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ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿 】第30回【ヒッピー】ティモシー・リアリー(6) ~ヒューマン・ビーイン

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす ~思想と哲学史』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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前回までで、長く続いてきたヒッピー回が終了しましたので、今回から、新しいテーマに移っていこうと思います。
今回から取り扱うテーマは、もう一度基本に戻って、『ギリシャ哲学』を最初から勉強していこうと思います。

最初に言っておきますと、このコンテンツ全体について言えることなのですが、このコンテンツは、私自身が勉強して理解した範囲の事を話しているに過ぎません。
現在進行系で勉強しながらのコンテンツ制作なので、読んでいない本も知らない情報も多く、中には、私自身が誤解して理解していることも多数あると思います。
もし気になった点や、興味のある部分が見つかった際は、自分自身で情報を集めて勉強することをおすすめします。

話を戻すと、このコンテンツでは、第2回からギリシャ哲学のソクラテスプラトンアリストテレスをテーマに取り上げましたが、その時は、もの凄く簡単にしか触れていませんでした。
その理由としましては、このコンテンツの立ち上げ当初は、文字で書いていたブログの延長としてやって行くつもりだったというのが大きいです。
文字で書くだけだと伝わらないようなニュアンスを、音声で読み上げることで伝えようとして始めたので、テーマも哲学や思想に関わるものだけではなく、日々思った事を話すようなコンテンツを想定して立ち上げたのですが…

アリストテレスをテーマに取り上げたくらいからですかね。
アリストテレスの主張を簡単に伝えることは難しいなと思い始め、もっと詳しく丁寧に説明しようと思って、哲学や思想に限定したコンテンツに方向転換したんです。
その為、それ以前のソクラテスプラトンについては、本当に簡単に触れただけ…
というより、私自身が勉強不足で知らない事が多過ぎた為に、簡単にしか紹介できませんでした。

今回からの回は、その部分について、私自身も改めて勉強しながら、作っていく回となります。
という事で今回は、哲学の祖とも呼ばれているソクラテス以前の話からしていこうと思います。

このコンテンツの第2回では、元々は世界のあり方は、神様が登場する神話などで説明していたという話をしました。
元々は小さな人々の集団が、それぞれの文化の中で神話を作り出していく。そして、時間の経過と共に共同体の人数が大きくなっていって、住む土地の広さが拡大していく。
そこら中に点在していた小さな集団が、同じように住む地域を拡大していくことで、違った神話を持つもの同士がふれあって、そこで違った価値観に出会う事で、相対主義が生まれたという話をしたんですが…

まず、その話は一旦、忘れてください。
完全に間違った話といったわけでは無いと思いますが、全体の話を大雑把に理解する為の話になるので、一旦忘れて、まっさらな気持ちで聴いてください。

前に説明した際には、物事を神話によって説明していたと言いましたが、果たして本当にそうなのかという事について考えていきます。
人間が意識を持って、自分自身の頭で考えるという行動を取れるようになって、一番最初に考え出すことって、神様の存在なんでしょうか?

私達のように、現代に生まれてきた人間については、小さな頃から『神様』という存在について、親から教えられます。
これは、神様や仏様、お天道さま、なんでも良いのですが、躾の一環として、悪いことをした際などに、同じことを繰り返さないようにと、人間以外の上位の存在から『罰が当てられる』と刷り込まれます。
こうして育った人間が、何らかの超常的な減少を目にしたときや、奇跡のような事が重なった際に、『神』といった概念が頭を過る事は不思議でもなんでもないのですが…

なんの刷り込みもなく、前提とした知識もなく、ただ、大自然の前に放り出された、意識を持った人間が、目の前に起こっていることを理解する為に、神といった存在を持ち出すのでしょうか?
おそらく、持ち出さないでしょう。 仮に、いきなり神という存在を定義して、その神を中心とした神話を作り出せる人間がいたとしたら、その人間は天才です。

大部分の普通の人間は、太陽が登ってくるのを目にして『神が最初に『光りあれ!』と言ったから太陽が出来て、その後6日間で世界を作り上げた!』なんて思いません。
普通に、眩しい存在が定期的に光を照らすとしか思いません。
山火事などが起こって火を目撃したとしても、『火の神が!』なんて思わずに、単純に熱いと思うでしょうし、夜でも明るいなとしか思わないでしょう。

『神』という存在は、その存在そのものが一種の発明で、その発明品である『神』という概念が無かった原始の世界では、あるがままをそのまま受け入れるという事しか行われていなかったと考えるのが自然でしょう。
つまり、あるがままをそのまま観察して、経験として蓄積していく、科学という分野が最初に生まれたと考える方が自然という事です。

太陽と呼ばれる、光り輝く丸い物体が一定期間ごとに登る事で、昼という状態が生まれる。
それが沈んで暗くなると、その変わりに、月や星々と言った別の物体が夜空に浮かび上がる。
適当に散りばめられていると思いこんでいた星々は、よくよく観察すると、その配置は毎回同じもので、時間と共に場所を移動していく。

パターン認識によって、大自然の中に法則性を見つけ出していくという事が最初に行われ、その知識は時間の経過とともに蓄えられていったんでしょう。
知識というのは、ある一定以上の蓄積によって、演繹的に発展していきます。
演繹とは、推測の様なものと捉えても良いと思います。
例えば数学の場合、足し算・引き算・掛け算・割り算を覚えると、頭の良い人であれば、そこから考えを応用して発展させて、方程式という概念を生み出せます。

このようにして、最初は科学というものが発展していきます。
ちなみに、この科学という言葉ですが、昔は哲学と呼ばれていました。 哲学は『考える事』全般を指す言葉だったので、全ての学問は哲学と呼ばれていたようです。

この哲学が発展していき、古代エジプトでは、天体の動きから暦を発明して、ナイル川の反乱を予測する事に使われるようになりました。
また、ナイル川が反乱することで周囲の田畑が水浸しになり、土地の境界線も消えてしまう為に、土地の大きさを正確に測る計算方法も開発されます。
古代ギリシャ人は、古代エジプト人の平面の計測方法を学んでギリシャに持ち帰り、それを応用する事で、四角形以外の面積も測れることを発見したようです。

この計算方法の応用・発展によってギリシャの数学は飛躍的に進歩したようです。
では、神という存在や神話は、どのようにして生まれたのでしょか。

これは私自身の推測も多く含まれますが、天文学の研究の派生として生まれていったんだと思います。
先程も言いましたが、夜空に輝く星々の配置というのは決まっていて、それを覚える事で、季節や方角と言った情報を知ることが出来ます。
これをパターン認識によって法則化したものが天文学の起源なんでしょうけれども、無数にある星の配置をそのまま覚える事って、かなり難しいですよね。

人は、無機質に羅列するものを覚える場合は、どうするでしょう。
元素記号でも、ルートの計算でも、歴史の年号でもそうですが、何のつながりもない記号や数字を覚える場合は、単純に丸暗記するよりも、語呂合わせ等によって一つのストーリーにしてしまう方が覚えやすいです。
Hの後にHe、Hが水素で、次がヘリウムと覚えて行くよりも、『すいへーりーべーぼくのふね』と覚える方が楽ですし、順番も間違いにくいですよね。

星座の場合も同じで、単純に星の配置を丸暗記するというのは効率も悪いし、間違いも起こりやすい。
それよりも、数個の星を1グループにして、それに絵を当てはめていって星座にして、その星座を役者に見立てて物語を展開させれば、物語を覚えるだけで、星の配置を覚えられる上に、間違いが起こりにくい。
こうして生み出された物語には、当然のように、パターン認識によって蓄えられた現実世界で起こる法則も、組み込まれていったんでしょう。
例えば、特定の星座が特定の位置に来る頃にナイル川が反乱するので、その星座の行動をナイル川の反乱と結びつけようといった具合にですね。
ナイル川の反乱という現実世界の出来事を物語に投影するわけですから、その星座が持つ役者としての性格も、そのように設定されて作られていきます。

こうして作られた物語は、印刷技術がまだない古代では、演劇などを通して、一般に娯楽として提供されて居たのでしょうし、親が子に語り継ぐなどして、代々と受け継がれていったんでしょう。
そして、代を重ねるごとに、科学や学問としての要素が徐々に削ぎ落とされていって、物語そのものに焦点が当たるようになり、最終的には神話として語り継がれていったんだと思います。
このようにして、一度、神話という概念が生まれると、科学と同じように、応用されて発展していきます。

神話そのものがメインになり、現実世界にも登場人物を祀る神殿などが作られるようになっていきます。
神殿が作られて、そこに聖地巡礼をしに来る観光客などが訪れるようになると、大都市と聖地を結ぶ道に飲食店や土産物店などが出来るようになって、経済的にも潤うようになってくる事もあるでしょう。
経済的に利益が得られるのであれば、辺鄙な場所にある地域なんかは、観光客を誘致するために、自分達の地域ゆかりの登場人物を神話に登場させて、観光収入を得ようと頑張る地域も出てくるでしょう。

また、神話は経済面だけでなく、人々のコミュニケーションも円滑にします。
今の私達もそうですが、日々、顔を合わすだけで、特に繋がりのない人間であったり、繋がりはあってコミュニケーションを取りたいけれども、何を話して良いのかわからないと言ったことはよくありますよね。
でも、そういった際でも、共通の話題があれば、話しかける際のハードルは一気に下がったりしますよね。

神話を共同体全体で共有するということは、共同体の中で価値観を共有するのに役立ちますし、コミュニケーションを円滑に進める為にも効率的です。

この神話の成り立ちがピンとこない場合は、この出来事を現代の出来事に当てはめてみると分かりやすいかもしれません。
例えば、数年前に『ゆるキャラブーム』というものがありましたが、あの時は、いろんな自治体がキャラクターを一斉に作って、地域を盛り上げようとしましたよね。

地域の宣伝としては、アニメなんかも貢献していたりします。
特定の地域を舞台としたアニメ作品が公開されると、そのアニメの舞台を聖地として、聖地巡礼などがファンの間で行われます。
名シーンに使われた場所などを特定し、その場所に行って同じ様なシチュエーションで写真を撮ったりといった行動を行う人達も少なからず存在します。
そういう人たちが増えていけば、一時的には、その地域の経済も潤うこともあるでしょう。

そして、2018年の今、現在進行形で作られている、世界レベルで有名な神話といえば、マーベル・シネマティック・ユニバースでしょう。
アイアンマンから始まったアメコミ映画は、その後、新たに誕生した数々のヒーローが登場するようになり、アベンジャーズシリーズではそれぞれのヒーローが共演します。
ここで描かれる物語は、単純な勧善懲悪のストーリーではなく、それぞれの立場の違う人達に寄り添った物語となっています。

最初のアイアンマンこそ、事業家として成功したチョイ悪オヤジが、自分のやってきた事を反省することで、正義に目覚めたヒーローになるという分かりやすいストーリーとなっていますが…
それ以降、ストーリーが派生してきて新たに登場するキャラクターたちは、アイアンマンとは別の正義を掲げて戦っていたりします。
そして、それぞれの観点の元に出来上がった価値観が衝突したりもします。

マーベル・シネマティック・ユニバースに登場するキャラクターは、敵も味方も含めて、神話に登場する神レベルの能力を持っているので…
そんなキャラクター達が、全力を出してそれぞれの正義の元に戦うわけですから、無力な人類は、ただただ、逃げ惑うことしか出来ません。
この構成というのは、昔に生み出された神話そのものですよね。

強大な力を持ったキャラクターが大量に生み出されて、そのキャラクターはそれぞれの信じる正義を遂行する為に行動します。
映画を見た人たちは、純粋な人であっても、捻くれた人であっても、サイコパスだったとしても、登場人物の誰かに感情移入できるように作られています。
映画の中で取り上げられる問題は、世の中で実際に起こりそうな問題を、より派手に、ドラマティックにした内容で、その問題に対して、それぞれの正義を持つキャラクターが、自分の信念の元に行動をしていく。

この様な、映画の中で語られる神話の物語を共有している人の間では、会話をする際のハードルがかなり引き下げられますよね。
だって、合計で百時間を超えるような時間を一つのシリーズに注ぎ込んでいる者同士なわけですから、その作品を観た感想を語り合うだけで、一気に打ち解けることが出来ます。
また、その登場人物の誰を支持するのかによって、その人の性格を短時間で深く知る事も可能になります。

これは、古代ギリシャで生み出された神話にも当てはまります。
星座から派生して生み出された神々というキャラクターは、ナイルの反乱や山火事、噴火など、人には不可能な天変地異を起こすことが可能だったりします。
神々には、それぞれに生い立ちが合って、それぞれの観点からみた正義を持っていて、そのように振る舞います。

これは、マーベル・シネマティック・ユニバースの構造と同じですよね。
また、神話という物語が発明されて、それが発展していって膨張していくと、神話を発展させる為のキャラ付けというのも生まれてきます。
ギリシャ神話でゼウスという最高神がやたらと浮気をして子供を作りまくるというキャラクターだったりするんですが、これも、物語としてのキャラ付けだったんでしょう。

既にある程度完成している神話に、新キャラを生み出して加えようと思うと、単独でいきなり出すよりも、何らかの有名キャラクターと紐づけて出す方が覚えてもらいやすいです。
有名なキャラクターであればある程、覚えてもらいやすくなる為、ゼウスの親族として登場させるという方法が多用されたんでしょう。
そして、それを正当化するように、ゼウスの性格も、そこら中で子供を作るキャラクターへと変貌していったんでしょう。

夫が浮気ばかりをすると、妻の性格もいじらざるを得ません。
物語というのは感情移入出来なければ面白さは半減してしまいますから、浮気をしまくるゼウスの妻のヘラは、嫉妬深いキャラクター像へと固定されていきます。
浮気グセがあるゼウスとヘラとの喧嘩は、現実世界で起こりうる何らかの不幸とリンクされて、神話というのは、より、具体性を増していき、物語として膨らんでいったのでしょう

これは、現代の神話であるマーベル・シネマティック・ユニバースでも同じなんでしょう。
例えば、スパイダーマンですが、スパイダーマンは単体でも有名なキャラクターですが、改めて、マーベル・シネマティック・ユニバースという神話に組み込もうと思うと、何らかのキャラクターと紐付けなければ孤立してしまいます。
結果としてMCUでは、アイアンマンがスポンサーになって、アベンジャーズ内での父親の代わりという役を演じることで、スパイダーマンが神話の中に自然と溶け込めるような環境が作られています。

また、世界大戦等の大きな事件も、その影にはヒーローに匹敵するような力を持ったヴィランが暗躍していたりしますし、そのヴィランとヒーローが対峙して対話することで、物語や歴史は進んでいきます。
今の時代は、この様なエンターテイメントがそのまま神話として定着することもないでしょうし、世界大戦の裏側にはヴィランが居たなんて本気で信じる人もあまり居ないとは思いますけれども…
今のように科学も教育も進んでおらず、情報の伝達手段も限られている古代では、このようにして作られていった神話が一般層を中心に鵜呑みにされていったんでしょう。