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だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

一般人が政治のことについて考える事に意味は無いのか

政治・経済 考え方 社会

私の投稿を頻繁に見てくれている方は、既にご存知だと思いますが、私は政治経済について個人的に考えたりします。
考えた内容は、時にはブログなどで公表したりもしています。

とはいっても、積極的に主張しているのかといえば、そうでもない。
ブログのように、読もうとする気のある人に伝われば良いかなといったスタンスでの主張なので、聴く気のない人を捕まえてきて、クドクドと話し続けるなんてことは有りません。

そんな私ですが、週末に呑みに出た際に、まれに政治の話を振られたりするんです。
自分から積極的に主張する方ではないですが、相手から振られた場合は、基本的に答えるようにしています。
アルコールが入っている時などは、少々ヒートアップした感じで答えることなんかもあったり。

そして議論に発展する事があるのですが、相手がこの手の話題について深く考えていない人の場合、大抵は議論がかみ合わず、相手が文句を言ってくるという状態になってきます。
その文句に対して、こちらが反対意見を主張して相手が議論に負けそうになると、捨て台詞のように『じゃぁ、お前が選挙に出ろよ!そして、どこかのタレント議員みたいにキチガイ扱いされておけ』なんて言い出します。

最終的には、『素人は政治のことを考えても意味が無い。』
『どうせ考えるなら、もっと建設的なことを考えろ』なんて言い出します。

しかし本当に、庶民は政治のことを考える必要はないのでしょうか。
政治や経済は、それを専業としている政治家や経済学者に任せておけば良いのでしょうか。
そこに暮らす人々は、自分に不都合なことが起こった時だけ、政治家や経済学者に責任をなすりつければ良いのでしょうか。

という事で今回は、一般人が政治のことについて考える事に意味は無いのか?について考えていきます。

結果から書いてしまうと、個人それぞれが、政治について考えるべきです。
その理由は、私達が住む日本は、民主主義国家だからです。

民主主義とは、人それぞれが自分の国の行く末を考えた上で、今後どういう行動を取るべきかというのを皆で話しあい、最終的に決定したことには従う事です。
理想をいえば、その国に住む人間全てが国民会議に参加して、議論すべきなんです。
ただ、そんなスペースもなければ、1億人超の会議なんて収拾がつかない。
その為、各地域から自分たちの意見を代弁してくれる代表・
つまりは、代わりに議会に出て自分たちの主張を行ってくれる人である【代議士】を選出して、その人達に代わりに議論してもらうのが、民主主義国家です。

代議士は政治家と呼ばれますが、政治家とは本来、自分の所属する地域の人達の意見を代弁する存在。
主体となる国民一人ひとりに先のヴィジョンが無ければ、政治家にヴィジョンが無いのも当たり前です。

1万円札には、福沢諭吉が描かれていますが、この方は、こんな言葉を残しています。

(以下、引用)
政治とは、国民の考えや行動の反映にすぎない。
どんなに高い理想を掲げても国民がそれについていけなければ、政治は国民のレベルまで引き下げられる。
逆に、国民が優秀であれば、いくらひどい政治でもいつしか国民のレベルにまで引き上げられる。
(引用終わり)

この言葉は、福沢諭吉を代表する本である『学問のすゝめ』に書かれている文です。
民主主義国家では、国民一人ひとりが政治について考えるべきということは、明治時代に書かれた本で、既に指摘されている事なんですね。

政治というのは、私達が住む国のシステムを決めていく事です。
その国に住む私達がシステムについて考える事ほど、建設的な事はないようにも思えます。

しかし、今現在の状態はどうでしょう。
政治について軽く自分の意見をいうのは、意識高い系を演出できて格好つけるのには持って来い。
ですが、真剣に考える人間はウザい人間として、レッテルを貼られます。
そして、そんな真剣に考えている人間と議論を交わし、自分が劣勢に立たされると『そんなに意見があるなら、立候補しろよw』と茶化して逃げる。
挙句の果てには、『そんなことを考えている暇があれば、建設的なことを考えろよw』と上から目線でアドバイス。

ですが、実際の政治運用で自分にとって不都合な事が起これば、とりあえず目立つ政治家を探しだして叩きだす。
全ての責任を政治家のせいにし、自分は被害者というポジションに逃げこむ。

システムのことを表面的にしか考えない人達ばかりになった現状が、今の考えが浅い政治家が行う政治であり、国の状態なんですよね。

少し過激な言い方になりますが、個人的に、政治について自分の意見を持ちたくない方々は、民主主義の国よりも独裁国家に移住して頂いたほうが良いんじゃないかと思います。
独裁国家であれば、全ての政治的決定は、独裁者が自分で勝手に考えて行ってくれます。
国民は、政治について考える自由を奪われますが、そもそも考える行為から逃げているような方々なので、何の不自由もない事でしょう。

こういう目線から見れば、何も考えていない人間よりかは、まだ、自分なりに考えて行動している活動家やSEALDsなんて団体の方が、考えて行動しているだけ良いとも思えます。
民主主義国家でもっとも非生産的なことは、自分自身は何も主義主張が無いのに、考えて行動している人を馬鹿にし、議会で決定したことに後から文句だけ言うことだと思うのですが、どうでしょうか。

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