だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【本の紹介】 機械との競争 (後編)

今回の投稿は前回の続きとなっています。
まだ読まれていない方は、そちらを先にお読みください。

      

前回までで、経済指標は回復しているが、大半の庶民の所得は減少している事について書きました。
その主な理由は二極化で、テクノロジーの進歩によって新たな富が生まれても、その富の100%以上は一部の人間によって吸い上げられているからです。
この本では、3つのパターンで二極化について説明してあり、その内2つは前回に紹介しました。

最後のケースは、CEOと労働者との関係です。
結論からいえば、このケースでも二極化は起こり、CEOがボロ勝ちとなります。
1990年では、CEOと労働者の所得格差は70倍程度でしたが、現在では300倍にまで拡大しています。
300倍ということは、一般労働者の所得が200万だとした場合、その企業のCEOの所得は6億ということになります。

これらの事から分かることは、二極化は確実に起こっているという事。
これを読んで、『自業自得だろ!』と思われる方も多いかもしれませんが、そう笑っていられるものでもありません。
というのも、最初の『スキルの高い労働者対スキルの低い労働者』の対決ですが、これを更に具体的に観ていくと、面白いことがわかります。

世間一般で、低所得・底辺とされている方の求人需要は減っておらず、その一方で、プログラマー等の最新技術を持つ人の求人も減ってはいない。
減っているのは、その何方にも属さない、中間部分のスキル層。
簡単にいえば、ホワイトカラーと呼ばれる方達の仕事です。

考えれば分かることなのですが、例えば、介護施設のケースで考えてみましょう。
介護施設では、介護職員が行う仕事は多岐にわたります。風呂に入れたりオムツを変えたり食事の手伝いやなど、その他にも様々な事が一人の人間によって行われているわけですが、これらを全て機械化しようと思うと、相当な量の機械が必要となります。
当然、そのコストは莫大なものとなるので、施設の経営者は簡単に投資を行うことは出来ません。
様々な機械を大量に購入するリスクを考えると、人を雇って複数の仕事を行わせるほうが、低リスクです。
コンビニ店員なども同じです。レジ打ち、品出し、配送受付などなど、一つひとつの作業は単純作業ですが、行う仕事べき大量に有ります。
ここ最近のニュースでは、レジ打ちのみ自動化するような店舗も出てきましたが、レジ打ちが無人で出来るようになったからと言って、人がいらないのかといえば、そうではありません。

その一方で、デスクワークしている会社員はどうでしょう。
例えば経理ですが、昔はソロバンなどで計算して、いちいち紙に書いて帳面をつけていたので、大きな会社であればそれなりの人数の経理係が必要でした。
しかし現在では、自動計算してくれるコンピューターが存在し、それらは全て、ネットによってつながっている。
この環境を利用すれば、社員一人ひとりが支出や売上を入力することで、殆どの作業を自動化する事が可能です。
その為の設備投資も安価で、それぞれのコンピューターにソフトを導入するだけでよい。
プログラムも単純な計算結果を残すだけのものなので、複雑なものではなく、この分野では既に価格競争に突入し、個人商店レベルなら無料で使えるソフトなども出てきている。
また、自社の帳面を記帳するだけでなく、税金計算も行ってくる為、税理士も不要になってくる。
こうなって来ると、これらの分野の仕事がそもそも必要なくなる為、この分野の人達は仕事を失うことになる。

これは、その他のホワイトカラーも同じです。
例えば、情報を右から左に流しているだけの役職の語って、結構いますよね。
部下から上がってきた仕事を上に伝えるだけだったり、得意先から入ってきた仕事を下請けに投げるだけの人。
これらもソフトによって自動化、または、直接伝えることが出来るようになる為、存在理由が無くなる。

その一方で、この世にない様なサービスを思いついて形にする人や、様々なものを自動化するためのプログラマーといった分野の人は、これまた需要が高くなる。
この分野の人は世界レベルで求められる為、人材獲得合戦になっている事からもわかります。

前にも書きましたが、この本はアメリカの著者によって書かれた本なのですが、この傾向はは日本でも当てはまりますよね。
日本でも、コンビニ・飲食店・介護・保育士といった分野の人間は常に需要が高く、優秀なプログラマーなどは海外に吸い取られていて人が足りない状態ですが、中途半端なホワイトカラーの需要はそこまで多くない。
ただ日本の場合は、解雇が他の国に比べてしにくい為、これらの人達は保護され、結果的に効率化が出来ないままに更に人を雇うということを行っているため、企業の生産性が下がり、世界から置いていかれている感はありますけどね。
ちなみに、機械化しにくい為に人を雇っている分野は、消極的な理由での需要増加なので、賃金が上昇していくことはありません。
これは消費者側が、『このサービスにそこまでの金額を払いたくない』と潜在的に思っていて、結果として支払う金が少なくなり、それが労働者に跳ね返っているのかもしれませんが。
以前にも書きましたが、資本家は一定レベルの儲けがなければ事業を起こす意味が無い為、儲からなければ起業しませんし、儲けが減れば経費を抑えてでも自分の利益は確保しようと思います。
結果として、低スキル労働者の場合は、需要は高いが賃金は抑えられる傾向にあり、高スキル労働者は人材獲得合戦になる為、給料は上昇する。
その一方で大半の管理職は、必要とされなくなるという事。

では、これらの状況が良いのかといえば、当然、そんなことはありません。
この本では、自動車メーカーのフォードのCEO、ヘンリー・フォード二世と、全米自動車労働組合のウォルター・ルーサーの会話が取り上げられています。
(以下引用)
『ウォルター、ここにいるロボットたちから、どうやって組合費を徴収するつもりだい?』
それに対して間髪入れずにルーサーは、高切り替えします『ヘンリー、ここにいるロボットたちに、どうやって車を買わせるつもりだい?』

消費社会というのは、消費者がお金を使うことで社会が循環するわけですが、効率化に寄って労働者から仕事を奪い、資本家が儲けを独り占めしてしまうと、大半の人達は消費するためのカネがないために、消費活動が起こりません。

ここまで読むと、結構リアル寄りで書かれている本にも思えますが、この本、何故か、終盤になり、機械と人間が争うのではなく、協力しあった時が一番パフォーマンスが高いという話が出てから急に、ものすごいポジティブ思考になります。
テクノロジーをより進化させ、世界中のアイデアを自由にすることが出来る状態になると、仕事が圧倒的スピードで増加していくといった感じ。
世の中のアイデアは、基本的には既存のアイデアと他のアイデアとの組み合わせなので、一人の人間がたくさんの情報を知ることが出来ると、指数関数的にアイデアは増え、新たなジャンルが生まれる…
大量のジャンルが生まれるので、そのジャンルでの勝ち組であるスーパースターもジャンルごとに誕生し…云々といった感じ。

ただ、最後の最後でリアル寄りに戻り、世の中を良くするための20の提言を行っていて、その中には個人的に納得できる部分もあったので、結果から見ると、それなりに良い本だったように思えます。
本は2センチ近くとそれなりに厚いのですが、1ページ毎の厚さも厚いので、ページ数自体は170ページ程。
アメリカで書かれた経済系の本の割には、翻訳が読みやすい感じだったので、苦もなくサラッと読める感じも良かったです。
情強の人なら知っていたり考えれば分かる情報ばかりかもしれませんが、データなども掲載されているので、もっていて損はない本だとも思えます。

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