いという価値観であったり、男は女が、又は女は男が好きと行った、異性同士の恋愛しか認めない価値観。
これらの考えは、昔から当然のように存在していますけれども…
その価値観は、本当に正しいのでしょうか。 

争いは何故起こるのか

この、昔からの常識的な価値観の決めつけに対して、疑うという行動。

そして、自分自身と宇宙とが一体化する、絶対的な存在を目視するといった、幻覚剤による意識拡張と呼ばれるものを体験することによって、そもそも前提や問題が無いという事に気がつくというのが、ヒッピー思想の本質だったと思います。
ビートルズがイマジンで歌っている事は、天国も地獄も、国と国との境界線も、自分のものや他人のものといった、所有という概念そのものも、そもそもが無いという事を主張しています。
あらゆる争いや問題は、そこに何かが有ると思い込むところから始まります。 所有という概念が有るから、奪ったり盗んだり、自慢したり羨ましがったりという概念が生まれます。
しかし、そんなものがそもそも無いのであれば、そこには何の争いも生まれません。 例えば土地なども、どこかの誰かが最初に、勝手に自分のものという主張をしたから、所有権を売る、買うという概念が生まれますが、元々は誰のものでもないんです。

ヒッピーの大本の主張は、自分の意識を変えることで世の中の見方その物を変えるというもので、リアリーが主張するように、意識拡張によって現実の前提となっているものからドロップ・アウトすれば、それだけで改革はなされるものでした。

ただ、この思想そのものが難解なのか、多くの人達には理解されず、ヒッピームーブメントの方向性は、自分の内面を変えることではなく、自分の外側を取り巻く世界を変える方向へと進んでいってしまいます。
自分を取り巻く外側の世界を変える為に、人々は反体制集会を開いてはデモを起こします。そして、より多くのメンバーを集めるために、とにかく目立つ行動を行い、メディアに取り上げられるように工夫するという方向に変わっていきます。

ヒッピーとイッピーの違い

ここで、両者の何が違うのかが分からなくて、混乱されるかたも結構多いと思います。というのも、両者ともに、主張を言葉に変換すると、同じ事を主張しているからです。
元々のヒッピーもイッピー達も、両者共、国の境界線であるとか善悪の基準、男女や人種といった差別や、資本主義特有の所有という考えははくだらないと考えていますし、それらの差を無くす方向で運動をしています。
ですが、この両者の主張が決定的に違うのは、ヒッピー達は問題が無いと主張しているのに対し、イッピー達は問題を創り出しているところです。

ヒッピー達が目指したのは、意識拡張からの悟りの境地で、その境地に達したのであれば、今までの前提となっている価値観は崩れ去る為、問題そのものが無い状態になります。
その状態に、出来るだけ多くの人類を連れていきたいという一心で、リアリーは【チベット死者の書】を復刻させましたし、LSD製造者のスカリーは無料提供を提案しました。

ですが、新左翼グループと交わることによって生まれたイッピー達は違います。
例えば、この世には【男女差別】という問題があるという事を先ず掲げて、この問題を出来るだけ多くの人達に知らしめる為に運動を行います。
そして社会問題化させることで、前提となっている価値観その物を、新たな価値観で塗り替える事を目的としています。

この手法の場合、価値観の差や問題というのは残り続ける為、価値観の変化に伴って、争いは残り続けます。つまり、塗り替えられた価値観は、別の新たな価値観によって塗り替え続けられるということです。
つまりは、犬を食べる習慣がある国に対して、犬をペットとして飼う習慣のある国が喧嘩を売る。
価値観の押しつけに成功したとしても、次は、首輪を付けて犬を飼う人達に対して、動物は人間の奴隷じゃないと主張している人達が、争いを仕掛けるという事になるわけです。
これは価値観の押し付け合いになる為、どこまで行っても争いがなくなる事はありません。

ただ、どちらが分かりやすいのかというと、イッピー達の行動の方が分かりやすいですよね。 
今現在、冷遇されている人達は、自分の置かれている状態を問題化して解消する為に運動してくれている人達を見ると、応援したくなりますし、活動に参加したくなりますよね。
宇宙との一体感とか言われても、イマイチ、ピン!と来ませんし、問題 自体を無いことにして、現実を新たな価値観で捉え直せと言われても、現状で差別されて冷遇されている状態の人たちにとっては、それも難しいでしょう。
結果として、ヒッピー・ムーブメントは、イッピー達の反体制運動に飲み込まれていくことになります。
(後編につづく)
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