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だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

奴隷の鎖自慢

政治・経済

とある会社の入社式では、新入社員に対して社長が『君たちは生きる為に働くのではない。働く為に生まれてきたのだ』とのたまうらしい。
そういえば、大手居酒屋チェーンの会長も、『24時間仕事のことを考えて生きろ』的な事を言っていた気がする。
働く事が至上で、働いていない人間を人扱いしない日本のような国では、この様な考えは当然の事として受け入れられて受け入れられてきたのかもしれない。

しかし冷静に考えると、人は働くために生まれてきたわけではないですよね。
当然の事として、仕事のし過ぎで過労死したり、精神を病んだりといった事は、異常なことです。
でもその異常なことが、日本という狭い国に押し込められた状態では普通の事だと勘違いしてしまう。
狭い空間に押し込まれ、寝ている時と食事の時以外は食事を強いられる状態は、俯瞰してみると奴隷と変わりません。

奴隷といえば、【奴隷の鎖自慢】という言葉があるそうです。
言葉の意味は、劣悪な環境で強制労働を強いられている奴隷は、その生活が長く続く事で感覚が狂い、それが平常の状態だと思うようになる。
そして、『自分の鎖はこんなに重い』『俺の鎖の方が綺麗だ』といった意味不明な、不幸自慢をするそうです。

この様な現象は、異常行動のように思えてしまいます。
しかし日本人は、同じ様な自慢を頻繁に行っています。
例えば、『先月の残業が100時間を超えた』
『自分なんか、残業を付けずに家に持ち帰って仕事を終わらせている』
『今週も日曜出勤で、もう18連勤だ』
逆に、『いつも定時に帰っている』なんて人の話を聴くと、見下したりもする。
遊びの為に有給休暇を取ろうとした人を、非常識な人間だと決めつけてしまう。

実際にその環境の中にいると気が付きにくいですが、自分の悲惨な環境を自慢話の様に話している。
そして、決められた範囲内の時間だけ働く人を見下す現状は、立派な【奴隷の鎖自慢】状態だといえます。


誤解のないように書いておきますが、働く事が悪だと主張しているわけでは有りません。
世の中を改善する為の様々なアイデアを持っていて、一刻も早く実現したいと寝る間も惜しんで働いている方々もいるでしょう。
全く新しいことに挑戦し、その分野を突き進むことが趣味であり、ライフワークだと思って行動している方々も存在するでしょう。
そういう仕事をもてることは素晴らしいことだと思いますし、自身が納得しているのであれば、それは外野が口を挟むことではないと思います。

しかし、大抵の場合は、そうではない。
自身が納得していない業務を、低賃金で長期間・長時間やらされる。
これらの主な要因は、組織の巨大化が大きいと思われます。

大企業ともなると、その業務自体に大した意味が無い場合も多い。
大きな組織ともなると、身内に対して説明をしたり説得をしたりするという作業の割合が多くなる。
特に、組織をピラミッドと見立てた時の、真ん中から上の上層部等は、主な仕事が社内調整だったりする。
そして、そういう人達の給料が総じて高い。

部下から仕事の内容を聴き、より理解しやすい為に資料を作らせる。
冷静に観てみると、仕事の進行を遅らせ、部下の仕事量を増やす要因になっている人達が、多額の給料を貰っている。
物凄く単純化すれば、業務に直接関係がない仕事をする人達を支える為に、現場にいる人達から搾取する構図になっている。
そして人々は搾取されている事にも気が付かず、その組織に順応しようとしない人を蔑む様になる。


こんな状態は異常です。
では何故、この様な異常な状態になったのでしょうか。
私が思うに、理由は2つ。
年功序列制と、経済成長と幸福が比例していた時期が長かったからでしょう。

高度経済成長期は、人力でやる仕事が非常に多かった。
その為、職は選ばなければ沢山あり、頑張って仕事をすればする程に生活は楽になっていくわけですから、働く事が良い事だという認識が広まる。
この様な時代は、年功序列制度も理にかなっていました。
長く勤めれば経験も多くなるため、不測の事態に対処もしやすい。
主な仕事に人出が必要なので、仕事に慣れている人を如何に囲い込むかという事が、組織を拡大する上で重要な戦略でした。

しかし、主な仕事がオートメーション化されてくると、話が変わってきます。
今までの経験や知識の意味は薄れ、新たな知識が必要となってきます。
にも関わらず、高度成長期やバブル時代に入社した人達は、年功序列で給料が高い状態で居座っている。
人数も多く給料も高いのに、今現在必要な技能を持っていない人達を囲い続けるということは、誰かが支えていかなくてはならない。

当然、どこかにシワ寄せが行くわけですが、何処に行くかというと、その支えられている層の子供たちに行くわけです。
その子供たちは、親から『働くことが良いことだ』と洗脳されているわけだから、どんな劣悪で理不尽な環境であったとしても、それが良いことだと思い込んでしまう。
その誤った認識を都合よく利用しているのが、搾取側の大組織の人々という構図でしょう。


しかしこんな異常な状態も、徐々に変化しつつあるようです。
一部の学生は、『働き詰めでお金をもらうより、給料が安くても休みが多いほうが良い』と言って、就職先を選ぶようになっているようです。
これは良い方向転換だと思います。
皆がこの様に就職先を選べば、大組織もその傾向に合わさざるを得ない様になる為、今よりは過ごしやすい国になるのではないでしょうか。

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