だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

独身や子供のいない家庭に増税をしてまで少子化は克服すべきなのだろうか

かなり前からなのですが、ここ最近、更に『少子化』について語られるようになりましたね。
プラス方向で増やそうと思う人達は、一人産むと2000万円以上の費用がかかると言われている子供の育成費を引き下げる為に、学費の無料化などを訴えていますし、子供を抱えながらでも経済的にマイナスにならないように、保育所等の預けられる施設を増やすべきだと主張していたりもします。
その一方で、国民にとってマイナス方向で少子化に歯止めをかけようとする人は、独身税や、子供がいない家庭に対して増税しろといった方面から、出生率を上げようとしている感じですね。

プラス方向の政策で誘導させるというのは良いとして、子供のいない家庭に課税するという事までして、子供の数は増やすべきなんでしょうか。
今回は、このことについて考えていきます。

この少子化ですが、何故、ここまで一生懸命になって上げようと思っているのかといえば、最大の理由は年金なんですよね。
様々なところで言われていますが、今の年金システムは、積立方式ではなくて、今のお年寄りの年金を現役世代が払うという支払い方式です。
年金積立資金が150兆円あると言われていますが、一年間の年金支払が50兆程度とされているので、国の持つ積立金は3年分しか持っていないことになります。

ここ最近では、年金資金を株式投資で運用するという話を聴いたりもします。
私は、この運用方法には賛成はしないのですが、仮に、ここで数百億円程度の損益が出たところで、そんなものは1年分にも満たない金額だったりします。
では、何故、こんなに積立金が少ないのかというと、そもそも年金の設定が、人口ピラミッドが三角形の状態を維持しながら人口が増えていくという事を前提として作られているからです。

現役世代から集めた金を、そのままリタイアした人達に渡すだけなので、そもそも運用なんて必要ないですし、国の予想よりも国民は早く死ねば、国が儲かるぐらいしか考えてなかったからだと思われます。
『政府が、そんな甘い計算するわけがないだろう!』と思われるかもしれませんが、それがするんですよ。

何故なら、今のような雰囲気での少子化にならなかったとしても、日本の人口減少はいずれ起こっていた現象だからです。
人口ピラミッドというのは、三角形の状態を維持し続けようと思えば、人口は増加し続けなければなりません。当然ですよね。今の老人よりも若者の人数のほうが多くなければならないのですが、その人口の多い若者はいずれ老人になるわけで、ピラミッドを三角形に保つためには、それ以上の子供を産む必要があります。
しかし日本という国は、島国で国土面積も広いとはいえない国です。その国で、人口増を続けていれば、いずれ、土地という物理的な条件で人口は制限されてしまいます。

それでも増やそうとする場合、土地という制限をぶち破る為には、当然のように、新たな土地が必要となります。
埋め立てても拡張できる土地は限られるという事から、大幅に新たな土地を獲得するためには、他国に侵略戦争を仕掛ける他ありません。
日本が国民健康保険料を徴収し始めたのが昭和36年らしいですが、日本が第二次世界大戦に参戦したのが昭和39年。
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国民年金保険料の変遷|日本年金機構

日本年金機構より

この2つに直接的な繋がりがあるのかどうかは分かりませんが、他国を占領して国土を広げることを前提にして作られたシステムと思われても、仕方のないタイミングですね。
まぁ、敗戦によってその野望は潰えたわけですが、そうなってくると、人口増を維持し続けるというのが難しくなってくる。
敗戦直後の早めの段階で、年金システムを積立方式などに方向転換していれば良かったのでしょうが、その後も人口増を前提としたシステムを継続し続けた為、現在の少子化によってシステムが狂ってきたわけです。

では、この年金問題を除外して考えた場合、少子化というのは本当に日本にとってはマイナスなのでしょうか。

個人的には、それほどマイナスが無いようにしか思えないんですよね。
例えば、日本は食料自給率が低いと言われ続けています。

日本の食料自給率は、カロリーベースというよく分からない指標を使っていますし、日本で生まれた子牛を日本で育てたとしても、与えている餌がアメリカ産コーンだと牛の方も輸入牛肉にカウントされてしまうという不思議な計算方法ですが、とにかく食料自給率は低いと言われています。
ですが、人口が半分になればどうでしょう。
同じ食料を生産していたとしても、人口が半分になれば、それだけで食料自給率は倍になります。

震災以降、原発が止まって『電気代が…』みたいな事になってますが、人口が半分になれば、使用電力も減るでしょう。
実際には、世界に輸出している製品用の工場などもあるでしょうから、単純計算で半分になるわけではないでしょうが、減ることには違いありません。
また、人口が半分になれば、単純に住居の量が半分で済みます。

日本は、狭い国土に大量の人がひしめき合っているので、平地が足りません。
その少ない平地に家や道路を敷き詰めているので、下がったとはいえ不動産価格は高く、下手をすると家の購入で一生奴隷になりかねません。
また、そもそも土地が狭いので、そこに敷かれている道路も狭く、運送業者などが配達でトラックを停車させると、他の人が通れないなんて事が多い。
これも、人口が半分ぐらいになると、少しはマシになるかもしれない。

また、少子化の日本は人口減少リスクを過剰に訴えるが、地球規模で見ると人口増加の方が問題で、地球の資源料などを勘案すると、世界人口は30億人ぐらいが丁度よいなんて意見も有る。
こうして考えると、人口減のリスクは、然程、無いような気もします。

にも関わらず、声高に少子化対策を叫び、必死になって子供を産ませようとするのは、やはり、最初に主張した通り、年金が破綻しそうだからなんでしょうね。
後は、経済力の低下によって、他国への発言力まで下がってしまう事でしょうか。

まぁ確かに、資本主義社会では経済は大切ですし、お金も大切。
ですが、独身税や子供がいない家庭への増税してまで、増やすべきなんでしょうか。

結構前に、『ヤバイ経済学』という本が出版されました。


      

この本は、様々な社会現象を統計によって読み解いていくコンセプトで書かれているのですが、この中に、犯罪率について取り扱った項目が有ります。

その中で、ニューヨークの犯罪率低下について、結構、興味深いことが書かれていました。
ニューヨークの犯罪防止政策といえば、ジュリアーニ市長が掲げた『割れ窓理論』が有名ですよね。
道端に多数のゴミが落ちていると、ゴミを捨てるのに抵抗が無くなるのと同じように、割れた窓を放置しておくと、他の窓も割られるし、心も荒むので他の犯罪も増えていく…
その為、街を清潔に綺麗に保つことが、犯罪率の低下につながるという理論です。

そして実際に犯罪率が低下して、この政策は脚光を浴びたわけですが、実際には、犯罪率の低下に『割れ窓理論』は殆ど影響を与えていなかった事を、この本では主張します。
では何故、犯罪率は低下したのか。 答えは、『割れ窓理論』が行われる20年前に実施された、中絶の合法化です。
当時のアメリカでは、キリスト教の考え方により、中絶は禁止されていました。

その為、本来は子供を望んでいなかった人でも、子供が出来てしまったら産むしか無かったわけです。
望んでいなかった子供に対する親からの風当たりはキツイもので、そういう家庭の子供の多くは、辛い幼少期を過ごすことになります。
親からの愛情も、まともな教育も受けられなかった子供は、普通の家庭で育てられた子供よりも高い確率で犯罪を犯すというサイクルが続いてきたわけですが、中絶の合法化により、子供を望まない家庭は中絶することが可能になった。
これにより、不幸な幼少期を過ごす子供の割合が減ったわけです。
その結果として、20年後に10代の犯罪率が激減し、トータルでの犯罪率も低下するという減少が起こったわけです。

これを、日本の少子化に当てはめてみましょう。
独身税や、子供がいない家庭への増税によって、仮に子供の数が増えたとして、そこ子供は、親から望まれて生まれてきたのでしょうか。
それとも、節税対策として『取り敢えず作られた』だけなのでしょうか?
もし、節税対策として作られただけで、親から『欲しい』と思われずに生まれた子供である場合、その子は辛い幼少期を過ごす事になるでしょう。

そして20年後、アメリカの現象とは逆に、日本では犯罪が増える可能性も有るでしょう。

テレビや、それに映し出される政治家は、『少子化が問題!』と言い続けているので、何となく、『少子化が問題なんだ・・・』と思っておられる方も多いかもしれませんが、何故、問題なのかを、自分の頭で考える必要があるのではないでしょうか。
無理やり産ませたり、移民を大量に受け入れたりする事で、結果として国民が幸福になるのであれば、良いでしょう。
しかし、単に経済面のことしか考えず、計算上の辻褄だけ合わせるような対応なのであれば問題でしょう。

何故なら、そのツケを支払うのは国民なんですから。