だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【本の紹介】 <こども>のための哲学

今回紹介する本は、【<こども>のための哲学】です。


      

タイトルには、<こども>と書かれていますし、タイトルも平仮名が多い本。
一見すると、子供向けの哲学入門書かな?と思ってしまいがちな本ですが、実際に子供が読んだとしても、ほぼ理解できない内容となっています。
つまり、入門書というものではなく、著者の方が考え続けている問について書かれている本です。

その問とは、見方によっては<こども>っぽいと思える疑問で、『私は何故、私なのか?』『何故、悪いことをしてはいけないのか』というもの。

哲学に興味があって、普段から自分でも哲学的な問題を抱えていたり、考えているような人間には理解できる問ですが、そういった習慣がない人にとっては、問そのものの意味の理解が出来ない内容なのではないでしょうか。
誤解の無いように書いておきますと、この問が分かったから偉いとか、頭が良いということが言いたいのではありません。
こんな疑問が頭に浮かばなければ、こんな事は一生考えなくても良いですし、考えなかったからと言って、何の不利益もありません。
逆に、考えたからといって何か得があるわけでもない。

この本の中にも書かれていますが、今現在の哲学的な思考をしてしまう人というのは、基本的には、他の人よりも一段低いところにいる。
そして、普通になる為に、他の人達と同じレベルまで土を盛って土台を引き上げる為に努力している。

例えば、『人生に意味はあるのか』だとか、『何のために生まれてきたのか。』なんて事は、基本的には考えなくて良いものです。
こんな事を考えずに、人生を面白おかしく過ごして、何の疑問もなく死んでいくのであれば、それは幸せな人生だし、誰に否定されるものでもありません。

でも、哲学に興味をもってしまう人というのは、こういった問題に対して考えてしまう性分なんです。
考えなくても良いことを考えるわけですから、当然、位置としてはマイナスということになります。
何故なら、こんなことさえ考えなければ、もっと有益なことに時間を使えますし、生活に役立つことを勉強できるかもしれません。
勉強しなくても、その時間を遊びや休息に使えるわけですから、疑問を持つ人間よりも遥かに効率的だし、人生を楽しめることでしょう。

しかし、何度も言いますが、興味をもって考えてしまう人というのは、考えてしまうんです。
何故なら、そういう性質なんですから。
この様な疑問は、多くの人は<こども>の頃に疑問に思ったことはあっても、どこかの段階で無理やり納得したり、疑問その物をなかったコトにしてしまう。
でも、そんな<こども>の頃に感じた疑問を、徹底的に考えてみるとどうなるのかというのが、今回のこの本です。

考えるテーマは先程も書きましたが、基本的には2つです

『私は何故、私なのか』
『何故、悪いことをしてはいけないのか』

この問いに対する思考方法は、本を読んでいただきたいのですが・・・
今回、『私は何故、私なのか』という問の意味だけを簡単に紹介すると、ここで先ず考えなければならないのは、『わたし』の定義です。

ここで、哲学に興味のない方や、問題の本質を深く考えない方などは、自分のことを指差して、『これが私』といいますが、そういうことではないんです。
では何なのかというと、簡単にいうなら、エゴとか、自身を自身として認識している存在という事になり、物凄く大雑把にいうと、巨大ロボットが自分の体や性格として、そこに乗り込んでいる操縦者が、自分と考えるというイメージ。
精神だとか、魂だとか、呼び方はなんでもいいんですが、とにかく、個人としての人間から、『わたし』という純粋な存在を取り出して、それを『わたし』と定義します。

問題は、その『わたし』が何故、自分でなければならないのかということです。

例えば、巨大ロボットとパイロットの例でいうなら、巨大ロボットという、体や性格といった他人から見たキャラクターはそのままに、エゴだけが自分以外と入れ替わっていたとしても、世界にはなんの影響もありません。
でも、何故、私のエゴは『わたし』であるのか? 他の誰でもない、『わたし』なのか?

他の例でいうなら、人生というものが一人称視点で撮られた映画のようなもので、それを、たった一人で観ている観客が、エゴだとか『わたし』といったものだとしましょう。
その観客は、何故、今意識として感じている『わたし』でなくてはならなかったのかということ、他の誰でもよく、『わたし』が別の『わたし』に変わったとしても、世界は相変わらず普通に回るのに、何故、いま感じている『わたし』なのかというのが、この問題の疑問です。

この問題は主観的なものなので、答えを出したとしても、観測することも証明することも出来ません。
また、自分なりに納得する答えが出たとしても、その答えは、生きることに何の役にも立たないでしょう。
変わることがあるとすれば、そんなことに何の疑問も持たない、普通の人と同じラインに立てるだけです。
そういた意味でも、こんな事を考えてしまう人というのは、普通の人よりも一段低いところに立っていて、ハンデを持っている状態ともいえます。

そして、そのハンデを埋めるためにも、さっさと自分なりの答えを見つけて納得したいと思い、思考を巡らせる。
一刻も早く自分の足元に盛り土をして、他の人達と肩を並べられるように、一生懸命、考えを巡らせるけれども、一向に納得の行く答えが見つけ出せない。

こんな感じの心理と、それと向かい合うための思考方法が書かれている本です。
この分野に興味の有る人が読むと、共感も得られ、結構楽しんで読める本だとは思いますが、疑問の意味や本質がわからない人が読んでも、そもそも理解が出来ない本だと思います。

哲学的な問題を、どうしても考えてしまう・・・
そんな方は、読むと楽しめるし、気持ちが軽くなる事もあると思います。
興味のある方は、是非、読んでみてください。