だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

何故 歳を重ねると時間が早く過ぎ去るのか

けっこう昔から言われている、『年を取ると、時間をとるのが早く感じる』という話。
この理由としてよく耳にするのが、今まで生きてきた時間との比率で考えると、一年が短く感じるというもの。
例えば、5歳の子供にとっての1年は、人生の20%を占める程の長時間だけれども、50歳の人間にとっての1年は、人生の2%分の時間でしかないので、短く感じるという話。

実際に数字を出されて説明を受けると、思わず納得できそうな理論。
そう断言されると、『確かに、年齢に比例して一年が短く感じるなぁ。』等と思い込んでしまいますが…

これ、どう考えても、嘘でしょ。
だって最近、時間が経つの遅く感じますし。

という事で今回は、何故、年を取ると時間がたつのが早く感じるのかについて、考えていきます。

結論から書くと、時間が経つのが早く感じるのは、新しい刺激を受けていないからでしょう。
ルーティンワークを熟しているだけの日々といえば良いですね。
毎日決まりきったことしかやってないので、日々の出来事が記憶に残らない。
いざ振り返ると思い出がスッカスカで、思い出せるイベントが年に2~3個しかない。
結果として、早く感じるだけなんですよね。

このことが良くわかるのが、まだ一度も行った事も無い場所に初めて行く場合。
『駅を降りてまっすぐ直進』『10分程度で着く』という情報を知っていても、初めての見知らぬ土地の場合は、不安で仕方ありません。
帰るときの為に、目印になるようなものを覚えようとしたりと、注意深くなります。
また、道を直進という単純な経路でも、『10分て、どれぐらいの速さで歩いて10分なんだろう』『もしかしたら、通り過ぎてしまったかも。』という風に、不安から、いろんなことを考えてしまいます。

結果として、この10分という時間は、物凄く長く、また道のりも遠く感じる事になります。
しかし、目的地に到着して帰る時はどうでしょう。
一度来た道を戻るだけなので、何も考えなくてよい。
体感時間的には、数分の一程度に短く感じてしまう。

たった一度、通った道のりを行って帰るだけで、ここまで体感時間に差が生まれるわけです。
これが、毎日の通勤だったらどうでしょう。

皆さんも一度くらいは、『どうやって家に帰ってきたんだろう?』と不思議に思うぐらい、帰る道中の記憶が無い事ってないでしょうか。
これは、アルコールを飲んでいるといった特別な事をしていない状態での話です。

素面の状態なのにもかかわらず、帰る道のりの記憶が無い。
結構大きな交差点を信号待ちをして何度も渡ったはずなのに、その記憶が無いいままに、気が付くと家についていたなんてこともあったりします。

これは、記憶障害とかそういったものではなく、単純に、特に何もなかったから忘れているだけなのでしょう。

最近普及し始めた、ドライブレコーダーを例にして考えてみましょう。。
これは、車の運転席に取り付けて録画する装置なのですが、車を運転している間のすべての画像を記録して残しているわけではありません。
記憶容量の限界がありますし、重要な場面になってからストレージ不足で録れていなかったなんて事になれば、取り付けている意味がなくなりますからね。
基本的にはずっと録画はしていて、急ブレーキや衝突などの衝撃が伝わると、その前後の映像を録画するといった感じです。
人間の脳もこれと同じで、特に何もない場合は、記録されないのでしょう。

つまり、毎日同じ時間に起き、同じように出勤して仕事をして昼食をとり、家に帰って食事をして風呂に入って寝るというルーティーンを繰り返し続けると、脳は特に覚えておくものが無いと判断して、記憶しない。
そんな生活を一年間おくり、その後一年を振り返ったとしても、何も記憶に残っていない。
期近で思い出せる思い出が3年前のものだったりすると、『一年経つのも早いなぁ』という感想になってしまうわけです。

当然、年を重ねれば重ねる程、経験することが増えて、初めて経験する出来事も減っていくことになります。
一度経験したことがある出来事は受ける刺激の量が激減してしまうので、年を重ねるほどに、脳への刺激は減っていきます。

結果として、大半の出来事は忘れ去られることになってしまいます。
先程のドライブレコーダーの例でいうなら、急ブレーキも衝突も一度もないので、いざ映像を見直してみようとしても、ほとんど記憶されてない状況とでもいうのでしょうかね。

特に何もないという事は、逆に考えれば平穏な人生を送ってきたという事なので、喜ばしい事なのかもしれません。
このまま、なんとなく平穏な人生を暮らしていきたいという人もいらっしゃるかもしれません。
ただ一方で、年を経る毎に加速度的に時間が進んでいくというのは、いつの間にか老人になり、いつの間にか死んでしまう状態ともいえます。
せっかくの人生なんだから、『いつの間にか過ぎていた』のではなく、子供の頃のように時間を噛み締めながら生きていきたいという人もいらっしゃるでしょう。

その場合の改善方法は、実は簡単だったりします。
なぜなら、早く感じる原因は既に分かっているからです。

時間が早く過ぎる原因は、感動などの刺激が少ないからなので、改善するには、刺激を追い求める生活に変えばよいだけです。

私の場合は、数年前から書いていたブログの更新頻度を上げてみたところ、時間経過が遅く感じるようになりました。
『ブログを書くだけで?』と思われる方も多いかもしれませんが、週に2~4回程度投稿しようとすると、ネタを考えるのに相当な労力が必要です。
ネタ探しの為に、絶えずアンテナを張っておく必要がありますし、視野を広げる為に、仕事などに直接関係ない情報もとりあえずインプットする必要が出てきます。

具体的な行動としては、自分と全く違った視点を持つ人の意見を、Podcastやラジオなどを聞いたり、今までプレイしたことが無い世界観のTVゲームをプレイしてみる。
今まで興味を持っていなかった分野の本を、読んでみるといった具合です。
そして、インプット後には、ブログを投稿することでアウトプットするわけです。

このアウトプットが、結構重要。
単純なインプットだけでは、刺激を受けたとしても、そこで終了してしまいます。

どこにも発表しなければ、インプットしたもすぐに忘れてしまいますし、自分が理解していると思い込んでいても、実は勘違いだったり理解不足だったりします。
しかしそれをアウトプットして他人に伝えようとする場合、インプットしたものを他人に伝わるように整理して組み立てなおさなければなりません。
その過程で、抜けている部分に気が付いたら勉強しなおさなければなりませんし、アウトプットする過程で、自分の間違いや誤解に気が付く場合もあります。

つまり、アウトプットするのとしないのとで、理解に大きな差が出来てしまうんですよね。

もし、この投稿を読まれている方の中で、毎日がものすごいスピードで過ぎていき、その状態を改善したいなと思う人がいらっしゃれば、何らかの形でアウトプットしてみてはいかがでしょうか。
Twitterfacebookで、単に写真を投稿するのではなく、考えて文章を投稿するだけでも、結構変わってくると思います。

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