だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【イベント潜入】 魔法 vs 科学 in なんば紅鶴

2016年8月14日の事ですが、大阪の味園ビルにあるライブハウスで行われた、【魔法vs科学】というイベントが開催されました。
この番組は、オカルト系の【東京ポッドキャスト】と科学系の【青春あるでひど】の、私が大好きな2つのPodcast番組の合同企画で、オカルト目線と科学目線で一つのテーマについて考えてみようという企画です。

青春あるでひど

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東京ポッドキャスト

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  • 東京リチュアル
  • 宗教/スピリチュアル
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今回の開催で、延べ4回の開催。
主催者によると、今までのイベントは前座で、これからが本当にやりたかったことのようです。

満を持しての開催ということで、今回のテーマは【死】
科学でもオカルトでも、死は避けて通れないテーマですから、私はイベント前から興味津々状態。
かなりの期待を胸に、大阪まで行ってまいりました。

観た感想としては、単純に『凄かった』です。
イベント自体は3時間ほど行われたのですが、その間中、ビシバシと影響を受け続けてしまいました。
という事で今回は、このイベントのことについて書いていきます。

イベント内では、話があちこちに飛びつつも様々な話をされたのですが、その中でも面白かったのが『死者がこの世の多数派になり、世の中を支配する』といった話でしょうか。
これだけを聞くと、かなりオカルティックな話なので、『何を馬鹿なことを行っているの?幽霊とか科学的に証明されてるの?』なんて反論する方も居らっしゃるでしょう。
ですが実際に話を聞くと、もの凄い説得力がある話で、『未来が楽しみ』『面白い』というもの意外に『恐怖』という感情を抱いてしまいました。

もう少し、具体的に書いていきましょう。
今の世の中は、リアルな空間だけではなく、サイバー空間で人々がつながっています。
Twitterfacebookは勿論ですが、Amazonで何かを購入すると販売履歴は取られていますし、Tポイント等も顧客の販売履歴を集めてビッグデータ化して販売をしていますよね。
私達がなにか困ったときは、とりあえずネットを介してgoogleで調べ物をします。
これらの行動により、私達の行動の大半はデジタル化され、何処かのサーバーに記録されていることになります。

その一方で、最近もう一つ発達してきた技術として、人工知能が存在します。
人工知能は自己学習で学ぶところまで進んでおり、少し前に囲碁で人間を打ち負かしたことでも注目を浴びていますよね。
この人工知能と、先ほどのビッグデータをかけ合わせるととうなるのかというと、将来的に、自分自身よりも自分のことをよく知っている知能がネット上に存在するなんて事も考えられます。

ではこの話が、【死】とどの様に関わってくるのでしょうか。

この事を考える前に、まず人が考える【死】について考えていきましょう。
【死】とは人間が活動を停止する事ですが、今の世の中の場合は、何を持って活動の停止というのかという問題があります。
皆さんの周りにも、実際にはほとんど顔を合わせないけれども、SNSだけでつながっている関係の人が、いらっしゃるのではないでしょうか。

その様な人が亡くなる事をしる機会というのは、更新が止まり続けて『もしかして?』なんて気づき方か、家族の方がログインして死亡したことを伝えるか、リアルで会っている人が報告するぐらいしか知る方法がありません。
逆の言い方をすると、亡くなった状態でも更新が続いていれば、『SNS内では死んだ事にはなっていない。』なんて不思議な事にもなってしまうわけです。

では、本人が死んだ状態で更新が続くという状況はどういう状況なのか。
Twitterなどでは、botなんてものが存在しますよね。
botは、機械による自動発言システムの事で、予め打ち込んでいた言葉をランダムで投稿してくれるシステムです。
コンテンツ制作者が、宣伝を行う為に定型文を定期的に投稿するといった感じで利用されていたりしますよね。

これを応用し、もし仮に、本人が死んだ後も、botが本人が呟きそうなことを自動生成して更新し続けてくれるシステムが有ったとしたらどうでしょう。
今の人工知能は、特定分野に特化した状態では、小説を書くことも絵画を描くことも可能です。
つい先日も、レンブラントの過去の絵画を人工知能におぼえさせることで、レンブラントの新作を人工知能が書いたりもしていましたよね。
SNSの投稿レベルであれば、人工知能を使って自分が書きそうな事をつぶやかせるなんてことは、結構、簡単なことだったりします。

昔は個人でサイトを作って自己主張をしていたものがブログサービスに移行し、それがSNSの登場によって更に簡略化されています。
そしてLINEでは、言葉ですら無く、スタンプのやり取りのみでコミュニケーションがとられる様に変化してきた事を考えると、『自己主張はしたいし、自分に向けてのアクションは欲しいけど、コンテンツ作りは面倒くさい』なんて事を考える人達がいて、その人達のニーズに応えるために、自動で呟いてくれるなんてサービスが登場したとしても、不思議なことではないでしょう。
この様なサービスを申し込んだ上で、その人物が亡くなった場合、本人はこの世に存在しないのにネット上では相変わらず更新が行われてしまいます。
これは言い換えれば、故人の人格がネットワーク上で生き続けている状態とも考えられます。

人格を模写した人工知能が、ネットに溢れる情報の中から故人の好きそうな情報を元にして、発言しそうな内容を自動生成して呟く。
この状態が長い年月続くと、いずれネット内での生者と死者の数の逆転現象が起こるでしょう。

人工知能に人間の思考の癖を覚えさせることで、コンテンツを自動生成出来るようになってくる。
最近のディープラーニング等を観ていると、ネット内で試写が生み出したネタなどを元に人工知能がリアクションを起こし、死者が死者のネタで新たなコンテンツを創りだすなんて世界も、近い将来で起こるかもしれません。
こういう状態になると、企業の広告の手段も変化する可能性が出てきます。

例えば、今は広告手段の一つとしてSNSでバズらせるなんて手法も有りますが、ネットで活発に発信している死者が生者の数を上回って主導権を握った場合、死者のbotに対して販促活動を行い、バズらせる事で話題を呼び、生者の購買意欲を刺激するといった方法も考えられます。
こうなってくると、結果として世の中の主体が死者に移ってしまうという現象が起こることも考えられるわけです。

『そんなのは変だ!』と思われるかもしれませんが、bot自体が自身がbotであることを公開していなければ、更新しているのが人間なのか人工知能なのかは傍から観ている分にはわからないわけです。
資本主義にとって重要なのは、『金が稼げること』なので、大半がbotかも知れない層に働きかけることが広告として有効なのであれば、当然のようにbotにアプローチするでしょう。

こうなると、この世にとっての生者の価値は、生まれ持ったパーソナリティーをネットに吸い取られる苗床ぐらいの価値しか無くなってしまうなんてことにもなるかもしれませんね。
『死者がこの世の多数派になり、世の中を支配する』という文を読むだけでは、かなりオカルト色が強い感じですが、実際に話しを聞くと、現在からもう少しだけ科学が進んだ未来に実際に起こりそうな現実的な話で、かなり刺激を受けました。


今回書いた内容は、私がイベントを聴いて理解できた範囲のことを一部分だけ抜粋して書きましたが、実際のイベントは3時間行われ、内容も多岐に渡っていました。
今後も、どれぐらい先になるかは分かりませんが、イベントは行われると思われるので、興味を持たれた方は、足を運んでみては如何でしょうか。

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