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だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

オリンピックのエンブレムロゴ 取り下げ問題について考えてみた

先日、佐野研二郎氏が提案したオリンピックのロゴが、本人の提案によって取り下げられました。
簡単な経緯としては、エンブレムのデザインがパクリだったという噂がネットを中心に広まり、本人がそれを強く否定。
『パクリはしたことがない!あれは、オリジナルだ!』と主張した為、ネット民によって過去作品が調べられ、他の作品で丸パクリをしていたことが判明し、ネットを介した私刑状態に発展。
事態を収集しようと、エンブレムのデザインを辞退したという状態。

この問題が起こり、世間では、『デザイン』というものについていろんな論争が起こっています。

しかし私が思うに、この問題は『デザイン』とはかけ離れたところに問題を感じている人が多いのではないかと思います。
かけ離れたところにある問題とは何なのか。
結論からいえば、広告業界やオリンピック組織委員会という構造と、金銭問題です。

これは推測でしか有りませんが、デザイナーが無名で、報酬が仮に10万円程度の少額の仕事であれば、同じデザインで有ったとしても特に問題にはなっていなかったのだと思います。

しかし、実際に選ばれたのは、佐野研二郎さん。
ネットで最初に騒がれだした時は、一種の談合の様なものを疑われていたんですよね。
画像を探せば直ぐに出てくるのですが、オリンピック・毎日デザイン賞・サントリーのトートバッグ。
これらの受賞者と審査員のメンバーが同じだったんです。
つまり簡単に書くと、A賞の受賞者は、B賞の審査の際に、A賞でで自分に投票してくれた人に投票し返して受賞させる。
2人では受賞させることは難しいので、審査員の半分以上の人数でグループを組み、受賞者を順番に回していけば、全員が受賞経歴を水増しすることが出来る。

これは、公共事業をMAXの金額で受注するために、業者同士が手を組んで、落札する順番を決める談合と構図的には同じです。
勿論これは、ネット住民の憶測でしか有りません。
本当に行われているかもしれませんし、ただの妄想かもしれません。
ですが、実際に受賞者が別のデザイン賞で審査員になっていて…という画像を見せられると、談合を疑ってしまう気持ちも、解らなくも有りません。

次に、五輪組織委員会の胡散臭さです。
最初にエンブレムのロゴが、ベルギーのデザイナーによってパクリと指摘されました。
この時ぐらでしょうか、会見で、大会組織委の武藤敏郎事務総長という人物を、テレビ画面を通して目にしました。

この時、私は『ん? 見た事ある』と思ったのです。
そして少し時間をおいて思い出したのです、この人物の事を。

この人物は、日銀総裁候補として名が上がっていたんですよね。
日銀総裁は、与党が候補者を立てて、国会を通して決めるという手順だったと思います。
大抵は、与党が立てた候補が通るのですが、この当時は、民主党が政権を取る前の、一番勢いが有った時期。
民主党の発言力は強く、民主党に反対され、代わりに白川さんが日銀総裁になったという事で、有名になりました。

ここで一つ、疑問が浮かび上がります。
『なんで、元日銀総裁候補が大会組織委員会の事務総長をやってるの?』
普通に考えて、イベント事の組織委員会の代表は、イベント関連の仕事をしている人に任せた方が良さそうな感じがします。
しかし実際に組織委員会のTOPに選ばれたのは、昔、自民党によって日銀総裁候補に選ばれてけど、思いもよらぬ反対にあい、選ばれなかった人です。

この状態を見てしまうと、私のように根性の捻くれた人間は『前に日銀総裁のポストをあげれなかったから、代わりに組織委員会の事務総長をあげた』と考えちゃうんですよね。
この構図も、先程挙げた、デザイン賞の談合と同じ、重要ポストを特定の人物で回している様に見えてしまいます。

そういう人でもTOPを勤められる組織って、本当に必要なのか、経費の無駄ではないのかという問題。


これらの構図を一般人の人達から見ると、雲の上で、決まった席を決まった人達が、順番に譲り合っている様にしか見えない。
人脈やコネで組織の上層部に到達した人達が、自分達の地位を安定させる為、顔見知り同士で口裏を合わせて席をまわす。
そしてその地位にいるだけで、結構なお金が転がり込んでくる。

今回の騒動は、この状況に疑問を持った人達が、ネットという力を使って反撃しているように見えるんですよね。
何も引っかかる部分がなければ、その感情は抑えることしか出来ません。
しかし、少しでもグレーな部分が見えてしまえば、その部分が突破口になります。
その突破口が、今回は『デザインのパクリ問題』だったというだけなんでしょう。

五輪のエンブレムは、その後市民の間で、『招致の時に使ったデザインで良いじゃないか』という案が出ているそうです。
あの案は、無名の女子大生がつくったデザインで、コネや人脈とは関係のないところに位置しています。
もしこれが、某有名広告業界出身の、コネと人脈がある有名デザイナーの作品だったら、同じ様に、何処からとも無く類似のデザインを探してくるなど、アラ探しが始まったのだと思います。
つまり、システムの上で胡座をかいている人を、引きずり落としたいという感情が、行動にうつったのでしょう。

人によっては、ひがみ とも取れる行動なんでしょうけども、私はどちらかといえば貧民層寄りの生活をしているので、この様な発散のしかたも、解らなくはないんですよね。
これも、二極化が引き起こした、社会現象の一つなのではないでしょうか。

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