だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

簡単にレッテルを貼りすぎる社会

レッテルを貼るという行為がありますよね。
人を簡単にカテゴリー分けしてしまう際に、使われる言葉です。
政治経済の話でいえば、右・左で人を分別しがちです。

このレッテル貼り。
感じの悪い言葉として使われる場面が多いですが、現在では情報の供給量が多過ぎる為、ある程度の分類分けは必要なんだと思います。
すべての人のあらゆる意見に耳を傾けるのは理想ですが、人にはそれらの情報を全て処理する能力も、聴く時間もありません。
情報の取捨選択を簡単に行えるという点では、レッテル貼りは有効な手段の一つといえます。

しかし、余りにも物事を表面的にしか捉えていない人が手軽に行ってしまうと、悲惨なことになってしまう場合も多い。

私自身の経験したことを、例として挙げてみましょう。
facebookの知り合いが、政治経済の話を書いて、現政権を批判していました。
その行動自体は、個人の勝手だと思います。
ただ、その投稿内容違和感を感じる部分があったので、質問の様な感じでコメント欄で指摘してみました。
すると、他の人には見えないメッセージ機能を使って、かなり長文の返信をいただきました。

要約すると『政権をかばうお前は右翼。自分とは考えが合わない。』
といったもの。
その後は、いつの間にか友達を一方的に切られていました。
これは、ここ最近のレッテル貼りに代表されるような行為ですよね。

私のブログを昔から読んでおられる方は知っているとは思いますが、格差を更に広げるアベノミクスに対しては懐疑的な見方をしています。
また経済面でも、二極化が進むことに対して危機感を持っていますし、そのシステムである資本主義にも疑問を持っています。
資本主義は構造的にピラミッド型の社会構造になってしまいますし、それが格差を生む原因になってしまってます。
その格差構造を根本的に無くす為には、役割による収入格差をなくすべきだという主張もしています。
ホワイトカラーやブルーカラー、経営陣も、社会を構成する役割の一つなのだから、熟練度によって収入差が有るのはしかたがないが、役割によって差があるのはおかしいと。

この意見は、むしろ共産主義的な考えなので、むしろ左寄りです。
しかし、自分の政権批判に対して指摘を受けただけで、【右翼】とレッテルを貼ってしまう。

このレッテルの貼り方は、自分とは違った意見を一切受け付け無い様にするためのレッテル貼り。
聞きたくない事は耳をふさぎ、時には相手を馬鹿にして聴く価値がない意見だと断じてしまう。
その一方で、自分の理論を強化する意見は積極的に集めていく。
これを行い続けると、考えが硬直化して極端な意見になってしまいます。


見方を変えれば、一種の宗教の様にも見える行動で、典型的な悪いレッテルの張り方です。
普通に考えれば分かりますが、政治経済で、右と左の2パターンに分けられることなんて存在しません。
例えば、4つのテーマについて自分の主張を持っている人が居ると仮定します。

1.地震国家の日本で原発を動かすべきではない
2.アベノミクスは二極化を加速させただけだ、再分配について考えるべき
3.国家を守るためにも、集団的自衛権は認めるべき
4.沖縄は地理的に重要な位置にあるから、基地を受け入れるべき

1・2に関しては、左っぽい意見ですが、3・4に関しては、右っぽい意見です。
この人は、右翼・左翼のどちらに振り分けられるのでしょうか。
テーマを複数にしただけでも分類は不可能になりますが、一つのテーマごとでも、深く掘り下げれば分類は難しくなります。

例えば国の防衛問題にしても原発問題にしても、科学的に考えるのか感情的に考えるのかで、結果は同じでも過程は大きく異なります。
科学的に考える人は、他にもっと合理的な方法を考える事で、双方が納得出来る別の道を見つけられる可能性があります。
しかし、単に感情だけで『駄目!』と反対している人は、そもそも議論の余地もない。
科学的アプローチか感情的アプローチか、到達する道によっても、その人の属性は大きく変わります。
それらを一緒くたにして二分するのは無理があります。


では、良いレッテル貼りとはどのようなものなのでしょうか。
結果からいえば、意見をフラットにする為に使用すべきです。

全ての人の意見というのは、良くも悪くもバイアスがかかっています。
物事を調べようとした時に、まず自分の仮説を考え、それを強化する為の材料を探していきます。
その為、どんなに公平な観点から考えようと思っても、偏った意見になりがちです。

それらの人の意見を聞く場合、レッテルを貼り、バイアスをかかっていない状態の意見を理解しようとする必要があります。
また、レッテルを貼ってマトリクス的に整理することによって、共通のレッテルを持つ人がどの様な思考になるのかという共通パターンを見つけ出す事で、情報はより洗練されるでしょう。

この情報が氾濫する現代で生きていくのに重要なのは、何が大切で正しい情報なのかを見極めることです。
無意味なレッテル貼りで自分の主張を強化しても、意味はありません。
リテラシーを磨くためにも、情報に正しく向い合う姿勢が重要なのではないでしょうか。