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【Podcast #だぶるばいせっぷす 原稿 】第27回【ヒッピー】ティモシー・リアリー(3) ~メリープランクターズ

この投稿は、私が配信している Podcast番組『だぶるばいせっぷす』で使用した原稿です。
放送内容は、私が理解した事を元に行っています。ご了承ください。
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第20回と21回で、ヒッピー・ムーブメントがどの様にして起こったのかという簡単な説明をし、22回と23回で、その運動に大きな影響を与えた幻覚剤、LSDについて、開発の経緯や使われ方について説明しました。
そして前回の、25回からは、このムーブメントの中心的な人物であるティモシー・リアリーに焦点を当てて、より詳しく、この出来事を追っていっています。そして今回からも、その続きとなるんですが

その前に、当たり前の事では有るんですけれども、一応注意点として言っておきますと、ヒッピーを取り扱う回では、LSDなどの幻覚剤を始めとした禁止薬物が、頻繁に登場することになります。
それも、ネガティブな取り扱い方だけではなく、人間の可能性を伸ばすといった感じの取り上げ方をしますが、あくまでも、当時、そのように捉えられて研究されていたという解説をしているだけで
現在、使用することを推奨しているわけではありません。 現在は禁止薬物になっているものが大半なので、使用は行わないようにしてください。

という事で、本題なんですが、その前に前回の放送を簡単に振り返ろうと思います。
前回は、ティモシー・リアリーという人物がハーバードに就職してから、退職するまでの流れを見ていきました。
心理学者として有能だったリアリーが、幻覚キノコに魅せられて、その成分のシロシビンの研究を始めます。
そして、シロシビンによる幻覚の世界を研究していく中で、オルダス・ハクスリーが書いた『知覚の扉』を知ることになり、ここからビート・ジェネレーションの有名人たちと知り合っていくことになります。

リアリーは研究の過程で、古代のシャーマニズムとの関連性などにも注目し、グッドトリップを誘発しやすくする為の一連の儀式であるセッションなども開発したりします。
そして、トリップによる神秘体験が、人の精神にどのような影響をあたえるのかと行った研究を始め、実際に刑務所の受刑者にトリップ体験をさせて、再犯率にどのような影響があるのかを調べたりします。
そんなリアリーは、適正分量の100倍のLSDを飲んでぶっ飛んで悟りを開いた科学者、マイケル・ホリングズヘッドと出会い、彼からLSDを薦められます。

リアリーのLSD初体験ですが、これがかなり凄いものだったらしく、その体験によって価値観が塗り替えられたリアリーは、シロシビンからLSDに研究対象の軸足を移していくことになります。
ただ、リアリーのLSD研究は、多くの人に幻覚剤を投与して神秘体験をさせようとしていたのに対し、政府や大学はLSDをあまり公の場に出したくなかったようで、双方の思惑の違いから、リアリーは大学をやめることになります。
大学を辞めた後も、リアリーは独自で研究を続行する事にし、研究費用を稼ぐために、IFIFという組織を立ち上げます。

この組織は会員制の組織で、リアリー達の研究レポートを読みたいのであれば、会費を支払って会員になってくださいという感じで、資金集めを行っていたようです。
また、リアリーがこれまでに積み重ねてきた研究によって、一連の儀式を行うことでグッドトリップを誘発できるということがわかってきたので、そのグッドトリップを誘発するセッションが体験出来る施設も作っていたようです。
この活動ですが、CIAから目をつけられていたリアリーは、アメリカではなく、メキシコを中心に活動していたようですね。メキシコは、今でも麻薬製造や密売の話をよく聞く地域なので、活動しやすいと考えたのかもしれませんが活動がし易かったのかといえば、そうでもなかったようですね。
CAIからの妨害工作などがあって、国外追放を受けるなどして、いろんな地域を転々としていたようです。

活動は困難を極めたのですが、この活動を通して、リアリーはビリー・ヒッチコックという人物と出会うことになります。
ここまでが、前回までの簡単な振り返りですね。

今回は、この続きから話していきます。
リアリーを通してLSDの研究に興味をもったヒッチコックは、ニューヨークのミルブルックにある別荘を、リアリー達に貸し与える事を提案します。
拠点を置いては追放されるというのに疲れてきたんでしょうかね。 リアリーはこの話を受け入れて、今度はバレないように派手な活動はせずに、ひっそりと研究を行います。

リアリーがハーバードを去ったのが1962年なんですが、ミルブルックに移り住んだのが翌年の63年9月なんで、この1年ちょっとの間に、国を跨いで拠点を転々と変えていっているので、
かなりスピーディーというか、慌ただしい感じで活動をしている印象ですね。
そして、拠点を移したのを機に、組織の名前もIFIFから『カスタリア協会』に変更していますね。協会の字は、キリスト教などが作っている教える会という字ではなく、協力する会と書いて協会ですね。

活動内容としては、主にLSDによるトリップで、その体験を書き記すと言った事がメインになるようです。
LSDトリップというのは、トリップ中は全宇宙と一体になって、この世の真理が分かったような気になれるんですが、トリップが切れると、その感覚が無くなってしまうそうなんですね。
私は違法薬物を使った経験がないので、この感覚はわからないんですが、他の感覚に例えると、スポーツなどで反復練習をしている最中に、ゾーンに入る時がありますよね。
体の動かし方が理解できて、イメージ通りに道具が扱えて、思い描いている通りの結果が出せる瞬間の事なんですが、あの状態も、普通の状態ではないという意味では変性意識状態なんだと思うんです。

ゾーンに入っている状態では、何もかもがわかったような気になるんですが、その状態はそんなに長く続くものではないので、直ぐに通常の状態に戻ります。そうすると、さっきまでわかったような気になってた事が思い出せない状態になるんですね。
例えば、ゴルフの練習なんかをしている人は、何十回にもわたって開眼して打ち方がわかったと錯覚するけど、次の日になると分からなくなってるなんて事が結構あったりします。
LSDのトリップも、その様な感じで、トリップ中の悟った状態というのは、トリップが覚めると分からなくなってしまうようなんですね。

その貴重な体験を書き記したり、通常の意識状態の時に、トリップ中の記憶を思い出しながら皆とディスカッションをしたり、神秘体験その物を確実に体験できるような儀式の研究を行っていたようです。

この2ヶ月後、つまり、リアリーが拠点を移してから2ヶ月後の63年の11月22日に、ケネディー大統領が暗殺され、同じ日に、オルダス・ハクスリーが亡くなります。
オルダス・ハクスリーという人物は、前回にも登場しましたが、ティモシー・リアリーが幻覚剤の研究に打ち込むキッカケとなった『知覚の扉』という本を書いた人物ですね。
この人物と知り合うことになって、ビート・ジェネレーションの巨匠たちとの人脈も出来て、活発な意見交換の後にリアリーの方向性が決定するので、ある意味、出発点とも呼べる人物の死ともいえます。
オルダス・ハクスリー自身も有名人だんですが、大統領が暗殺されるという衝撃的な日に無くなったので、メディアの扱いなどは、ほぼ無かったそうですね。

この、オルダス・ハクスリーですが、危篤状態になったさいにはリアリーを呼んで、LSDのセッションをして欲しいと頼んだそうです。
その際にリアリーは、セッションの方法をハクスリーの奥さんに伝えて、奥さんにセッションをする事を頼んだそうです。
これは、リアリーが死に際に立ち会いたくないから奥さんに頼んだというよりも、人生の最後は、一番信頼できる伴侶と一緒に居るほうがリラックスできて、最高のトリップが出来ると思ったからなんでしょうね。

そして翌年の1964年、ケン・キージーという人物が、リアリーのもとに訪れます。
このケン・キージーという人物は小説家で、自身ががLSDでトリップした際に体験したヴィジョンを元に書いた小説『カッコウの巣の上で』が大ヒットしたことでも有名な人物です。
この人物もLSDの魅力に見せられて、陽気なならず者達という意味を持つ『メリープランクターズ』というコミューンを作り、その中でアシッドテストと呼ばれる会を開いていたそうです。

このアシッドテストは、音楽に身を委ねながらLSDセッションをするというのが、その内容だったようなんですが、この時に演奏をしていたバンドが、グレイトフル・デッドというバンドです。
また、メリープランクターズはアシッドテストだけではなく、コミューンのみんなでバスに乗り込んで、全国を回っていたそうですね。
このファーザーと名付けられたバスには、サウンドスピーカーやら照明機器が積まれ、ボディー前身に虹色の絵の具でサイケデリックアートが施してあって、この時代の一種の象徴のような感じでも扱われていたりします。
画像なども残っているので、興味が有る方は是非、調べてみてください。

後の1967年には、ビートルズがこの活動の影響を受けて、マジカル・ミステリー・ツアーというのを行い、そのツアー内容を映像としてとっておき、映画として公開することになります。
この、アシッドテストを行っいつつツアーをしていたケン・キージーとリアリーはウマが合ったらしく、リアリーはケン・キージーから影響を受けて、メンバーにも視野を広げる為に世界旅行を薦めて、自身も出かけていったようです。
この旅行で、リアリーはインドにも足を運んでいます。

リアリーの研究内容は、前にも少し触れましたが、幻覚剤による神秘体験を最重要視するんですね。
そして、神秘体験を研究していくにつれ、古代のシャーマニズムや東洋哲学思想などにも興味を惹かれていくんですよ。
東洋哲学思想の出発点といえば、インド哲学ですよね。 中国の仏教や、そこから派生していった孔子などの思想も、
元々はインド哲学や、そのカウンターであるブッダの主張を元にして作られているので、あらゆる意味のルーツとして、行っておかなければならなかったんでしょうね。

そして、これは私の憶測なんですけれども、インドに自分探しに行くといった若者が増えだしたのも、この辺りからなんだと思います。
ティモシー・リアリーは、ヒッピーの思想をちゃんと理解している人にとっては、かなり有名な人物でしたし、この方の主張にも耳を傾ける人は多かったんですね。
一部では、サイケデリックの高僧とまで言われて尊敬を集めていた人物が行った行動なので、これに影響を受けてインドに足を運んだ人も結構いたと思うんですよね。

というのもリアリーの研究内容も、そっちよりなんですよね。そっちよりと言うのは、かなり抽象的な言い方なんですが、具体的な話でいうと、研究の一環として『チベット死者の書』の翻訳本を出したりもしています。
この本ですが、資料によって1962年に出したというものと64年に出たというものが有るので、正確な時期というのは私はわからないんですが、とりあえず、このあたりに出してます。
なぜ、チベットの古代に書かれた本の翻訳本なんかを出版しようと思ったのかというと、昔に書かれた神秘的な出来事というのが、作り話ではなくて本当の出来事なんじゃないかという話になってきたからなんですね。

リアリーは幻覚剤の使用によって、神秘的な体験を実際に経験していました。その視点から古代のシャーマニズムを改めて研究し直すと、幻覚剤によるグッドトリップの誘導と古代に書かれた宗教的儀式との間に、関連性が見えてきたんでしょう。
古代というのは、現代以上に生存するには過酷な状態でしたし、単純に疲れから幻覚が見えるということも多かったでしょうし、現代人のように化学物質にさらされているわけでもないので、
自然に生えている植物に微量に含まれる物質でトリップしていた可能性もありますよね。
そういう人たちを、安らかな地へと誘導する方法として編み出されたのが、古代の一連の儀式だったんじゃないかということですよね。
そして自分の精神によって、トリップを行って見たいビジョンを見て、それが説明できる人間がシャーマンとして重宝されたという考え方ですね。

なので、リアリーはヨーガや瞑想を重要視しましたし、意識拡張によって得られる感覚を大切にしたんですよ。
簡単に言うと、幻覚剤と古代の宗教やそれにまつわる習慣を結びつようとしたんですね。
このリアリーの主張が、結構評判が良かったようで、瞑想やヨーガや禅の思想などは、ヒッピーの間たちでは結構受け入れられているんですよ。

例えば、ジョン・レノンのイマジンという曲がありますが、この曲も、古代のバラモン教の哲学やブッダの思想を理解した上で聞くと、印象が変わったり知るんですよ。
古代の東洋哲学は、この放送では第9回~19回ぐらいでやってますので、興味が有る方は聴いてみてください。
イマジンに込められたメッセージは、仏教になる前のブッダの主張に近い事で、自分と世界は同じものであって、その全てが無である事を主張する内容になっていたりします。

余談になりますが、テレンス・マッケナという人物は、リアリーの後継者的な位置づけとして見られているそうですが、この人物の専門も、科学をベースとしたオカルト的な分野になります。
この人物も、14歳の時にリアリーと同様に『知覚の扉』という本を読んで、神秘体験が薬物によってもたらされる可能性に衝撃を受けます。
その後は、勉強を重ねつつ成長して大学に入り、幻覚剤の研究に打ち込む事になって、LSDを含めた様々な薬物についての研究を行っていたそうです。
その中でも、ジメチルトリプタミン、DMTと呼ばれる物質は、脳の認識を変える事で、今、人間が住んでいる次元を飛び越えて、エイリアンが住む超空間にアクセスすることが出来ると考えていたようです。

この、別次元とのコンタクトや高次元の存在との対話というのは、ニューエイジの主張と基本的には同じですよね。
その後、大学を休学して、1968年にはネパールやアマゾンの熱帯雨林などの、現代の文化の外にいる人達に会いに行き、シャーマニズムについて学んでいったようです。
そらから3年ほど、シャーマニズムについて研究し、それまで自分が研究をしていた幻覚剤の研究と合わせて、71年には幻覚剤がシャーマニズムに重要な役割を果たしている事を確信するようにまでなります。

この頃には、マジックマッシュルームの栽培法についてまとめた本なども出版し、マジックマッシュルームのちょっとしたブームをアメリカで起こしたりもしています。
1980年頃になると、中国の易経を数字としてコンピューターに落とし込んで解明しようとしだして、独自のサイクル論などを展開します。
サイクル論というのは、一定の周期ごとに時代が移り変わっていくという考え方のことですね。

ニューエイジや、それに由来する占いなどの考え方では、2000年周期で時代が移り変わるという考え方がありますよね。
アクエリアスとも水瓶座の時代ともいったりしますが、その様な時代が2000年周期で訪れて、文明の発達などに影響を与えるという考え方ですね。
これを唱えている人物は、ニューエイジの重鎮とも交流があったようなので、相互に影響を与え合っていたのかもしれません。

これを聞かれている方の中には、何故、大学まで進学して、この様なオカルトや都市伝説を真剣に研究されているのか理解できない方も多いと思います。
エイリアンや別次元、パラレルワールドなんて、空想上のもので、現実的じゃないと思われている方も、少なからずいらっしゃるとは思うんですが…
言い方が難しいんですが、こういう理論は、未知の世界に興味があるほど嵌り込むんです。

例えば、量子力学という分野の学問が有ります。 最近では、量子コンピューターなんてものが、早ければ今年や、数年内に登場しだすかも?なんて言われていますが、
この量子力学では、世界は重なり合っている考えられていて、多世界解釈、つまり、パラレルワールドの存在が示されていたりもするんですね。
では、この量子力学は空想上の学問なのかというとそうではなく、現実の実験結果、例えば二重スリット実験などから導き出された、科学的にしっかりとした説だったりするんです。

知識が豊富な人達は、どの様にして知識を身に着けたのかというと、そういう人たちは自分が知らない事というのを認識していて、知らないことに対して真摯な態度で学ぼうとして、実際に行動するからなんですね。ソクラテスのいうところの無知の知ですね。
その為、あらゆる可能性を否定せずに、知らない分野については知識を吸収しようとし、解らない部分は真面目に考え抜くんです。
その一方で、そういう行動を取らない人というのは、自分が知らない分野に対しても、知ったかぶりで結論をだして、相手にもそれを押し付けようとします。
結果として、それ以上、知らない分野に対して考えることも学ぶこともしないので、前に進むことが無くなったりします。

まぁ、現状維持が悪いことなのかというと、そうとも限らないんですけどね。
例えば、オウム真理教事件に関わった幹部の人達は、結構、高学歴の人が集まっていたという話ですが、中途半端に頭が良いと、未知の分野であることを良い事に、相手が適当な事を行っていても、
真剣に聞いてしまうので、下手をすると相手に丸め込まれてしまうなんて事にもなってしまいますからね。

話がだいぶずれてしまったので、1964年の話に戻ると
この頃になると、ティモシー・リアリーの今までの活動や、ケン・キージーらのアシッドテストツアーによって、LSDのユーザーやヒッピー思想に惹かれた人たちを中心に、これらの考え方が若者の文化として浸透していくことになります。
この影響を受ける形で、若者たちが更に自分達の価値観を加えて、独自の考え方を持つようになり、似たような考え方の人たちが集まって、様々なコミューンが登場しだします。

結構時間が経ってきたので、その話はまた次回にしていこうと思います。